
●この記事のポイント
・any社が主催した「知識創造DAY 2025」では、JR東日本や東急建設から、AIナレッジプラットフォーム「Qast」による実践的なナレッジ活用が紹介された。
・キーエンス、Archetype Venturesがナレッジの価値転換を議論。共有文化やマネジメントの重要性が企業価値を高める鍵であると指摘された。
・基調講演では楠木建氏と中村憲剛氏が登壇。AI時代における知識創造の本質と、組織哲学を継承するリーダーシップの在り方を語った。
11月5日に「知識創造DAY 2025 -ナレッジの資産化が、企業の未来をつくり出す-」が開催され、スポーツ界や経営の最前線で活躍する登壇者たちが一堂に会し、「問い」を起点に有識者の知見を引き出し、組織変革や業務改善に直結する実践的なナレッジが共有された。
本カンファレンスには「問いが深まれば世界が変わる」というコンセプトが掲げられ、AIが答えを導き出せる時代だからこそ、「何を問うか」という視点が企業の未来を左右すると示された。同社の「Qast」は、社内に散在する情報や個人のノウハウをAIで迅速に集約・構造化し、誰もが活用できるナレッジの資産化を実現する。吉田和史代表は、「問いがナレッジを生み出すという確信こそQast開発の原点」と語った。
●目次
JR東日本と東急建設における実践的なナレッジマネジメント
本イベントのプログラムは、企業講演と基調講演を組み合わせて構成。企業講演では日本を代表する企業が実践事例を公開し、ナレッジマネジメントの最前線を「体験」できる場となった。
企業講演では、JR東日本盛岡支社の佐々木大輔氏と東急建設の坂本太我氏が登壇し、「推進担当者が語るナレッジマネジメントの変革プロセス」をテーマに講演。
JR東日本盛岡支社では、現場からの問い合わせ対応の効率化と知識の資産化を目的にQastを導入。AIが質問履歴を学習し、同様の質問に自動回答する仕組みにより、情報共有の負担軽減につながった。佐々木氏は「やりとりの中で誰かの役に立ちたいという思いが見える化されることこそ魅力」と語った。
東急建設では、膨大な技術情報を現場で活かしきれないことが課題となっていた。Qastの導入当初は、高度な機能を使い込むよりも気軽な投稿から運用をスタート。社員が無理なく利用を広げられたことが、ナレッジ共有文化の定着に寄与したと紹介された。


続くセッションでは、キーエンスの柘植朋紘氏とArchetype Venturesの福井俊平氏が登壇し、「知識創造で実現する企業価値向上」をテーマに議論が展開された。
柘植氏は「知(ナレッジ)の共有はキーエンスがもっとも力を入れる取り組み」と述べ、社員一人当たりが生み出す付加価値の向上を重視していることを紹介。ナレッジを共有しながら、全員で科学する企業文化を強調した。
福井氏はベンチャーキャピタルの視点から、ナレッジを価値へと変換できる企業の共通点について、「一人で得られるナレッジには限界があると理解している」と指摘。「蓄積された知識をシェアし、マネジメントしやすくすることが重要」と、未来志向の事業成長に向けた視点を示した。


中村憲剛氏、フロンターレ流の知の継承
基調講演には、一橋ビジネススクールの特任教授の楠木建氏、元サッカー日本代表の中村憲剛氏が登壇。経営戦略の第一人者である楠木氏による講演では、「ナレッジが生み出す競争戦略」をテーマに、歴史的な経緯からナレッジがどのように生まれてきたかを紐解いた。


講演の中で楠木氏は、AIに関連して語られる「ナレッジ」の多くが実際には「情報」にすぎないと指摘。「AIは便利ですが、人間が関わってはじめて知識となる」「AIは自己完結的に知識を創造することは、定義上できない」と述べ、AIが発達した現代だからこそ、人間による知識創造やナレッジマネジメントの重要性がいっそう高まっていることを示唆した。
続いて、元サッカー日本代表で現・川崎フロンターレのリレーションズオーガナイザーの中村憲剛氏は、「サッカークラブから学ぶ、フィロソフィーの系譜」をテーマに登壇。1997年のクラブ創設以来、積極的かつ攻撃的なプレースタイルがどのように受け継がれてきたか、クラブ哲学の継承について自身の経験を交えながら振り返った。講演では、クラブの哲学が組織にどう根付いているか、組織経営にも通じる「知の継承」の実例として紹介された。
川崎フロンターレでは、トップチームからアカデミーまで指導方針を一貫させ、育成選手がトップでも同じスタイルを体現できる仕組みが構築されている。中村氏は「三笘選手など、日本代表に選出されるフロンターレ出身選手が年々増えている。トップが結果を残すことで、育成世代にも明確な道筋が示される」と語る。
また、クラブの大きな強みとしてファン・サポーターとの一体感を挙げている。2000年J1昇格後に一年で降格を経験したが、翌年のJ2再スタートでは地域との交流を強化。これによりスタジアムの空席が減り、選手の士気向上にもつながった。ファンとの絆は選手や監督が入れ替わってもクラブスタイルが揺るがない要因のひとつとなっている。
「攻撃的なサッカーはクラブの根幹であり、サポーターからの期待も大きい。スタジアムには、攻撃的でなければならないという空気が生まれ、それが選手にも伝わり、『1-0で勝って終わればいいはずなのに、もっと得点を奪いにいく』気持ちが自然に芽生える」と中村氏は説明。トップが揺るがぬ姿勢を示し、ファンの応援を受けて選手がプレーする。この循環がクラブのスタイル継承につながっている事実が示された。
企業経営にも通じる、個人と組織、リーダーシップの形
さらに、企業などへの示唆として、個人と組織の成長について問われると、「個と組織は一体であり、どちらも大事。個の成長が組織を押し広げることもあれば、逆に組織がしっかりしていれば個が伸びることもある」と語った。
自身の経験では、2014年の風間八宏監督が着任した際「組織なんて気にしなくていい、まず一人ひとりがうまくなってほしい。個が天井知らずに伸びれば、組織も天井知らずになる」という言葉が印象に残ったという。それまでプロサッカー選手は組織の中で成長するものと捉えていたが、個が先に磨かれてもいいのだと気づき、今の指導でも自立した選手の育成を重視していると語った。
「また、クラブの調子がよい時とそうでない時の違い」と問われた際には、2017年のクラブ初タイトル獲得の裏側に触れた。鬼木達也監督のもと「得点は取るが、失点は許さない」という方針に切り替わったことで守備意識が格段に向上し、チーム全体で厳しさをもって戦えたことが大きかったと振り返る。「それまで攻撃重視で守備が手薄でも大きな叱責はなかったが、監督交代を契機に選手の守備意識も高まり、怠慢なプレーが際立つようになったことでチーム全体が引き締まった」と述べた。
一連の講演は、個人と組織の在り方や明確なリーダーシップ、そして知の継承という観点で、クラブ運営のみならず企業経営にも通じる実践的なヒントを提供する内容となった。
本イベントでは、企業・スポーツ界それぞれの実践者が、現場で培ったナレッジや組織の一体感のつくり方について具体的な体験を交えて紹介された。AIや仕組みだけではなく、人による知識や経験の積極的な共有こそが企業やチームの成長、変革の原動力であるという気づきが得られる機会となった。
(取材・文=福永太郎)


