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近鉄「最後のドラフト1位」が1500本安打達成! 記念パネルが〇〇へ行くハプニングも…

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 36歳の苦労人、ヤクルトの坂口智隆外野手が10月19日、甲子園球場での阪神戦で史上129人目となる通算1500安打を達成した。

 記録まであと1本に迫った一戦。四回に無死一、二塁とチャンスの場面で迎えた打席だった。3球目、ガンケルが投じた147キロのツーシームを左前にはじき返すと、二塁走者をホームに返す先制打。2003年10月7日のオリックス戦でマック鈴木から放った初安打から数えて1500本目の一打は、自らを祝福するかのように打点付きとなった。

 坂口は神戸国際大学付属高校を経て、2002年ドラフト会議で大阪近鉄バッファローズから1巡目指名を受けて入団。同校出身者初のプロ野球選手であり、大阪近鉄バッファローズ最後のドラフト1位指名選手でもある。

 2003年、ウエスタンリーグで打率.302を残すと、ドラフト指名入団の高卒野手では球団史上8人目となる1年目での一軍初出場を果たし、初安打も記録。2005年、球団合併に伴う入団2年以内選手への措置で、オリックス・バッファローズ所属となった。

 2007年にはコリンズ監督の抜擢で、1番中堅手として初の開幕スタメン。5月初旬に打撃不振で二軍に降格するも、シーズン終盤にはレギュラーに定着した。

 2008年にはゴールデングラブ賞を初受賞。2011年には全144試合にフルイニング出場し、4年連続のゴールデングラブ賞、パ・リーグ最多安打にも輝いた。

 だが、2012年にはダイビングキャッチで右肩肩鎖関節の脱臼、靭帯断裂の大怪我を負って長期離脱。復帰後は勝負強い打撃を見せる反面、長らくの不振が続き、2015年、翌年の契約で野球協約上の減額制限を超える大幅減俸をオリックスから提示されたことで自由契約を申し入れて10月1日に退団、11月13日に東京ヤクルトスワローズと契約を結んだ。

 復活をかけた移籍1年目は、シーズンを通じて一軍に帯同して141試合に出場。5年ぶりに最終規定打席にも到達した。翌2017年にも136試合に出場。2018年にも139試合に出場し、打率.317と8年ぶりに3割を超えた。

 昨シーズンの2019年には阪神との開幕カード3戦目で死球を受け、左親指を骨折。5月17日に一軍へ復帰するも調子が上がらず、6月9日に再び出場選手登録を抹消されてからは二軍生活が続いた。

 今季は開幕スタメンをつかみ、ここまで98試合に出場。この試合で7試合連続安打を放つなど、92安打を放っている。

 1打席目のチャンスで凡打した坂口は、「ランナーを返すことができてよかった」とコメント。偉業達成の後、記念パネルを持ったタイガースガールズが一塁ではなく二塁にいる村上宗隆のもとへと駆け出してしまうハプニングもあったが、坂口は笑顔を見せ、拍手に応えた。

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