江川紹子の「事件ウオッチ」第130回

【実刑確定の男が一時逃走】原因は保釈を認めた裁判所!? 蔓延する暴論が「人質司法」を強化させる

写真はイメージ(@Fotolia)

 傷害、覚せい剤取締法違反など4つの罪で懲役3年8月の実刑が確定しながら、収監に応じず、逃走した男は、4日後に神奈川県警が居場所を発見し、横浜地検が男を公務執行妨害容疑で逮捕。匿っていたとみられる知人も、同県警が犯人蔵匿の疑いで現行犯逮捕した。今回の逃走は、同地検が油断をつかれた結果。中原亮一検事正がカメラの前で謝罪する異例の対応をし、法務省は実刑確定者の収容のあり方を検証するチームを設置したと発表している。

“裁判所が保釈を認めるのが悪い”という暴論

 男の実刑が確定したのは、今年2月8日。その後、横浜地検が電話や書面などで再三出頭を促したが、男はあれこれ理由をつけて応じていない。地検職員が自宅を訪れたが、不在。今月19日午後1時頃に、地検職員5人と厚木署の警察官2人が訪問したところ、刃物を持って抵抗し、逃走した。

 報道されている事実だけからも、今回の検察側の対応には、

(1)抵抗や逃走の可能性を考えておらず、準備も装備も不十分だった

(2)男は刃物を持って逃走しているにもかかわらず、地元自治体への連絡や報道発表などが遅れ、警察が緊急配備を敷くのにも時間がかかるなど、対応が後手に回った

 などの問題があったとみられる。

 ただ、謝罪会見をした中原検事正は、自身がいつのタイミングで報告を受け、その際どのように受け止めたかなどを聞かれても、「検証に支障が出るため差し控えたい」と繰り返し、答えなかったという。記憶を正直に語る限り、検証に支障など出るはずはないのではないか。

 国民の疑念を招かないよう、検証には外部の第三者の目を入れて公正なかたちで行い、その結果と対策はきちんと発表してもらいたい。

 また、法務省の発表によれば、昨年末の段階で、同じように収監を拒んで逃走した「遁(とん)刑者」が26人いるという。検証では、これらについても、逃走を許した状況を分析し、今後の対応に生かしてもらいたい。

 今回の事件が、もっぱら地検の不手際であることは、山下貴司法相が「全国に多大な心配と迷惑をかけており、おわび申し上げる」と謝罪したことでも自明の理だが、それにもかかわらず、裁判所の保釈判断に一因があるかのような物言いが出ているのが気になる。

 たとえば、6月22日付の毎日新聞。事件の詳細を伝える社会面記事に沿えた解説記事に、「裁判所 保釈認める傾向」という4段の見出しを掲げた。今回の男に対する裁判所の保釈決定には、検察が異議申立を行うなどの抵抗をしていないが、記事は、その背景には「保釈を広く認めようとする裁判所の姿勢がある」とした。そして、元検事の吉開多一・国士舘大教授のこんなコメントを掲載している。

「実刑判決を受ければ逃亡の恐れが強まるのに、(今回の男に対し)機械的に再保釈を許可した印象が拭えない。保釈の判断を誤ると、地域社会の平穏を大きく乱すことがあると裁判官は自覚すべきだ」

 この主張によれば、実刑判決の可能性があるケースは保釈を認めるべきではない、ということになるのだろうか。起訴後の身柄拘束はなんのために行われるのかを無視した暴論と言わざるを得ない。

 それに、捜査中に逮捕・勾留されず在宅起訴となったり、起訴後の勾留がつかなかったケースでも、判決が実刑となる場合もある。今回の事件は、そうしたケースも含めて、身柄拘束をされていない被告人の実刑判決が確定した場合に、逃走を防止し、確実に収監に結びつける、という観点で考えなければ意味がない。

「人質司法」で冤罪を招いた検察

 保釈を決めた裁判所を非難するコメントをした吉開氏は、東京地検特捜部検事時代にライブドア事件などの捜査に携わった。ライブドア社や村上ファンドなど当時の新興勢力と東京地検の戦いを描いた『ヒルズ黙示録・最終章』(大鹿靖明/朝日新書)によると、ライブドア元取締役のひとりは、吉開検事の取り調べを受けた時のことを裁判で次のように証言した。

「拘置所での取り調べが始まって2、3日後、『私は認識していなかった』と言ったら、検事から『お前は堀江派なのか!』と数日間叱責された。怒鳴られて、『取調室を出て行け』と言われ、出て行くと呼び戻された。『分かっているな。堀江と同じで一生保釈されないぞ』と脅されました」

「違いますといったら、『そんなの通らねーよ!』と怒鳴りつけられた。突っ張ったら『お前は帰れ』と言われました。一生保釈されないと脅されたことが怖かった」

 この元取締役は逮捕されていたので、「帰れ」は家に戻ってよいということではなく、「取調室を出て行け」と同義だろう。同書によれば、彼は保釈されないと言われたことに動揺し、不本意な調書にサインしたとのことだ。

 ほかの事件でも、否認したり、検察側のストーリーに沿わない話をしている者に対し、長期の身柄拘束をにおわせたり、直接告げたりして自白を迫る“手法”は、しばしば行われてきたようである。実際に、否認している者は検察が保釈に反対し、裁判所がそれを追認する傾向が強いために、なかなか保釈にならないのが現実だった。そのため、不本意ながら虚偽の供述をするケースは少なくなく、このような「人質司法」は冤罪を生む一因だと批判されてきた。

 特に特捜検察は、この“手法”を活用することが多かったようである。厚生労働省の局長だった村木厚子さんが巻き込まれた郵便不正事件でも、同省係長らが長期の身柄拘束を恐れ、大阪地検特捜部が描いたストーリーに沿う供述を受け入れた。この事件では、特捜部の筋書き通りの供述調書を作成した者たちは、起訴直後に一斉に身柄が自由になったが、否認している村木さん1人は、起訴後も勾留が続いた。保釈を申し立てても、検察側が反対し、裁判所がなかなか認めない。結局、身柄拘束は164日間に及んだ。

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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