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大コケ『獣になれない私たち』が『カルテット』を狙って失敗している理由…視聴率回復は絶望的

文=吉川織部/ドラマウォッチャー

 新垣結衣と松田龍平がダブル主演を務める連続テレビドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ系)の第3話が24日に放送され、平均視聴率は前回から0.4ポイント減の8.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だった。

 率直に言って、第2話があれほどクソだったのに、よく微減にとどまったな、と思う。視聴者は当初、新垣結衣と松田龍平によるラブコメディーを期待していたが、その期待は第1話の時点で無残に打ち砕かれた。次こそは、と期待された第2話も盛り上がりに欠け、「結局話が何も進んでいない」という印象を与えた。新垣演じる会社員は生活にも恋にも疲れて常にやさぐれており、「かわいいガッキーを見たい」という視聴者の願望もかなえられないままだ。

 ただ、第2話では今後何かが起こりそうな伏線とおぼしきものがたくさん張られた。このため、「さすがに次こそはおもしろくなるはず」と期待を込めて第3話を視聴した人も多かったのではないだろうか。

 しかしながら、結論から言うと第3話もさんざんな出来だった。新垣演じる深海晶と松田演じる根本恒星との関係は、1ミリも進展しなかった。起こったことといえば、晶の婚約者・花井京谷(田中圭)の部屋に居座る元カノ・長門朱里(黒木華)の存在が京谷の母にバレそうになったことくらい。晶と京谷はこれまで、朱里の存在を仕方なく受け入れてきたらしい。だが、この件を通してあらためて、元カノが4年も居座っているのは異常な事態であることを突き付けられた――という程度の話だった。

 書いてみるとほぼこれだけなのだが、リアルタイムに視聴している時はそれなりに楽しんでいたような気がする。だが、次回予告まで見終わって「さて、今日はどんな話だったっけ」と思い返してみると、内容がスカスカなことに気付く。視聴者からも「おもしろそうな雰囲気だけのドラマ」「昭和のトレンディドラマ並みにおしゃれな雰囲気だけで中身がない」と酷評され始めている。まったくその通りだと思う。

 放送後、SNSには視聴者による批判の嵐が渦巻いた。「ガッキーがかわいくない(生かされていない)」という批判は、もう読者も聞き飽きたと思うので、それ以外の声を大まかに整理して、ふたつばかり紹介したい。

 まずひとつめは、「タイトルと中身が合っていない」という点だ。ドラマ公式サイトを読む限り、『獣になれない私たち』というタイトルは、「本能のまま『野生の獣』のように自由に生きられたらラクなのに……」という思いを持ちながら、そうできない人々を指すと解釈できる。一義的には、主役である晶と恒星の2人を指すと考えるのが自然だろう。だが、実際にドラマに登場するのは、他人の感情より自分の都合を優先して自分勝手に振る舞う人物ばかり。晶と恒星も意外と言いたいことを言う人物で、「獣になれない」と言うほどか? と首をかしげてしまう。

 さらに、晶や恒星も含め、主要な登場人物は一様に貞操観念が薄く、「獣になれないどころか獣ばっかりじゃねえか」とツッコミを入れたくなる。だからと言って、今年1月期に放送された『きみが心に棲みついた』(TBS系)で吉岡里帆が演じたOLのように、いつもオドオドして「わっ、……わたしは……」としゃべるガッキーが見たいかと言われれば、そうでもないが、『獣になれない私たち』とはいったいなんだったんだろうとの疑問は拭えない。

 批判のふたつめは、「脚本がすべっている」というものである。第3話では、あからさまに会話の流れから浮いた、変なたとえ話がふたつ出てきた。最初は、橘呉羽(菊地凛子)が晶に話した、「車道を横断したと思ったらしていなかった」という話。2度目は、京谷の“元カノ問題”を恒星が会計用語で晶に解説した場面。どちらもよく意味がわからず、「えっ、何が言いたかったの?」とあっけに取られた。必然性があって登場人物が発したというより、明らかに脚本家が狙って言わせたという感じが、ありありと透けて見える。

 これについては、「脚本の野木亜紀子が、(昨年放送されたドラマの)『カルテット』(TBS系)みたいな会話劇をやってみたくなったんだろう」と推測する視聴者も多い。坂元裕二が脚本を務めた『カルテット』は、4人の演技派俳優が繰り広げるシュールでテンポの良い会話劇で話題を集めた。会話はポンポン弾むものの、言っていることの中身はよくわからず、それなのになぜかそのやり取りがおもしろい――という絶妙な空気感で成り立っていた。だが、残念ながら『けもなれ』は『カルテット』にはならなかった。

 おそらく理由はふたつある。まず、変なたとえ話に対する「返し」の台詞が晶に用意されていないこと。ただ「はあ、そうですか」的に受け止めるだけでは、会話が盛り上がってくるはずもない。もうひとつは、晶を演じる新垣本人の演技力のなさだ。新垣が下手くそだと言うつもりはないが、サブカル臭の強い松田龍平や菊地凛子と丁々発止を繰り広げるタイプでないことは誰もが認めるところだと思う。もし、わけのわからない会話を繰り広げるのが松田と菊地の2人だったなら、かなり『カルテット』的になったことだろう。その2人を掘り下げてもドラマとしての意味はあまりないと思うが。

 迷走を続けている間に、ドラマファンの間では『けもなれ』より視聴率の低い『中学聖日記』(TBS系)や『黄昏流星群』(フジテレビ系)のほうが、まだネタドラマとして楽しめるとの声もささやかれ始めている。「『けもなれ』はイライラするばかりでツッコミどころすらない」というのだ。大幅な路線変更をしない限り、挽回は難しいか。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)

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