
●この記事のポイント
・AI普及でサーバの発熱と電力需要が爆発的に増加し、従来の空冷では限界が露呈。液浸冷却や水冷など次世代冷却技術が世界的に必須インフラとなりつつある状況を整理する。
・日本ではクォンタムメッシュの液浸冷却、NTTの実証、水冷ラックを展開するニデックなど独自技術が進展。冷却効率や保守性で世界市場を狙える競争力が高まっている。
・冷却技術はAIの性能・コスト・電力問題を左右する基盤産業へ進化。標準化競争やアジア市場を踏まえ、日本企業がAIインフラの主役となる可能性と今後の展望を示す。
生成AIの爆発的普及により、世界は「サーバ冷却」というこれまで脇役だった技術に再び光を当て始めている。半導体の発熱量は指数関数的に増大し、従来の空冷では追いつかないレベルにまで達した。いま、冷却技術そのものがデータセンターの成長を左右し、さらには各国の電力政策に影響する“構造問題”となりつつある。
その中で、日本企業の技術が海外から注目を集めている。液浸冷却や水冷システムといった先進的な方式で世界市場の主導権を握る可能性が出てきたからだ。AI競争の裏側に潜む「冷やす技術」の最前線と、日本企業が掴むべきチャンスとは何か。専門家の解説を基に紐解いていく。
●目次
- AI普及がもたらした“サーバ冷却危機”とは
- 世界の冷却技術の潮流:空冷から液冷へ
- 海外勢の注目トレンド:DLCでGPUを直接冷やす
- 日本企業は世界市場を取れるのか? 競争優位と課題
- 冷却技術は“世界の電力危機”を救うのか
- 日本企業はどこで勝負すべきか
AI普及がもたらした“サーバ冷却危機”とは
AI向けGPUの進化は凄まじい。NVIDIAの最新サーバはラックあたり600kWとされ、これは十数年前のデータセンター全体の使用電力に匹敵するレベルだ。
しかし、一般的に空冷で対応できるのは40kW前後が限界とされ、両者にはすでに“15倍の乖離”が生じている。このギャップこそが、世界中でデータセンターの新設や増設が進まない最大要因の一つだ。
熱暴走が起きると何が起きるか。半導体は温度が一定を超えると性能が低下し、最悪の場合は停止する。
・推論処理のスループットが落ちる
・サーバを守るためにクロックを強制的に下げる
・GPU停止 → サービスダウンのリスク
・虎の子のGPUラックが稼働率低下(投資回収が遅れる)
また、高温下では電力効率も悪化するため、「冷却のための電気」をさらに増やす悪循環に陥る。結果として、データセンター全体のPUE(電力効率指標)が急悪化する。
欧米でも電力不足で新DC建設がストップする事例が相次ぎ、日本でも大都市圏では同様の状況が見られる。実際、国際調査会社の報告では、世界のデータセンターの約40%が「冷却の限界」が拡張投資の障害になっていると答えた。
AI競争の裏側で、いま最も深刻なのは「GPU不足」ではなく、「冷却不足と電力不足」だ。
世界の冷却技術の潮流:空冷から液冷へ
長年、サーバ冷却の主役は空調設備(CRAC、CRAH)と送風だった。しかし前述の通り40kWが限界。AI時代には全く足りない。そこで急浮上しているのが、液冷(Liquid Cooling)である。
液冷は大きく3種類に分かれる。
・DLC(Direct Liquid Cooling):CPU/GPUを液で直接冷やす
・CDU(水冷ラック):ラック全体に水冷ユニットを取り付ける
・液浸冷却(Immersion Cooling):サーバを丸ごと液に浸す
特に液浸冷却は、発熱体を完全に液体で覆うため、空気より熱伝導率が20〜100倍高く、圧倒的な効率を誇る。
そんななか、日本国内の企業がサーバ冷却技術で世界に立ち向かおうとしている。その一部を紹介する。
(1)クォンタムメッシュ:サーバ丸ごと液に沈める“液浸冷却”で世界を狙う
スタートアップ・クォンタムメッシュは、従来の液浸式より高効率でメンテナンス性の高い独自の液浸冷却システムを開発。サーバを丸ごと液槽に沈め、GPUの高熱を直接吸収する方式だ。
・2026年、TISのデータセンターで運用開始予定
・省スペース化にも寄与(空調不要・ラック密度向上)
・冷却効率が高くPUE改善に直結
液浸方式は海外勢でも開発が進むが、「運用しやすさ」と「保守性」で差別化できれば、日本発のグローバル製品に育つ可能性が高い。
(2)NTT:液浸冷却の国産プラットフォーム化へ
NTTも液浸冷却の実証を進めている。背景には、IOWN構想による光電融合データセンターの立ち上げがある。
NTTの方針
・冷却、電力、ネットワークを統合した次世代DCの設計
・2030年前後の本格普及を視野
・“冷却を含むインフラ全体”のプラットフォーマーを目指す
海外データセンター事業者との協業も進んでおり、「日本の液冷システム」が世界標準化される可能性すらある。
(3)ニデック:ラック丸ごと水冷できる“運用性の強み”
ニデック(旧・日本電産)は、ファンやモーター技術の延長で水冷ラックシステムを開発。
・ラック単位での水冷が可能
・故障時の保守が空冷と同じ感覚でできる(液浸の弱点を克服)
・レノボと共同で水冷サーバーを販売
水冷システムは液浸よりも“保守現場の受け入れハードル”が低いため、既存データセンターでの採用が広がりやすい。「液浸=新設」「水冷=既存DC」という棲み分けも進むとみられる。
海外勢の注目トレンド:DLCでGPUを直接冷やす
一方で、海外メーカーはDLC(Direct Liquid Cooling)を推進している。GPUチップの上に水冷プレートを直接取り付ける方式で、NVIDIAの次世代GPUはDLCを前提とした設計になるとも言われている。
DLCの特徴
・熱効率は良い
・サーバ内部の構造が変わるため大規模な改修が必要
・GPU毎に冷却プレートが必要=コスト増加
・メーカーごとの標準が異なり、相互互換性に課題
この「標準化の分裂」は、日本企業が付け入る余地にもなる。液浸はGPUの種類に依存せずに冷却できるため、構造がシンプルで汎用性が高い。
日本企業は世界市場を取れるのか? 競争優位と課題
■優位性①:日本は“熱設計”に強い
半導体装置、電機、自動車などの分野で培った熱制御技術は世界トップ級。日本企業は、
・モーター冷却
・車載ECU冷却
・産業装置の温度管理
・パワー半導体の熱制御
など、高発熱機器の冷却を長年扱ってきた土壌がある。
■優位性②:品質・信頼性が極めて高い
データセンターは「止まらない」ことが絶対条件。液冷は故障時のリスクが高いと誤解されがちだが、日本メーカーは信頼性設計に強く、ここが海外勢との差別化ポイントになる。
■優位性③:アジア市場との親和性が高い
アジア各国は電力制約が厳しく、冷却効率の良い液冷・水冷技術に需要が集中する。地理的にも物流・保守の観点でも日本企業に優位がある。
冷却技術は“世界の電力危機”を救うのか
AIの普及は、電力需要を数倍に押し上げる可能性がある。その中で、冷却技術は単なる“付属設備”ではなく、
・AI性能を引き出すキー技術
・データセンターの建設可否を左右する重要インフラ
・電力消費を削減する「省エネ技術」
・国の電力政策に直結する構造問題の解決策
になりつつある。
冷却効率が改善すれば、以下の効果が見込める。
・必要な電力が削減
・PUEが改善
・1つの敷地で使えるGPU数が増加
・投資対効果が向上
・AI産業全体のコストが下がる
つまり冷却技術は、AI産業の根底を支える“見えない成長エンジン”なのだ。
日本企業はどこで勝負すべきか
今後5年、冷却の主戦場は「誰の方式が世界標準になるか」に集約される。日本企業は、海外DC事業者との共同実証を増やし、デファクトスタンダードのポジションを狙う必要がある。
冷却技術の採用を決めるのは多くの場合、「現場のエンジニア」。液浸冷却は革新的だが、保守の煩雑さを嫌う現場も多い。ニデックのように“空冷と同じ保守性”を訴求できれば大きな武器になる。
NTTが目指すように、冷却はもはや独立した装置ではなく、電力・AI運用まで含めた総合インフラになる。日本企業は垂直統合ビジネスの設計に強く、ここにも商機がある。
さらに、途上国市場を押さえることが重要だ。アジア・中東・アフリカでは、電力制約が厳しいため、液冷システムの需要が間違いなく拡大する。欧米の大手DC事業者よりも市場を取りやすい。
AI企業の競争と言えば、これまではGPUの争奪やモデル開発が中心だった。しかし今後5年、主戦場は「冷却」に移る。
GPUが高性能化 → 熱と電力の壁にぶつかる
空冷が限界 → 液冷・水冷の時代へ
データセンターの建設可否が冷却効率で決まる
冷却技術がAIインフラの核心に
日本企業に強みあり=世界市場参入の好機
AIは、もはや冷却なしには成り立たない。そして、その冷却技術で世界に挑む日本企業が、AIインフラの新たな主役となる可能性は十分にある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕/ITジャーナリスト)


