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【MLB】ノーヒットノーランも達成…日米通算170勝の大投手「シート打撃の一球」で引退を決意

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 日米通算21年間で170勝。10月19日に今シーズン限りでの引退を表明した巨人の岩隈久志投手が23日、引退会見を開いた。

 冒頭で岩隈は「今シーズンをもって現役を引退し、ユニフォームを脱ぐ決意をいたしました」と報告。「たくさんの方々に応援をしていただいて、たくさんの方々に勇気をもらい、その中で戦って来られたことに感謝しています。本当にありがとうございます」と感謝を述べた。

 東京・堀越高校出身の岩隈は、1999年ドラフト会議で大阪近鉄バッファローズから5位指名を受けて入団した。2001年の5月に一軍初登板を果たすと、後半から活躍。2002年には23試合に登板して8勝、2003年にはチーム最多の15勝をマークした。

  自身初の開幕投手を任された2004年は、球団新記録の開幕12連勝を達成。アテネオリンピック野球日本代表にも選出され、最終成績は15勝2敗、最多勝と最優秀投手のタイトルに輝いている。

 同年6月に明らかとなった大阪近鉄バッファローズとオリックス・ブルーウェーブの球団合併、楽天の新規参入に伴うシーズン終了後の分配ドラフトで岩隈は合併球団のオリックス・バッファローズに分配されるも、これを拒否。オリックス側の譲歩により、岩隈の希望通り、金銭トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍した。

 2005年、楽天初年度の開幕投手としてマウンドに上がると、1失点完投で球団初の勝利投手に。以降、右肩の故障や2段モーション禁止によるフォーム変更などがありながらも2008年には21勝を挙げ、チームが5位という戦績の中で最多勝、最優秀防御率、沢村賞、最優秀投手、ベストナインなどを獲得した。

  5年連続の開幕投手を務めた2011年オフには海外FA権を行使してメジャーリーグのシアトル・マリナーズに移籍。2012年の後半戦から先発ローテーション入りを果たすと、2013年には14勝、2014年には15勝を挙げ、2015年8月12日には日本人選手としては野茂英雄以来2人目となるノーヒットノーランを記録している。

  翌2015年にはメジャー自己最多の16勝をマークするも、その後は故障などにより低迷。2018年に巨人と契約を結んで日本球界に復帰するも一軍登板はなく、今季限りでの引退を表明した。

 きっかけは今夏、東京ドームでのシート打撃だった。1球目が打者の右肩に直撃。岩隈はその場に膝をつき、肩の激痛に耐えた。右肩の脱臼だった。

 岩隈は「2軍では兆しが見えていた。勝負をかけないといけないと思っていた」「その(シート打撃の)一球が、僕のできる全力の一球。体力的な限界という意味でも引退を考えました」と、当時のことを振り返った。

 会見には、そのシート打撃をスタンドで見守った原辰徳監督も出席。2008年のWBCを共に戦った指揮官から「世界一の監督にしてもらったことは忘れません。感謝しております」と、花束が贈られた。

 今後については「今の時点では決まっていない。感謝の思いでいっぱい。ひとまずゆっくりしたいな」と笑顔。「いずれは野球の伝道師になれる存在でもありたいなと思います」とも語った。

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