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アニマルかつみの「ぱちパチ偉人伝」第3回 秋山宏一(元・パチスロ必勝ガイド攻略ライター)後編

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秋山宏一(元・パチスロ必勝ガイド攻略ライター)後編

『稼ぐ』ためにではなく『攻略』するためにパチスロを打つ

「こんど、読者代表として13時間デスマッチに出てくださいよ」

 そんな秋山氏の誘いに、最初は戸惑いつつも「自分なんかでよければ、ぜひ」と、大役を引き受けることとなった。東京へ拠点を移して1年ちょっと経った、1992年の春まだ浅い日の夕暮れ時のことである。

 自分事ではなく秋山氏が主役の話なので、詳細はまた別の機会に譲るとして…だ。結果的に、誘われるがままに読者代表として「13時間デスマッチ」に参戦し、「秋山プロ」と誌面でバトルを繰り広げたことで、その後の自分の人生が決定づけられた。

 初回の冒頭でも触れたが、秋山氏との出会いがなかったら、いまの自分はなかった。パチスロライター・アニマルかつみは存在しなかったし、いまこうやってウェブを介して皆さんと対峙していることもなかっただろう。

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※秋山氏に誘われ、読者代表として参戦したパチスロ必勝ガイド1992年6月号に掲載の「13時間デスマッチ」。自分は『スーパーバニーガール』、秋山氏はデビュー間もない『バニーX.O』の爆裂バージョンで戦った。

 ともかく、件の「13時間デスマッチ」への参戦をきっかけに自分は、時を同じくして隔月刊から月刊誌へと昇格したパチスロ必勝ガイドで、ライターとして仕事をさせてもらうことになった。

 駆け出しだから当然だが最初の数ヶ月は仕事も少なく、深夜のパチンコ店の清掃のアルバイトと掛け持ちだった。が、夏が過ぎ秋を迎える頃になると仕事が急激に増えてきて、アルバイトをやめてライター業に専念することとなった。

 打ち合わせなどで高田馬場の編集部へ頻繁に出入りするようになったのだが、どういうわけか秋山氏と顔を合わせる機会は、ほとんどなかった。お互いフリーランスなので、たまたまタイミングが合わないだけのことだろうが、「自分に仕事が回ってきている分、秋山さんの仕事が減ってしまっているのではないか」と思ってみたりもした。

 そんな心配は、現実のものとなった。翌1993年夏、盟友だった編集のルーシー石橋氏とともに秋山氏は、パチスロ必勝ガイドを去った。主役がいなくなった13時間デスマッチは連載終了となり、そして「秋山プロ」は伝説となった。

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