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JRA “鬼脚”ブロードアピール死す…今だから覚えておきたい!根岸S以外に残した数々の「伝説」とは?

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 8日、Yogiboヴェルサイユリゾートファームで繋養されていたブロードアピールが老衰のため、27歳で死亡したことが分かった。

 父ブロードブラッシュ、母ヴァリッドアリュールという米国産牝馬は、体質が弱い影響で初出走が4歳の9月と大幅にデビューが遅れた。しかし、2戦目で初勝利を挙げるとデビュー約4ヶ月で重賞1番人気に推され、半年でオープンクラスまで到達。早くから能力の片鱗を見せていた。

 そんなブロードアピールを語る上で欠かせないのが、ファンなら誰もが一度は見たことがある2000年の根岸S(G3)だろう。

 日本で1番直線が長い東京競馬場のダートコースとはいえ、先頭から大きく離れた最後方からレースを進めたブロードアピール。当時から末脚に定評があったとはいえ、誰もが届かないと思った絶望的な位置から、後に“鬼脚”と評される末脚を繰り出し見事1着。伝説のレースとして今も語り継がれている。

 ブロードアピールの話題となれば、「根岸S」や「末脚」のワードばかりが浮かんでくるが、「彼女の凄いところはそれだけではない」と、ファンの記者は語った。

「ブロードアピールの凄いところはたくさんありますね。まずはご紹介したいのが、『芝・ダート兼用』という点ですね。

ダートのイメージが先行しがちですが、勝ち星の半分近くは芝なんです。初重賞勝利は芝1200mのシルクロードS(G3)でした」(競馬記者)

 ダートの成績が芝の成績を上回ってはいるものの、00年スプリンターズS(G1)では1着馬と0秒3差の4着と好走している。

 1400m以下のレースでは芝・ダート問わず、上がりメンバートップクラスをマークするほど強烈な末脚の持ち主だった。展開が向けば芝でも更に活躍できたかもしれない。

「続いて紹介したいのが、2000年の栗東S(OP)です。本当は京王杯SC(G2)へ出走したかったのですが、除外され仕方なく出走したレースです。

初勝利だったデビュー2戦目以来のダート戦というハンデに加えて、数え年で7歳ながら出走馬で1番重い57キロの斤量を背負う過酷な条件でしたが、逆境をものともせず直線一気の末脚を炸裂させて勝利しました」(同記者)

 レース後、芝のスプリント路線を歩むが最高順位は3着だった。既に高齢のため、芝しか選択肢がなければ引退して繁殖牝馬になっていた可能性も有り得る。栗東Sの追い込み勝ちがあったからこそ、陣営は根岸S出走を選んだのかもしれない。

「最後に紹介するのが、JRA平地重賞牝馬最年長勝利記録を保持していることです。こちらは02年のガーネットS(G3)を8歳で勝利。4歳9月の初出走から8歳1月の35戦目での大記録達成です。

生まれつき体質が弱かった馬ですが、ハード調教・ハードローテーションで有名な松田国英厩舎所属ながらデビュー後は大きな怪我をせず、よく頑張って走ってくれました」(同記者)

 生涯36戦目のドバイゴールデンシャヒーン(G1)で5着に入った後、引退して繁殖入り。現時点で直仔から目立った活躍馬は出ていないが、後継牝馬からは18年日本ダービー馬ワグネリアンが誕生した。

 ブロードアピールが見せてくれた末脚はこれからもファンの中で生き続け、残してくれた血はこれからも脈々と日本競馬界で生き続けることだろう。

(文=寺沢アリマ)

<著者プロフィール>
大手スポーツ新聞社勤務を経て、編集部所属のライターへ。サラ系・ばん馬のどちらも嗜む二刀流で「競馬界の大谷翔平」を目指すも収支はマイナス。好きな競走馬はホクショウマサル。目指すは馬券的中31連勝だが、自己ベストは6連勝と道は険しい…。

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