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元JRA藤田伸二氏「嬉しいやら悲しいやら……」誕生日に因縁浅からぬミステリー、東西重賞の関係者が引き寄せた「アンビリーバブル」な命日

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撮影:Ruriko.I

 世の中では、しばしば偶然とは思い難い出来事が起こるが、それは競馬においても同じだ。

 有名な話ではあるが、9月11日にアメリカで同時多発テロ事件が起こった2001年の有馬記念(G1)では、偶然にも1着マンハッタンカフェ、2着アメリカンボスで決着し、いわゆる「アメリカ馬券」は大きな話題となった。

 このように競馬の世界でも、後世に語り継がれるミステリーな実話が存在する。

 岩田康誠「優等生コメント」で前哨戦快勝もスッキリとはいかず

 先月27日、事の前触れという訳ではないが、この日誕生日を迎えた元JRA騎手の藤田伸二氏は、自身の公式Twitterを通じて「とうとう半世紀生きた…50歳…うち半分25年は騎手だった…」と、節目の年齢を迎えたことを報告。続けて「俺の誕生日は後輩、後藤の命日でもある…嬉しいやら悲しいやら…」と、7年前に亡くなった後藤浩輝騎手についても触れた。

 後藤騎手といえば、現役中でありながら15年2月27日に自ら命を絶ったとされる関東のトップジョッキーだ。あまりにも突然の訃報は、当時競馬界はおろかスポーツ界全体においても大きな衝撃を与え、関係者やファンは深い悲しみに包まれた。

 胸にぽっかりと大きな穴が開いたのは、同じく現役騎手であった藤田氏にとっても同じことだ。可愛い後輩の命日と化したこの日は、誕生日であっても心中でどこか素直に喜べない複雑な想いがあったはずだ。

 そんな後藤騎手の命日に、JRAの東西重賞では不思議な偶然が起こった。

東西重賞で起こった不思議な出来事

「27日の重賞結果を見て驚きました。阪急杯(G3)では岩田康誠騎手、中山記念(G2)では吉田豊騎手がそれぞれ勝利しているではありませんか。ご存じの方も多いと思いますが、後藤騎手にとってはどちらも“因縁”が残る人物といえる存在です。その二人が後藤騎手の命日に揃って重賞を勝つなんて、色々と思うところがありました」(競馬誌ライター)

 二人が“因縁”の相手と目されるのには、それなりの理由がある。

 岩田康騎手は、後藤騎手の現役時に2度に渡る落馬事故にも関係している。意図的ではなかったにせよ、落馬した後藤騎手は度重なる怪我の影響で、一時は引退も頭によぎったという。同騎手が亡くなった際も、岩田康騎手に対し、一部のファンから心ない声が向けられた。

 一方の吉田豊騎手は、後藤騎手から「態度が気に食わない」として木刀で殴打された、いわゆる「木刀事件」の当事者である。無論、どんな理由であっても暴力は許されることではなく、後藤騎手は謹慎と重い騎乗停止処分を受けたが、両者の間に“確執”があったことは間違いないだろう。

 さらに、偶然は勝利騎手だけに留まらなかった。

「中山記念を制した吉田豊騎手のパンサラッサの馬番は『5番』、阪急杯を制した岩田康騎手のダイアトニックの馬番は『10番』でした。『5番』と『10番』の決着で『ゴトー』馬券、偶然にしては出来すぎた話ではないでしょうか。

さらに岩田康騎手に限っては、ここ1年主戦を務めていたクリノガウディーではなく、後藤騎手が亡くなった年に生まれた7歳馬ダイアトニックに騎乗していた訳ですからね……」(同)

 レース後の勝利ジョッキーインタビューでは、二人が後藤騎手について語る事はなかったが、二人のベテランによる重賞制覇は、7年前に亡くなった後藤騎手との繋がりを思わせるものだった。

(文=ハイキック熊田)

<著者プロフィール>
ウオッカ全盛期に競馬と出会い、そこからドハマり。10年かけて休日を利用して中央競馬の全ての競馬場を旅打ち達成。馬券は穴馬からの単勝・馬連で勝負。日々データ分析や情報収集を行う「馬券研究」三昧。女性扱いはからっきし下手だが、牝馬限定戦は得意?

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