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JRAジャパンC(G1)「キャリア68戦」ヨシオを超えるタフネスが100戦到達! 三連単史上最高“幻の5000万馬券”「目撃者」がまさかの……

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JRAジャパンC(G1)「キャリア68戦」ヨシオを超えるタフネスが100戦到達! 三連単史上最高幻の5000万馬券「目撃者」がまさかの……の画像1

 29日の世紀の一戦・ジャパンC(G1)で何かと注目を集めているヨシオは、7歳・キャリア69戦目にして初のG1挑戦も話題の1つに挙がっているが、そんな猛者を超えるタフネスが、ついにJRAと別れを遂げることとなった。

 28日、東京競馬場で行われた3歳2勝クラス(1000万下)に出走したスワンボート(牡10歳、美浦・浅野洋一厩舎)が、キャリア100戦目(中央8戦、地方2戦)を記録。デビューから約8年で、ついに大台に到達した。

 そんな現役屈指のタフネスの競走生活は“大波乱”で幕を開けた。

 2012年8月4日のデビュー戦。スワンボートは8着だったが、勝ったミナレットは14番人気。三連単の2983万2950円はJRAの三連単史上最高配当として、今なお輝きを放っている。

 しかもこのレースは2着が同着で、三連単は2通りの払い戻しがあった。もし、同着でなければ三連単5966万5980円という永劫不滅クラスの大記録が生まれていたかもしれない。

 また、ミナレットは2015年5月のヴィクトリアマイル(G1)で、またも波乱を演出。三連単2070万5810円はJRA史上5位、G1レースでは1位の記録だ。

 一方のスワンボートはその頃、すでにキャリア29戦目。半年前から2勝クラスの壁にぶち当たり、以後、一度も馬券圏内を賑わすことができないでいた。

『サンスポ』の取材によると、今回で節目の100戦目を迎えたスワンボートだが、今後はJRA登録を抹消して高知に移籍する予定だという。実は90戦を迎えた頃にオーナーから引退の話があったそうだが、浅野調教師が「ファンの多い馬」と節目の100戦まで現役続行を望んだそうだ。

「キャリア100戦といえば西橋(豊治)厩舎にいたスズカルパンも、JRA史上8頭目の快挙として今春100戦目に到達して現役を引退。引退後は角居勝彦調教師らとサンクスホースプロジェクトを手掛ける山本高之社長のTCCセラピーパークで余生を過ごしているそうです。

スワンボートはもうひと頑張りするそうですが、引退後にはゆっくりしてもらいたいですね」(競馬記者)

 なおJRA競走の最多としては、ハートランドヒリュが127戦という記録を持っている。

 競馬には「無事之名馬」という言葉がある。調教や医療、ケア技術の発展が目覚ましい昨今、ヨシオやスワンボート、スズカルパンといった高齢までタフに走り続ける“名馬”が、今後ますます増え続けるかもしれない。

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