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パチンコ「夜の街もパチンコの世界も激変──とあるパチンコ素人による昭和60年のパチンコ風景・前編」【アニマルかつみの銀玉回顧録 Vol.002】

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 聞くところによると、最初期のデジパチの大当り確率は、在りし日のMAXタイプに相当する約500分の1だったそうだが、新風営法に準拠した、いわゆる「1300発機」では、200~250分の1にまでアップ。

 さらにいうと、多くのデジパチにはストップボタンを用いるなどして大当り確率をアップする攻略法が存在していて、一般週刊誌にも手順が掲載されるなど、ちょっとしたブームが巻き起こっていた。

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 しかし、「美味しい話にはオチがある」をモットーとしていた自分は真剣に向き合うこともなく、なんとなく気が向いた時にだけ職場の近くの店に「ふらり」と立ち寄り、チューリップ台やヒコーキ台で「ふわっ」と玉を弾いては、すぐに飽きてヤメるを繰り返していた。

 そんな、ある日のことだった。

 たまたま、新台のデジパチ…7セグタイプだったので、たぶん平和の「ブラボーなんちゃら」だったか。打ち始めるとすぐに「5・5・5」が揃って、大当りとなった。

 生まれて初めての、デジパチの大当り。あまりに突然のことで、しばし呆然としていると、上皿と下皿に玉があふれ、やがて玉が飛ばなくなった。

「ピーポー、ピーポー」

 鳴り響く警報音。振り返る周囲の客たち。なすすべもなく、思わずパニックになってしまった。

 ひょっとしたら平和の「ブラボー」ではなく、三洋の「パニック」だったのかも知れないな。

(つづく)

(文=アニマルかつみ)
〈著者プロフィール〉
兵庫県尼崎市出身。1992年春にパチスロ必勝ガイドのライターとなり、以来30年にわたってメディア人の立場から業界の変遷を見つめてきた大ベテラン。ぱちんこ・パチスロの歴史に関しては誰にも負けない博識を持つ。最近ではYouTube動画チャンネル「ぱち馬鹿」のメンバーとして、各種企画の制作や出演、生配信などにも精を出している。ライター稼業のかたわら、ロックバンドのベースプレイヤーとしても活動中。愛猫家。昭和レトロ好き。
■Twitter(@anikatsu213):ANI-Katsu(アニマルかつみ)

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