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トヨタ生産方式への誤解「かんばん方式は在庫なし」の嘘 サラダ理論で需要予測不要

文=井上久男/ジャーナリスト
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 「かんばん方式は在庫を持たないという固定概念は間違っている」。こう訴えるのは、コンサルティング会社エフ・ピー・エム研究所の鈴村尚久所長だ。鈴村氏は1976年にトヨタ自動車に入社、系列企業などにトヨタ生産方式(TPS)を指導する生産調査部など同社のもの造りの中枢を歩み、1997年に退職、コンサルタントに転じた。実父、喜久男氏も元トヨタマンでTPSの確立に尽力した大野耐一元同社副社長の側近だった関係で、尚久氏は実父から受け継いだTPSの原点を大事にしながら、時代に合わせて改良もしている。

 今般、鈴村氏が『トヨタ生産方式の逆襲』(文春新書)を出版、トヨタ生産方式の強みはどこにあるのかを解説している。豊富な事例を挙げながら、単なるハウツーではなく、ビジネスに真摯に向かい合うに当たっての心構えのようなものまで明示している。これまでメディアにほとんど登場することのなかった鈴村氏があえて筆を執った理由について、「TPSの本質を理解せずに、間違ったパラダイムや前提の下でTPSを導入して失敗している会社があまりにも多いから」と説明している。

 トヨタの社員だったというだけで、あるいは少しTPSをかじったというだけでTPS関係の本を書いている人をよく見かける。筆者の独断ではあるが、こうした「偽物コンサル」の指導が間違った理解を生むのではないか。

●「最大のCS」とは

 間違った理解の象徴として、TPSの代名詞である「かんばん方式」を、「在庫を持たないこと」と盲信していることを挙げ、警鐘を鳴らしている。同時に顧客満足度(CS)向上という視点からTPSを捉え、それをベースに会社を構造改革していけば組織にTPSの考え方が根付くことについても触れている。

 鈴村氏は、顧客を待たせないもの造りを行うことが「最大のCS」だと考えている。たとえば、立ち食い蕎麦や寿司店で、お客が注文すればすぐに料理が出てくるようなもの造りが理想なのだそうだ。

 消費者がモノを買う3要素について、鈴村氏は(1)機能やブランドを評価し、気に入って買う(2)価格が安いので買う(3)欲しい時にぴったりのタイミングなので買う――を挙げ、特に大切なのが(3)の「タイミング力」だと指摘する。

 最近よく「商品がコモディティー化したので、価格競争に巻き込まれ、収益性が落ちた」などの解説が聞かれるが、コモディティー化とは端的にいえば、どのメーカーの製品でも性能に大して差異がなくなることだ。テレビなど一部の家電製品やパソコンなどがその類に入るだろう。その結果、価格の叩き合いとなるため、コモディティー化した商品ほど、タイミング力が備わって顧客が欲しい時に即座に対応できれば、価格競争に巻き込まれずに収益性を高めることができるケースもあると、鈴村氏は説いている。

 成功の事例として、鈴村氏がトヨタ勤務時代に、コモディティー化していたフォークリフト向け補給用バッテリーの工場を改革し、納入までに3~4週間かかっていたところを、午前中に注文をもらえば当日午後には出荷できる体制に改めたケースが紹介されている。また、同じくコモディティー化製品のブレーカーの工場を指導した際には、在庫を持つことでヒット商品を生み出した事例も挙げられている。

 指導しているうちに鈴村氏は、多品種のブレーカーの中でも売れるものと売れないものがあるのは、「単にニーズがないからではなく、在庫がないから」であることに気付く。一部の機種で在庫を持つと、値引きせずに定価で売れ始めた。購入した顧客を調べていくと、建設現場などで工事の完成までに時間的に余裕がない顧客が買っていることがわかった。これは顧客が求めるタイミングが合えば、価格競争に巻き込まれないことを示している。

●当たる需要予測はない

 目から鱗の話も多い。多くの企業で実施している需要予測に基づく生産計画策定についても、「当たる需要予測はない」と、ばっさりと斬っている。当たらない需要予測に基づいて生産計画をつくった結果、過剰在庫と欠品が生まれることを豊富な事例で示し、「過剰在庫と欠品の理由が同じであるということに気付かない経営者があまりにも多い」と鈴村氏は指摘する。また、状況に合わせて柔軟な対応ができないコンピューターによる在庫・出荷管理に頼りすぎるあまり、工場の稼働状況と販売がうまくリンクできなくて、在庫が増えたり、欠品が生じたりすることも例示している。

 在庫過多や欠品が発生するのを防ぐのには、「ストア」の設置が効果的だそうだ。ストアとは、保管場所のことだ。一定のルールをつくって、何が置かれていて、どこに流れて(出荷して)いくのかなどが、作業に不慣れな人でも一目瞭然にわかる仕組みのことでもある。こうした仕組みによって、何が売れているか、余っているのかが即座にわかる。このストアを製造工程の上流から下流までに設置して、ストア間を「かんばん」でつないで、情報とモノのやり取りが自律的にできるようにすることで、過剰在庫や欠品は防ぐことができるケースが多い。

 鈴村氏が指導していたコンドームの生産工場では、過剰在庫と欠品が同時に起こっていたが、出荷場の床にテープを貼ってストアの位置を決め、色紙で何を置いているのかを明示するだけで、在庫が多い品番と欠品の品番が一目瞭然となって、工場は品切れしている製品を自律的に製造できるようになったそうだ。それまでは多額の投資をしてコンピューターシステムで在庫管理をしていたが、効力を発揮しなかったという。

●「意味のない努力」を否定

 このように、コンドーム生産にもTPSが応用されているのである。『トヨタ生産方式の逆襲』は、トヨタ生産方式に関する本でありながら、自動車の話はほとんど出てこない。鈴村氏が指導に出向いている企業は、製麺メーカー、製菓会社、豆腐工場、スーパーなど他業種にわたる。惣菜工場などへも指導に出向き、サラダ生産の現場でTPSを導入している。デパートの地下の売り場を見てもサラダは多品種生産だ。その一方で、マヨネーズなどの調味料、野菜、卵、春雨、ハムなど材料には共通項が多い。いったん混ぜると消費期限が発生するので、売れ残れば廃棄しなければならない。しかし、中間在庫として材料を保有し、売れているものから混ぜ合わせて供給していけば、廃棄のリスクは減る。この「サラダ理論」は食品業界全般に応用できるのではないか。

 だから鈴村氏の指導先は食品関係が多い。消費期限がある食品、特に惣菜などの生ものは過剰在庫=廃棄処分、欠品=機会の損失だからだ。いかに捨てる分を減らして、売れる時に売るかが、会社の業績を左右する。しかも、「水商売」であり、何が売れるかなど需要予測は当てにならない。だから鈴村氏のノウハウが重用されるのであろう。

 また、鈴村氏の考えを見ていくと、「意味のない努力」を否定し、成果に結びつく努力をしましょうということでもある。「意味のある努力」につなげていくためには、パラダイムチェンジが重要であるということも訴えている。しかし、これが案外難しいそうだ。社内にはあらゆる抵抗勢力、特に頭のいいホワイトカラーがいて、できない言い訳や、もっともらしい嘘を考えるからだ。鈴村氏の指導は単に生産現場での業務改善ではなく、会社に巣食う、こうしたホワイトカラーとの知恵比べでもある。

 トヨタはリーマンショック後に大赤字に陥っても、業績を回復させた。戦後の同社の歴史を振り返ると、経営危機が迫っても、それを押し返す危機バネが働く。その大きな理由は一言でいうならば、過去を健全に否定し、環境の変化に即座に対応する経営システムを構築しているからにほかならない。鈴村氏の哲学もそれに通じるものがあり、「トヨタのDNA」を感じることができる。
(文=井上久男/ジャーナリスト)

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