ENEOS、AI異常予兆検知システム導入へ…安定稼働と効率化、背景に老朽化と人材不足の画像1

●この記事のポイント
・ENEOSが国内製油所にAI予兆検知システム「Aspen Mtell」を導入。老朽化設備と人材減少に対応し、安定稼働を図る。
・過去データをAIが学習し、異常兆候を早期に検知。運転停止リスクの低減や補修費削減など経営的効果を期待。
・ENEOSはAIを製造現場だけでなく素材開発やサプライチェーン効率化にも活用し、事業全体のデジタル転換を推進。

 エネルギー大手のENEOSは、国内の製油所にAIを活用した異常予兆検知システム「Aspen Mtell」を導入する取り組みを進めている。背景には製油所設備の老朽化や熟練技術者の減少といった構造的課題がある。ENEOSは「第4次中期経営計画」でAI活用を掲げ、製油所へのデジタル技術の導入を加速している。本稿はENEOS技術計画部次世代技術グループのコメントを基に、導入の狙いと効果、エネルギー産業におけるAI活用の展望を探る。

●目次

背景:エネルギー産業が直面する「二重の課題」

 石油精製業界は変革期にある。脱炭素の潮流が進む一方、依然として石油製品の安定供給は社会にとって不可欠だ。その中で日本の製油所が抱える課題は二つある。

 第一は設備の高経年化だ。日本の多くの製油所は1960年代から70年代に建設されたものが中心で、設備の老朽化が進んでいる。小さな不具合が大規模トラブルに発展するリスクが高まり、保全コストや運転停止のリスクが増大している。

 第二はベテラン運転員の減少である。長年にわたり設備の「異音」や「微妙な振動」を感覚的に察知してきた熟練技術者の退職が進み、経験知をどのように継承するかが大きな課題となっている。

 こうした背景を踏まえ、ENEOSは「製油所稼働率の最大化」と「AI活用の推進」を第4次中期経営計画の重要テーマに位置づけている

「製油所設備の高経年化やベテラン運転員の減少といった構造的課題を踏まえ、製油所の安定・高効率運転を実現するため、AIを用いた設備トラブルの早期予兆検知を可能にするAspen Mtellの導入を決定しました」(ENEOS技術計画部次世代技術グループ)

Aspen Mtellとは:データが語る「異常の兆し」

 Aspen Mtell(AspenTech提供)は、AIを用いて異常の予兆を検知するシステムだ。

 同システムの特徴は、過去の膨大な運転データをAIに学習させ、正常運転時と異常発生時のデータ相関を解析することで、従来の閾値監視では捉えにくかった微細な前兆を検知する点にある。

「本システムでは、過去の膨大な運転データからAIを用いて正常運転時・設備故障時における計器データ間の相関関係を学習することで、設備の異常予兆や過去に経験した類似故障の予兆検知を可能にします」(同)

 従来、定期点検やセンサー等での運転データの閾値監視では見つけられなかったごく小さな兆候や、経験の浅い運転員では見落としがちだった兆候をAIに検知させる。例えば、わずかな温度変化や圧力変動など、センサーの数値としては許容範囲内でも、異常発生の前触れであるケースを検知することができる。

導入効果:運転停止リスクの最小化とコスト削減

 異常予兆検知により、設備トラブルを早期に発見・対応できれば、製油所の計画外停止の抑制や補修費の低減が期待できる。

 同社は効果について次のように説明する。

「本システムの導入により、設備トラブル(従来は検知が難しかったものを含む)を初期段階で検知することが可能になるため、設備トラブル発生時の運転停止期間の短縮や補修費の削減といった効果が期待されます」(同)

 製油所の計画外停止は生産損失や補修費用などで大きなコストが発生するため、AIによる早期検知で停止回数や期間の削減につながれば、経営面でのメリットは大きくなる。

ENEOSのデジタル戦略:製油所を超えて

 ENEOSのAI活用は製油所だけにとどまらない。2025年7月に公表した「ENEOSデジタル戦略」では、以下の分野でのAI活用が示されている。

 ・革新的材料開発:新素材の探索や性能予測にAIを活用
 ・サプライチェーン効率化:需要予測や在庫最適化によるコスト削減
 ・製造領域:プラント自動運転への挑戦

「当社では『革新的材料の開発』や供給領域における『サプライチェーンの効率化』において先進的なAIを活用しています。また、製造領域においては異常予兆検知システム以外にも『AIを用いたプラントの自動運転』にも取り組んでいます」(同)

 つまりENEOSは、AIを単なる省力化ツールとしてではなく、事業基盤を再定義する「成長のカギ」と位置づけている。

ビジネス的含意:エネルギー×AIの未来

 今回の導入は、エネルギー産業が抱える課題をAIでどう解決できるかを示す象徴的な事例といえる。

 1.リスク管理の高度化
 従来は人の経験に依存していた異常予兆検知をAIに置き換え、先手の対応を可能にする。

 2.人材不足の補完
 熟練技術者の「暗黙知」をAIに取り込み、技術継承を支援する。

 3.経営資源の最適配分
 効率化で生まれた余力を事業投資等に振り向けることが可能になる。

 経営層にとって重要なのは、この取り組みが単なる「守りの施策」にとどまらず、次の成長へとつながる点だ。

 ENEOSの事例は、老朽化した製油所設備という課題に対してAIを戦略的に活用するモデルケースだ。従来の「守りの安全対策」を、経営戦略としての「攻めのAI活用」へと転換しようとする試みである。製油所の安定稼働は社会インフラの根幹に直結しており、そこにAIを中核に据えることは、エネルギー企業にとどまらず、多くの産業に示唆を与えるだろう。今後、AIは「製造現場の効率化」から「企業全体の経営判断支援」へと役割を広げていくことが期待される。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)