Azure、グーグルを超える?AWSがQuick Suiteで企業経営に革命をもたらすかの画像1
AWS公式サイトより

●この記事のポイント
・AWSが発表した「Amazon Quick Suite」は、Google DriveやOneDriveなど他社サービスとも連携可能な革新的AIエージェントで、社内外データを統合分析できる。
・AzureやGoogle Cloudに押されていたAWSが、AI対応の遅れを克服しクラウド覇権奪還を狙う戦略的転換点として位置づけられる。
・Quick Suiteは企業の意思決定やナレッジ活用を支援し、「AIが働く時代」への実装を現実化する次世代BI基盤として注目されている。

 クラウド業界の盟主・Amazon Web Services(AWS)がついに動いた。今月発表された企業向けAIエージェント「Amazon Quick Suite」は、単なる新サービスの域を超え、生成AI時代におけるAWSの戦略的“再起動”を意味している。

 かつて世界クラウド市場で50%近いシェアを誇ったAWSだが、2024年には30%を割り込み、マイクロソフトのAzureやグーグルのGoogle Cloudに追いつかれる状況にあった。その要因として指摘されていたのが、「AI対応の遅れ」だ。

 AzureはOpenAIとの連携でChatGPTやCopilotを一気に法人需要へ広げ、Google CloudはVertex AIで検索・生成・データ解析の三位一体モデルを構築。対してAWSは「クラウドの安定性とスケール」はあっても、生成AIの表舞台では影が薄かった。

 しかし、「Amazon Quick Suite」はその構図を覆す可能性を秘めている。

●目次

「Quick Suite」はどこが革新的なのか

「Quick Suiteの最大の特徴は、“AWSの内側”に閉じない点にあります。企業が日常的に使用するGoogle Drive、Microsoft OneDrive、SharePoint、Adobe、ServiceNowなどの外部サービスとシームレスに統合できます。つまり、これまでクラウド事業者間の“壁”とされていた部分を越え、異なるプラットフォーム上のデータをAIが横断的に理解・処理できる仕組みです。

 さらに特筆すべきは、外部データソースとしてAP通信やワシントン・ポストなど主要メディアのニュースデータを解析対象に含めた点でしょう。社内データだけでなく、世界の最新情報を文脈として理解し、企業の意思決定やレポート作成に反映できます。これは、従来のBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを超えた『進化型ナレッジ・アナリティクス』ともいえるでしょう」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

 実際、Quick SuiteではAWSの生成AI基盤「Bedrock」と、自然言語検索エンジン「Kendra」、データ統合基盤「Redshift」「S3」を横断活用し、「経営ダッシュボード」「自動レポーティング」「顧客対応シナリオ生成」などを一気通貫で行える。
BIツール、CRM、ナレッジ管理、文書生成──これまで別々のシステムに分かれていた機能を一つに束ねる統合AIスイートだ。

「AWSのQuick Suiteを理解するうえで、比較対象はやはりマイクロソフトの『Copilot』とグーグルの『Gemini for Workspace』でしょう。CopilotはMicrosoft 365とTeamsを核に、社内のあらゆる情報をAIが整理・要約。GeminiはGoogle Workspaceを中心に、メールやドライブ内の情報を自動で解析する。いずれも“自社エコシステム内”で完結する設計が基本。

 一方のAWSは、その“閉鎖性”を逆手に取ったもの。Quick Suiteは、他社プラットフォームを前提にしたオープンな設計を打ち出し、『AWSを基盤としながら、グーグルやマイクロソフトのユーザーも巻き込む』構想を描いています。

 つまり、AWSの顧客に限定されず、他社クラウド利用者にも“第2の頭脳”を提供するAIエージェントとしての立ち位置を取ったわけです。技術的にも、AWSの強みであるスケーラビリティ、セキュリティ、カスタマイズ性を継承し、企業ごとに独自のAIモデルを展開できる点が、CopilotやGeminiと大きく異なります」(同)

 生成AIを「使う」ではなく、「自社仕様に作り変える」──それがQuick Suiteの思想といえる。

AIエージェント市場の地殻変動

 2025年に入り、企業向けAIエージェント市場は急速に拡大している。OpenAIの「ChatGPT Enterprise」、グーグルの「Gemini for Workspace」、マイクロソフトの「Copilot」、アンソロピックの「Claude for Business」など、“社内業務に最適化されたAI”の提供が各社の焦点となっている。

 この流れを牽引しているのが「RAG(Retrieval Augmented Generation)」技術だ。社内データをAIに安全に検索・参照させる仕組みで、Quick Suiteも当然この構造を採用している。AWSは自社のクラウド上に顧客データを保持するため、RAGのセキュリティとスピード面で優位に立てる可能性がある。

 市場調査会社Synergy Researchによれば、企業AI支出のうち“社内AIエージェント構築・運用”分野は2026年に世界で800億ドルに達する見込み。AWSがQuick Suiteでこの領域を制すれば、クラウド競争の次章を主導できる。

なぜAWSはここまでAIで出遅れたのか

 AWSのAI遅延の背景には、同社の歴史的な企業文化がある。AWSは「開発者中心のインフラ企業」として発展してきたため、B2B SaaS型のユーザー体験(UI/UX)には長らく注力してこなかった。

 AzureやGoogle Cloudが「AIを使う人」を起点に設計しているのに対し、AWSは「AIを作る人」のための基盤提供にとどまっていた。

 しかし、ChatGPT登場以降、企業のニーズは「自分たちのAIを構築したい」から「業務をAIに任せたい」へとシフト。AWSはこの変化に応えきれず、生成AI分野で後手に回った。その反省が、Quick Suiteの“ユーザー中心設計”に色濃く反映されている。

AWSの日本市場戦略:Quick Suiteは起爆剤となるか

 日本では大手企業の8割以上がAWSを活用しているが、Azureとの併用が増えている。背景には、Copilotを中心とするマイクロソフトの「AI統合戦略」がある。Quick Suiteの登場で、AWSはこの“防衛戦”に反転攻勢を仕掛けた格好だ。

 特に注目されるのが、日本語対応の自然言語処理精度と国産パートナー企業との連携強化だ。AWSジャパンはすでに日立製作所、NTTデータ、サイボウズ、Sansanなどと協業し、Quick Suite上での社内AI展開を検討中とされる。加えて、日本政府が推進する「官民AIガイドライン」への準拠、国内データセンターでの処理完結も売りになる。

 Quick Suiteは、日本企業の「クラウドとAIの統合課題」を解く鍵になる可能性が高い。複数クラウド環境(マルチクラウド)にまたがるデータ活用を容易にし、製造、金融、流通といった産業領域での“AI内製化支援ツール”として拡大が期待される。

次の主戦場は「AIガバナンス」と「ナレッジ主権」

 AIエージェント競争の次なる焦点は、「どのクラウドが一番賢いか」ではない。「どの企業が自社の知識を安全に、効率的に活用できるか」だ。

 AWSがQuick Suiteで描くのは、AIを「知識の整理者」として企業内に埋め込む世界。AIが社員の質問に答えるだけでなく、過去の失敗事例や成功要因を“組織知”として継承する。それは、企業が長年課題としてきた「人材流動化」「属人化」「情報分断」への解決策でもある。

 一方で、AIが社内外のデータを統合することで、プライバシーや情報ガバナンスの新たな課題も浮上する。AWSはこれに対し、「データは常に顧客の所有下にある」という原則を明示しており、Quick SuiteのAIが参照するデータはすべて顧客のVPC(仮想プライベートクラウド)内で処理される。他社AIとの最大の違いがここにある。

 クラウド戦争の主戦場は、もはやインフラでもSaaSでもない。AIを中心に据えた「企業知の運用プラットフォーム」へと移行しつつある。AWSのQuick Suiteは、その転換点を象徴する存在だ。

 これまでAWSは“企業のITの裏側”を支えてきたが、Quick Suiteによって“意思決定の表側”に躍り出ようとしている。AIが企業経営を支援する未来――その中心に再びAWSのロゴがあるかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)