
●この記事のポイント
・「AIは人の仕事を奪う」から「AIが人を成長させる」へ。
・生成AI時代の人材戦略を先進事例から探る『GenAI HR Awards 2025』が幕張メッセで開催された。
・企業、教育、自治体など多様な現場で、AIが“人の力”を引き出している。
一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が主催する「GenAI HR Awards 2025」の最終審査・表彰式が10月9日、幕張メッセ開催の展示会イベント「NexTech Week 2025 AI・人工知能EXPO【秋】」会場内で実施された。
本アワードの趣旨は、生成AI時代における人的資本戦略の優れた実践事例を発掘することや、組織内外で生成AI活用を推進している人々を称えることにある。そのうえで、人と生成AIが協働する社会の実現に向けたヒントや、先進的な事例を世の中に広げていく場としたい考えだ。
最終審査では、ファイナリストが10分間のプレゼンテーションと5分間の質疑応答を行う形式を採用。アワードは「企業セクター(中小企業)」「企業セクター(大手企業)」「教育セクター」「公共セクター」の4部門で構成され、グランプリが選出された。
SALES ROBOTICS──AIが“時間”を取り戻す

企業セクター(中小企業)部門のグランプリは、BPO支援を手がけるSALES ROBOTICS株式会社が受賞。テーマは「AI利用率98.7%。『AIが当たり前』の組織文化が、新たな顧客価値を創造する」だ。
同社は、BPO業界が抱える構造的課題や慢性的な人材不足、ノンコア業務の増加によって顧客対応の時間を確保しにくいという現実を背景に、「5年後も事業を継続できるのか」という危機感のもと、生成AIの本格導入に踏み切った。
目の前の顧客に向き合う時間を増やすことを目標に、組織体制の構築では現場主体の推進を意識。経営層はその体制を支えながら、現場が自らの課題としてAI活用に取り組める環境づくりに注力した。
人材育成においては、学び続けるマインドを重視。日々の業務の中で生まれる問いを明確にし、その解決にAIを活用するという循環的な仕組みを整備した。たとえば、既存システムにAIを組み込み、「AIなしでは業務が回らない」環境の構築にも取り組んだ。
その結果、2025年6月時点で社内の生成AI利用率は98.7%に達し、利用頻度も半年で2.5倍に増加したという。審査員は、「BPOという受け身の業務構造を、生成AIの導入によって主体的な人間回帰型の働き方へと変えた点に感銘を受けた」と評価した。
ソフトバンク──AIが“成長機会”を創る

企業セクター(大手企業)部門のグランプリは、ソフトバンク株式会社が受賞。テーマは「人的資本経営を基軸とした全社生成AI活用と価値最大化の仕組み」だ。同社はAI戦略の推進において、「テクノロジーを扱う人の意識と能力」を重視し、人材戦略を構築。
社員が自ら未来を選び取り、成長をデザインできる機会を提供しており、生成AIやクラウドセンターなど新たな領域にすでに1,000名がシフトしたという。
全社員が生成AIを活用できる環境づくりにも注力し、安心してAIを利用できる基盤整備、学習機会の提供、活用促進施策の実施。また、ガバナンス体制の整備により、安全な利活用を推進している。全社員向けのAI人材育成プログラム「AI Campus」では、レベルに応じた学習が可能で、2025年7月時点でAI関連資格を保有する社員は全体の約13%に達した。
さらに、日本一生成AIを活用する企業を目指すにあたって、新しい事業を生み出すことと、業務効率向上を両立させ、そこで生まれた時間を次の挑戦へとつなげる好循環を生み出すことに挑んでいる。その象徴的な取り組みが、全社員参加型の「生成AI活用コンテスト」だ。現在11回目を迎え、これまでに累計26万件を超えるアイデアと1万件以上の特許出願を生み出し、優れた提案は実際の事業化にも結びついている。
審査員は「取り組みの規模・多様性・成果のどれをとっても素晴らしく、日本の生成AI活用におけるベストプラクティスになるもの」と評価した。
麻生塾──AIが“学び”を変える

教育セクター部門のグランプリは、学校法人麻生塾が受賞した。テーマは「独自開発AI『Alis』が切り拓く教育DX!教職員の能力を最大化し、学校全体の人的資本価値を高める麻生塾の挑戦」だ。
教育現場には課題がある。学力を伸ばすには個別指導が効果的だが、リソースには限りがあるため、従来型の一斉授業により成果に伸び悩む中間層が多かった。そのためAI活用が求められる一方、従来のChatGPT活用法を発信しても、なかなか普及が進まなかったという。
そこで開発されたのが、麻生塾専用AI「Alis」だ。授業資料作成や類題問題生成など、約40の機能を搭載している。
発表では、AIを活用した授業の実例として「SQL」の授業が紹介された。SQLは生徒から人気が低く、成績も伸び悩む科目だった。そこでAlisを活用し、授業をゲーム風の動画に生成することで、生徒が楽しみながら学べるように改善。さらに授業を早く終えた生徒には、教員キャラクターと対話できるチャットボットを用意し、質問や問題出題を通じて生徒のレベルに合わせた学習を提供した。
その結果、学年平均点は161.9%に向上。授業コマ数は半減し、準備工数も75%削減と、目覚ましい成果が確認された。発表を行った藤澤昌聡氏は「AIはズルの道具ではなく、学生のための愛。この愛をもって明るい教育改革を進めていきたい」と語った。
審査員は「AIによるみんながワクワクする教育を実現した事例で、強烈なインパクトを残した」と評価した。
南あわじ市──AIが“行政”を進化させる

公共セクター部門では、兵庫県南あわじ市役所がグランプリを受賞した。テーマは「自ら開発・実装する!人材育成とサービス向上の両立を目指す南あわじ市の挑戦」。市長の守本憲弘氏が情報課長とともに登壇した。
同市は「最強の市役所」の実現を掲げ、人材育成に注力している。2022年には業務効率化に向け、自前でDXを推進する「DX人材育成プロジェクト/DIYプロジェクト」を始動し、職員自身がDIYでDXに取り組める体制づくりを進めた。
DIYグループの取り組みとして、3つの事例が紹介された。1つ目は、移住支援サイト「住みニコ」へのAI検索システム導入。従来、電話問い合わせが多かった原因はサイト内検索で必要な情報にたどり着けないことにあり、RAGによるAI回答システムを導入で効率化を推進した。
2つ目は、庁内問い合わせ向けのAI検索システムだ。公共建築には細かいルールがあり、国交省マニュアルが膨大のため、AI検索システムを構築。AIが現場状況を考慮しない回答をする点を補うため、回答時には関連するマニュアル項目を5件表示する仕組みを採用した。
3つ目の事例は、ごみ分別ガイド「わけるんです♪」の開発だ。従来Excelで公開していた分別リストは問い合わせが多く、外国人人口の増加も課題だったため、多言語対応アプリを開発。PythonやHTMLコードの作成には生成AIを活用し、問い合わせ件数が減少した。
審査員は「市長自らが AI 活用推進に取り組む素晴らしい発表。日本全国のロールモデル自治体として広く知っていただきたい」と評価した。

最後に大会全体を振り返り、審査員長の山本貴史氏は「深みのあるプレゼンは、日々の苦労の証だ」と述べ、出場者へ敬意を示した。
(取材・文=福永太郎)


