
●この記事のポイント
・ChatGPT等の生成AIはデータ量と計算力の勝負。日本は米国に太刀打ちできないが、因果推論AIという新領域で優位に立てる可能性がある。
・株式会社ヴェルトが発表した「コーザルAIアシスタント」は、生成AIの弱点を補完し、高度人材の知識を継承する仕組みを提供する。
・日本企業の「なぜ文化」と課題先進国としての経験が、因果推論AI市場での競争優位につながる。専門家は「解釈性と定量的判断」に期待を寄せる。
ChatGPTに代表される生成AIは、間違った答えを自信満々に返す「ハルシネーション」や、概念は説明できても実践で計算ミスをする「ポチョムキン理解」といった問題を抱えている。こうした限界を補完する技術として、株式会社ヴェルトが2025年11月13日に発表したのが「コーザルAIアシスタント」だ。
因果推論AIという新領域で、日本が世界と戦える理由を発表会から探る。
●目次
日本の人材不足と生成AIの限界
日本の生産年齢人口は、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2050年には2021年比で約3割減少すると予測されている。この深刻な人材不足の中で、AIが一定の受け皿になるべきだという期待がある。

しかし、野々上仁氏(株式会社ヴェルト代表取締役CEO)は現状の生成AIについて疑問を呈する。
「今の生成AIが本当に受け皿になれるかということに関して、少し疑問を感じていらっしゃる方が多いのではないか」
野々上氏が指摘するのは、生成AIの根本的な性質だ。膨大なデータで学習し、確率の高い答えを出力する仕組みのため、間違っていても「それらしい答え」を自信を持って返してしまう。
この問題を象徴するのが「ポチョムキン理解」という現象である。2025年6月に発表されたAI研究論文(※国際会議発表、詳細出典確認中)でも、生成AIが概念の説明は得意でも、その概念に基づいた実践では間違うことが多いと指摘された。
例えば、三角不等式の定義は正確に答えられても、実際の計算問題では小学生でもわかるような簡単な問題を間違えることがある。
「一見すると、しっかり言語で答えが返ってくるので、人間からすると信頼できると思ってしまう。ところが、実際に帰ってきている答えというのは違っていたりします」
「お金の勝負では勝てない」生成AIとの違い
野々上氏は、生成AIと因果推論AIの違いを明確にする。生成AIは予測はできても「その結果を変えたいときに何をすればいいか」がわからない。一方、因果推論AIは「なぜか」と「どのようにすればいいか」に答える。
例えば、シャンパンのドン・ペリニヨンでは、気象条件が最悪だった2003年に、ブレンド比率や収穫時期を変えることで高品質を実現したとされる(※Moët & Chandon社資料より)。因果関係を理解すれば、状況に応じた最適な判断ができる。これが高度人材の思考プロセスだ。
このような高度人材の思考を因果関係のモデルとして表現し、AIに組み込むことができるのが因果推論AIの強みである。そして野々上氏は、日本が因果推論AI市場で戦える理由を明確に語る。
「お金の勝負で勝てません。そこで戦うのも馬鹿馬鹿しいですし、もっと言うと、生成AIの競争というのは、やはり地球温暖化にものすごくマイナスです。データセンターでどんどん電力を使うわけです。そこに対してやはり何か疑問を投げかけて、より、例えば10分の1の電力で済むような、そういう仕組みを提案することができる」
同氏によれば、因果推論AIの市場はまだ小さく、商用SaaSとしての競合は限られるという(同社調べ)。ヴェルトが発表した「コーザルAIアシスタント」は、高度人材の知識をデジタル化し、組織全体で活用できるようにするソリューションだ。
「高度人材の方がご退任されたり、流出していく。聞く人がいない、誰に伝えればいいかわからない、という状態が起き始めている」
コーザルAIアシスタントは、エキスパートの思考をモデル化し、「我が社の例でいくとどれぐらいの効果があるのか」という具体的な質問に24時間答える。既存の知識から因果関係を読み取り、新たなデータから最適なモデルを提案し、組織の「知の資産」として共有する仕組みだ。

企業導入の現場が語る「因果関係」の価値
デモを挟んで行われたパネルディスカッションでは、実際にAIを企業に導入するコンサルタントとデータ分析の専門家が、因果推論AIへの期待を語った。

株式会社シグマクシス アドバンストテクノロジーシェルパ フェローの坂間 毅氏は、企業が生成AIを活用する際の3つの課題を指摘する。
「まず1つは、データの整理について。企業の中で使うので、企業の情報を活用して生成AIを動いてほしいということで、RAGという仕組みを使うことが多いですけども、そうすると、社内にどんなデータがどこにあるかというメタデータの問題があります」
2つ目はユースケースの選定、3つ目は出力結果の提示方法だ。特に3つ目について、坂間氏は因果推論AIの価値を強調する。
「生成AIはもともと確率的なモデルなので、毎回同じ回答が返ってくるとも限らないし、ハルシネーション(事実無根の出力)を出したりする。人間に分かりやすい説明の仕方というのに、やはり因果的な説明というのがあるので、ここはやはりクロスコーザル(ヴェルトのプラットフォーム)のようなものが使えるのではないか」
坂間氏は具体的な事例として、食料生産の生育データ分析を紹介した。前期・中期・後期の3段階に分けて因果関係を分析したところ、前期が外側のサイズ、中期が中身の品質、後期がバランスに影響することが明確に示されたという。
「お客さんに出すと、まさにそれを考えて我々はやっていると。本当にその現場の知識が再現されたので非常に感銘を受けました」

株式会社インテージ データマネジメント事業本部 サービスDX部長の飯野 洋志氏も、因果推論AIの必要性を訴える。
「我々マーケティングリサーチ会社ですので、日々データの精度に向き合っているわけですが、やはり生成AIというのは基本的には非常に華やかな世界をイメージしますが、地味なところがあって、ガベージイン、ガベージアウト(Garbage In, Garbage Out)という言葉がございますが、ゴミのデータを入れるとやっぱりゴミの結果が出てくる」
「クロスコーザルの場合ですと、因果関係という形でそれが明示できますので、そういった意味で価値があるのかなと考えています」
飯野氏は、従来のマーケティングミックスモデルでは相関関係しか見られなかったが、因果推論AIなら「どの施策のスイッチを押せばどういう結果が出るのか」が可視化できると期待を寄せた。
日本が勝てる3つの理由

取材後に浮かび上がったのは、日本が因果推論AI市場で優位に立てる3つの理由だ。まず挙げられるのは、日本企業の「なぜ文化」である。野々上氏は語る。
「日本は文化として“なぜ”というのが、例えば自動車会社さんでもそういう文化があるので、そこは我々に向いていると思います」
生成AIは「よくある答え」を返すことはできても、「なぜそうなるのか」という本質的なメカニズムを理解することはできない。しかし日本の製造業は、不具合の真因を突き止めるために「なぜ」を繰り返し問い続けてきた。この文化こそが、因果推論AIを使いこなす上での強みだ。
さらに、日本は「課題先進国」という優位性を持つ。
「やはり高齢化社会で引き継ぎ手がいないといった課題も、日本だから先に経験できる。そこでこういうソリューションがあるということを先に知ることが、世界に対しても優位性を持てます」
人材不足と知識継承の問題は、今後世界中の先進国が直面する課題だ。日本が先行してソリューションを確立できれば、グローバル市場での競争力につながる。
最後に、因果AIの技術的特徴も日本にとっての利点だ。生成AIが膨大なデータと計算資源を必要とするのに対し、因果推論AIは本質的なメカニズムを理解することで、少ないリソースで高精度な判断を可能にする。これは、資金力で米国企業に劣る日本企業にとって現実的な戦略となる。
「日本、これから課題先進国であるが故に、先に経験していく課題というのがある。そこに対して、先にソリューションを開発し、世界に先駆けてそれを展開していくということを考えて開発をしております」
ChatGPTの登場以降、日本は生成AI競争で後れを取っているという論調が支配的だった。しかし、因果推論AIという新しい領域では、日本の強み、文化、そして社会課題が、逆に競争優位の源泉となる可能性がある。
ヴェルトが示したのは、単なる技術的な差別化ではなく、日本が世界と戦うための新しい土俵だ。生成AIでは勝てなくても、因果推論AIなら勝てる――その確信が、今回の発表会から伝わってきた。
(取材・文=昼間たかし/ルポライター、著作家)


