
●この記事のポイント
- 高齢者の財産管理は、本人の判断能力が衰えると家族でも難しくなります 。元気なうちから「家族信託」「任意後見契約」「財産管理等委任契約」の3つの制度を理解し、準備しておくことが重要です。
- それぞれの制度にはメリットとデメリットがあります 。不動産の売却や事業承継には家族信託、将来の安心を重視するなら任意後見契約、日常の管理には財産管理等委任契約が向いています。
- どの制度を選ぶにしても、最も重要なのは「誰に任せるか」という信頼できる人選びです 。費用や手間、制度の組み合わせも考慮し、家族で話し合って準備を進めることが将来のトラブルを防ぎます 。
「父の介護費用を支払うために銀行へ行ったら、口座からお金を下ろせなかった」「母が施設に入ることになったが、不動産を売却できずに困っている」ーー。
高齢化が進む日本で、こうした声は珍しくなくなってきました。元気なうちは何の問題もなかった日常の手続きが、本人の判断能力が衰えると突然「ストップ」してしまうのです。銀行や不動産取引、医療・介護の契約などは、すべて“本人の意思確認”が前提。もし意思表示が難しくなれば、家族であっても自由に代行することはできません。
だからこそ、あらかじめ「お金の管理をどうするか」を考え、備えておくことが重要になります。
では具体的に、どんな制度があり、どのように使い分ければいいのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの黒田尚子氏に話を伺いました。
3つの制度の特徴を整理する
黒田氏によれば、高齢期に備える制度として代表的なのが「家族信託」「任意後見契約」「財産管理等委任契約」の3つです。
1. 家族信託(民事信託)
家族など信頼できる人に財産を託し、本人(受益者)のために管理・処分してもらう仕組みです。
・メリット:不動産売却や事業承継など、柔軟な財産管理が可能。本人が認知症になっても受託者がスムーズに動ける。
・デメリット:契約書作成に専門家の関与が必要なケースが一般的で費用がかかる。信頼できる家族がいなければ利用できない。
2. 任意後見契約
将来の判断能力低下に備え、生活や財産管理を任せる契約。家庭裁判所の監督が入ります。
・メリット:裁判所の関与があるため安心感が高い。不正利用のリスクが低い。
・デメリット:本人の判断能力が十分な間は発動しない。監督人の報酬などコストがかかる。
3. 財産管理等委任契約
まだ元気なうちから、日常的な財産管理を信頼できる人に任せる契約です。
・メリット:銀行手続きや支払いを早い段階からサポートしてもらえる。柔軟で導入が手軽。
・デメリット:本人が判断能力を失うと効力がなくなる。その後は後見制度に移行する必要がある。
どの制度を選ぶべきか?
「結局、どれを選べばいいのか?」というのが読者の一番の疑問でしょう。
黒田氏は「制度ごとに向き不向きがあり、本人や家族の状況によって選び方は異なります」と話します。
・不動産の売却や事業承継など、柔軟な対応が必要なら → 家族信託
・将来の認知症リスクに備え、裁判所の監督下で安心感を重視するなら → 任意後見契約
・まだ元気だが、銀行や支払いを任せたい段階なら → 財産管理等委任契約
つまり「今すぐサポートが欲しいのか」「将来の安心を重視するのか」「特殊な財産をどう扱うのか」といった視点で選び分けるのがポイントです。
注意すべき3つの落とし穴
制度を使えば安心、というわけではありません。黒田氏は次の点に注意を促します。
(1)信頼できる人を選ぶことが最重要
「誰に任せるか」がすべてのカギです。例えば任意後見契約で子どもを後見人に指定していても、「子どもに多額の借金がある」など裁判所が不適格と判断すれば認められないケースもあります。
(2)費用や手間は制度ごとに異なる
専門家報酬や監督人報酬など、契約コストは制度によって違います。長期的な負担を考えて選ぶ必要があります。
(3)組み合わせて使うのが有効な場合もある
例えば「元気なうちは財産管理等委任契約」「判断能力低下後は任意後見契約」という連携パターンもあります。
制度より大切なのは「誰に任せるか」
最終的に黒田氏が強調するのは「制度そのものよりも、信頼できる担い手をどう確保するか」です。家族の誰に託すのか、あるいは専門家に頼むのか。本人が元気なうちから話し合い、準備しておくことが欠かせません。
高齢社会の日本において、お金の管理は避けて通れないテーマです。制度を理解し、自分や家族に合った形を考えることは、将来のトラブルを防ぐ最も確実な方法といえるでしょう。
おわりに──“今はまだ早い”は本当か?
「まだ元気だから必要ない」と思う方も多いでしょう。しかし実際に必要になるときは、本人の判断能力が落ちてから──つまり“もう遅い”段階であることが少なくありません。
家族で話題にするのは気が重いかもしれませんが、制度を知り、少し調べてみるだけでも第一歩になります。
お金の管理を「未来の自分ごと」として考えてみる。そこから、安心できる老後の準備が始まります。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=黒田尚子/ファイナンシャル・プランナー)







