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水産業、迫られる国内偏重から海外進出の戦略転換と、その経済効果~STAP騒動の問題点

文=有路昌彦
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水産業、迫られる国内偏重から海外進出の戦略転換と、その経済効果~STAP騒動の問題点の画像1「Thinkstock」より
 筆者が食品農林水産業関係の仕事で現在進めていることは、我が国ができる限り国際競争力を持つようにすることですが、やっていると自然にあらゆる「やろう」という意思が集まってくる一方で、全力で足を引っ張ろうとする人もいます。組織の内部でも外部でも必ずあることですが、筆者が事業を行う際や経営改善に取り組む際に心がけていることは、「重要なのは結果である」としっかり認識しておくということです。

 今、養殖業は大きく変わろうとしていて、数十億~百億円前後くらいの規模の大規模養殖加工水産業は、海外に目を向けて動き始めています。まさにノルウェーが世界市場でシェアを伸ばすようになり始めた時期と、よく似ています。こういった企業に共通することは、その旗振りをしている社長あるいは実権を持った幹部が若いということです。30~40歳代が中心であり、養殖業というビジネスが人的に強い体制を有する時期になってきたと感じます。

 こういったリーダーたちと毎週のようにお会いしますが、彼らが口をそろえて言う言葉が印象的で「協力してくれとは言わないが、邪魔はしないでくれと思う」ということです。こういった「邪魔」というのは、なかなか複雑な意味を含んでいるように感じます。

 通常なんらかの動きをつくる時、一緒になってやろうと思わない、あるいは思えない人の多くは、そういう動きに対して「面倒を起こしやがって」と思います。今の状態で満足していたり、あるいは自分の仕事が増えることを極度に嫌う利害関係にあったりする場合、動きがつくられることにリスクを感じるため、動きをつくる人間に対して「自分勝手な自己満足のために、周囲をひっかきまわしている鼻つまみ者」という評価をするでしょうし、心底そう思っているでしょう。表向きは「良いことなので協力する」と言っておきながら、裏ではその真反対のことをするというのは、その人の立場に立てば当然の行動であり、その本意は「一切のリスクを負担したくない」ということです。

 動きをつくるということは、確かに周囲にそれだけリスクを与えるということを意味しており、それゆえ動きをつくろうとする若い経営者の動きを止める方向に、周囲がなんらかの働きかけをしてしまいます。小さなハラスメントから、裏から手をまわした妨害、あるいは「合意が必要」という名の下の拒絶などがよくあります。こうした傾向は日本型組織の典型的症状ともいえ、「出る杭を打つ」のは今に始まったことではありません。

 ただし、今「出る杭を打つ」人はとても大事なことを無視しています。それは「動かないことのリスク」が「動くことのリスク」をはるかに上回ることです。

 我が国の養殖業の場合、人口減少による国内市場の縮小は確実である一方、海外は人口増大と所得増加で市場が確実に拡大するため、国内市場偏重の戦略から海外も視野に入れた戦略に変換しないと生き残れないのは自明の理といえます。こういった単純な事実に目を向けると、動こうとしている人と一緒になってかたちをつくっていくほうが戦略的に正しく、足を引っ張ることは自分にとっても利益にならないことを理解すべきです。

STAP細胞論文問題で見落とされている点

 話は飛びますが、最近はSTAP細胞の話題で、論文の手順や中身にいろいろ問題があることが明らかになり、いろいろ賛否両論が出ています。ただ、ここは冷静に見ないといけない部分はあると思います。研究者として論文に問題があるということはその通りと思う一方、重要なことを見落としている報道も多く見受けられます。

 それは結果としてSTAP細胞ができるか否か(再現可能か否か)ということです。再現可能であるなら、世紀の大発見であることはなんら揺るがないことです。その逆に再現可能ではない(すなわち存在しない)というのであれば、話にもならないことです。しかし「プロセスに問題があったから結果もダメ」という話になると、得をするのは我が国が成果を出すことを心からねたましく思う他国や、内容を自国の成果にしてしまおうとする別の国です。研究者としての倫理観は重要であり、未熟な研究者に対する教育は必要でしょうが、本当に成果を生んだのであれば、その成果の部分とその成果を生んだ人は、プロセスと切り離して「死守」しないといけません。

 もし本当に再現可能であるのに、出る杭を打ち過ぎたばっかりに、その成果が誰かの手に渡るのであるならば、我が国は不可逆的な大きな損失をしてしまったことになるでしょう。本来論文にまで示さなくてよい作製の手順等を詳細に公開しないといけなくなっている現状をみると、世界中に知的財産の重要な隠すべき部分を延々と無料で垂れ流しているようにも受け取られます。こうなると、現時点で仮に再現可能であっても、その利益はすでに多くの第三国の手に渡っているということになります。再現可能であるという「結果」を確定する作業が第一ですが、そういった仕掛け合いがあるのが世界であることも知っていないといけません。いずれにせよ「あるのかないのか」という「結果」に注目すべきであり、それ以外の部分であれこれ批評するのは結果が出るまで待つべきだと思います。

水産業の海外進出がもたらすもの

 若い養殖業のリーダーの話に戻しますが、こういったリーダーたちの動きは、世の中を変える大きな可能性を秘めています。彼らが成長し、ノルウェーの養殖業者(売り上げが1社で年間数兆円の企業)のような力を持つようにこの10年で変わっていけば、日本の経済の構造は根本から変わっていきます。地域経済の維持に国債からお金を回す必要が緩み、むしろ地域が経済のけん引役になれば、都市部経済もかなり余裕が生まれ、成長力を得ます。そうなれば租税負担も軽くなりますし、雇用も生まれて家計所得も上昇し、根本的な部分で少子化の問題を解決することが可能になります。

 我が国が抱える問題に対する解決方法がいままでもいろいろ提示されていますが、その多くは対症療法です。しかし、養殖業の発展に関しては根本療法になりえます。しかも我が国の養殖業は、世界市場でシェアを高められる可能性を十分に秘めています。ノルウェーは日本より不利な条件でありながら、現在養殖魚の世界市場でトップクラスのシェアを獲得し、現在も急成長しています。その結果もあって、一人当たりGDPで世界3位へ躍進しました。同様の戦略をニュージーランド等の国々もとろうとしています。

 養殖業水産加工業の世界市場進出は、この国を変えるレベルのものであり、その実現に向けて取り組む人々は決して「自分勝手な自己満足のために、周囲をひっかきまわしている」わけではないことに、周囲は気付くべきでしょう。「重要なのは結果」であるし、またうまくいかなかったときの逃げ口上を考える余裕を我が国は誰も持っていません。やるしかないという事情の中で、やっている人間の背中を撃つことがいかに無意味で社会的に不利益なことであるか、冷静に見直すべきなのではないかと思います。
(文=有路昌彦/近畿大学農学部准教授)

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