
●この記事のポイント
・OpenAIが組織再編を完了し、非営利財団が営利企業を支配する「二重構造」体制を確立。営利と倫理の両立を狙う新たなガバナンス実験。
・デラウェア州の公益法人(PBC)制度を採用し、収益追求と社会的使命を両立。政府や投資家の圧力をかわす巧妙な仕組みとの見方も。
・一方で、巨額投資による財務リスクや外部株主の影響懸念も残り、「非営利による資本主義」の限界と可能性が問われている。
10月28日、OpenAIはかねてから進めてきた組織再編を正式に完了したと発表した。新体制では、非営利法人「OpenAI Foundation(OpenAI財団)」が、デラウェア州公益法人(Public Benefit Corporation:PBC)である「OpenAI Group PBC」を支配する構造となる。
これにより、OpenAIは「営利」と「非営利」という一見相反する要素を、巧妙に組み合わせた統治体制を完成させたことになる。だが、その背後には“経営の安定”と“ガバナンスの複雑化”という二つのリスクが潜んでいる。
●目次
- PBCとは何か──株式会社とNPOの中間形態
- OpenAIがPBCを採用した狙い──「拒否権としての非営利」
- 「マイクロソフト+ソフトバンク」連合の可能性
- アンソロピックやxAIとの比較──PBC化の潮流
PBCとは何か──株式会社とNPOの中間形態
デラウェア州の「Public Benefit Corporation(PBC)」とは、2013年に同州で導入された法人格で、営利目的と公益目的を両立させる企業形態である。株式会社のように株主の利益を追求しつつも、法的に「公益目的(public benefit)」を定款に定めることが義務付けられる。
つまり、経営者は単に株主価値の最大化だけでなく、社会的な影響や倫理的配慮を法的義務として負う。この点で、OpenAIがAI開発の倫理的責任を果たすためにPBCを選んだのは必然ともいえる。
日本における類似形態は存在せず、あえて近いものを挙げれば「一般社団法人が営利事業子会社を持つ形」や「特定非営利活動法人(NPO)の株式会社子会社」だろうか。しかし、法的拘束力の面ではPBCがはるかに強い。
OpenAIがPBCを採用した狙い──「拒否権としての非営利」
OpenAIは2015年にイーロン・マスク氏やサム・アルトマン氏らによって「AIを人類全体の利益のために」を掲げて設立された非営利団体だった。しかし、AI開発には莫大な資金が必要であり、2019年に営利部門「OpenAI LP」を設立してマイクロソフトなどから外部資本を受け入れた。
今回の再編で、OpenAIは営利性を維持しつつも、非営利財団が親会社として経営を支配する構造を選択した。その最大の理由は、「政治的・軍事的圧力への防波堤」と「企業買収からの防御」にあるとみられる。
「米国ではAI技術が国防や監視用途に転用されるリスクが指摘されており、政府機関や株主の要請に対して、『我々は非営利組織の支配下にある』という建前を根拠に、特定の利用制限や拒否を行える。一方で、営利部門ではマイクロソフトなどとの商業契約を通じて収益を確保する──まさに“いいとこ取り”の構造だ」(戦略コンサルタント・高野輝氏)
今回の再編で注目すべきは、非営利組織が営利企業を支配するという構造の「ねじれ」だ。OpenAI Foundationは利益を目的としないため、通常の株主と異なり収益や配当を目的としない。だが、営利部門が莫大な赤字を抱え続けた場合、非営利側は財務的支援が困難となり、経営の持続性にリスクが生じる。
実際、米The InformationやFinancial Timesによれば、OpenAIは2024年度に約50億ドル(約7500億円)の投資契約を締結しており、年間売上(推定5億ドル前後)の100倍超の資金コミットメントを抱えているとされる。収益性が追いつかないまま巨額の投資を継続する構造は、NPO主導のガバナンスにとって大きなリスクとなる。
「マイクロソフト+ソフトバンク」連合の可能性
さらに再編後の資本構成にも注目が集まっている。米報道によれば、OpenAI Group PBCの筆頭株主はマイクロソフト、第2位はソフトバンクグループとなった。ソフトバンクは2025年初頭にVision Fundを通じて数千億円規模の出資を行ったとされ、両社が連携すれば、OpenAIの実質的な経営支配を握る可能性がある。
ただし、財団が議決権の多くを保持しており、外部株主は経営判断に直接介入できない。この点もまた、OpenAIが「外資依存を避けつつ資金調達を行う」ための仕組みだといえる。
2023年末、OpenAIではサム・アルトマンCEOが一時解任されるという「クーデター」騒動が起きた。この混乱の原因は、営利部門の利益追求と、非営利部門が掲げる「AI安全性優先」の理念の対立にあった。つまり、今回の再編はその構造的対立を制度的に再整理したものだが、根本的な火種は消えていない。
「OpenAI Foundationが安全性重視の姿勢を崩さなければ、営利部門は収益性の制約を受け、マイクロソフトなど投資家からの圧力が強まる。逆に、収益を優先すれば非営利側との理念的衝突が再燃する。『人類全体の利益』という抽象的な理念を、どこまで企業統治に落とし込めるかが問われる。
興味深いのは、OpenAIがこの再編を『安全性のための構造』と説明している点だ。AI技術が指数関数的に発展する中で、経営者自身の意思決定がAIによって影響される可能性も指摘されている。そうした“暴走”を防ぐために、非営利が営利を監視する構造を制度化したともいえる」(同)
つまり、OpenAIは「AIガバナンスを自らの経営構造の中で体現する」という、前例のない企業モデルを提示しているのだ。この仕組みが他のAI企業──アンソロピックやxAI──に波及する可能性もある。
アンソロピックやxAIとの比較──PBC化の潮流
OpenAIだけでなく、近年ではライバルのアンソロピックもデラウェア州PBCを採用している。同社はアマゾンやグーグルから巨額の出資を受けながらも、定款上で「AI安全性」を公益目的に明記。企業理念の形骸化を防ぐ“保険”としてPBCを位置づけている。
一方、イーロン・マスク氏率いるxAIも、同様のPBC的構造を模索しているとされる。つまり、AI業界全体が、純粋な営利モデルでは制御できない技術リスクに直面しており、それを“企業形態の工夫”で補おうとしているのが現状だ。
理想を掲げつつも、OpenAIは今も深刻な財務課題を抱える。ChatGPT有料版(ChatGPT Plus)の月額課金ユーザーは約2億人中2000万人前後と推定され、年間売上は10億ドル前後とみられるが、AIモデルの学習・推論コストが膨大であり、黒字化は依然として遠い。
マイクロソフトとの提携によりAzure経由の収益分配が行われるものの、インフラ費用・GPU投資が重くのしかかり、単年度での黒字化は難しいとされる。非営利が支配する以上、追加の資本増強にも制約がかかる。
このため、OpenAIの現行モデルは、理想と資本のバランスを極限まで試す実験的経営といえる。
今回の再編は、単なる組織変更ではなく、「非営利による資本主義」という21世紀型ガバナンスの実験である。
OpenAIは今後、AI技術の民主化と収益化の両立を迫られる。PBCという枠組みはその理念を制度的に担保する一方、財務リスクや意思決定の遅延という副作用も避けられない。
営利企業が倫理を掲るのか、非営利が利益を追うのか。この曖昧な境界を行き来するOpenAIの歩みは、AI時代における「資本と倫理の両立」という人類共通のテーマを映し出している。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)






