
2025年7月、京都で開催された日本最大規模のスタートアップカンファレンス「IVS」。その広報責任者として、時には“最後の砦”となり、時にはカメラを手に「熱気」を追いかけ続けた人物がいる。スタートアップ広報の熟練者であり、カメラマンであり、そしてIVS LAUNCHPAD登壇企業「天地人」の広報担当でもある砂流恵介氏だ。
彼はIVSという巨大イベントを、「スタートアップ業界にとっての起爆剤にする」という強い想いのもとで支えてきた。広報という枠にとどまらず、イベントの文化そのものをどう“育てるか”に挑んできた砂流氏に、IVSの進化とその裏側を聞いた。
「関わらない」から始まったIVSとの関係

砂流氏がIVSと最初に関わったのは、意外にも“関わらない”ことを選んだことからだった。彼のIVSとの縁は、現代表・島川敏明氏ではなく、その前任である小野裕史氏(現、小野龍光氏)との家族ぐるみの付き合いに遡る。
「小野さんご夫婦には凄くお世話になっていて、ごはんに行ったり、家に遊びに行ったりを10年以上させてもらっています。仕事でつながると関係性が変わる気がして、あえてIVSには関わらないようにしていました」
転機が訪れたのは2022年。島川体制に代わって間もなく、那覇でのIVS開催を前に、「広報を手伝ってほしい」と声がかかった。
「小野さんへの恩返しになる」と感じた砂流氏は、開催のわずか1ヶ月前から広報として現場に入った。
初参加で始まった「言葉の設計」
当時のIVSは、招待制で約2000人規模のイベント。PRの必要性もまだ限定的だった。
「まず『IVSって何?』というところから島川さんに聞きました。ヒアリングで軸を整理して、パンフレットやプレスリリースに落としていったんです」
PR会社や他の広報スタッフもいたが、砂流氏は「言葉をまとめる」役を主に担った。スタートアップ業界の知見や、歴代IVS関係者との信頼関係があったことで、若手とベテランの橋渡し役にもなっていった。
1万人を目指すPR戦略——覚悟の再宣言

那覇開催の翌年、IVSは一気に1万人規模を掲げて京都開催へと踏み出した。しかし、この“ジャンプ”には、内部でも懐疑的な空気があった。
「2000人から1万人へ。ノリじゃ無理だって感覚は当然ありました。でも、運営から“PRでチケット販売に貢献してほしい”と依頼されて…正直、音楽フェスでもない限りPRでチケットが爆売れすることってあまりないんです」
それでも、砂流氏は「次世代の起爆剤になる」というIVSのミッションを掲げ、戦略を練り直した。
一度は控えられていた「1万人目標」の発信。しかし、砂流氏はメディア『BRIDGE』のインタビューで、あえて再度それを公言した。
「覚悟を決めたんです。もう言った以上はやり切るしかありません」
結果的に、2024年には1万2000人超を集めるイベントに成長。あの時の“言葉”が、引き金になったのかもしれない。
外よりも中が大事? 社内広報という視点
PRと聞くと「外への発信」が主役に思えるが、砂流氏はむしろ「中」の盛り上がりを重視している。
「スタッフが本気で盛り上がってないと、外も熱くならない。だから広報って、社内広報的な役割も大事なんです」
たとえば、大型のプレスリリースを出す際には、Slackで「一生に一度のお願いです。みんな“いいね”とリポストお願いします!」と声をかけた。

「そうやって“祭り感”を作ることが、広がりの起点になるんです」
「止め役」から「文化をつくる人」へ
IVSの広報は、一筋縄ではいかない。たとえば、IVSの名物プロデューサー・浅尾尭洋氏が生み出す、クレイジーなほど自由なクリエイティブがそうだ。
「普通なら“それは止めたほうが…”ってなるような案も、IVSでは“受け入れるところから始まる”。ただ、その中で“絶対NG”のラインだけは僕が判断する役割だと決めていました」
砂流氏は、自身を「最終的にNOを言う人」と位置づけている。狂気を否定せず、どう生かすかを考える。そのバランス感覚が、IVSの“信頼される広報”を支えているのだ。
進化する広報体制と「活用されるIVS」
2025年のIVSでは、PR体制も大きく変わった。
前年に続き、PR会社アンティルが2年連続で参画。経験の蓄積が、早期の戦略設計を可能にした。
「僕は“出す・出さない”を決める役。PRの居場所を明確にし、スタートアップにとって“どう使うか”を徹底的に考えました」
また、スタートアップ側でも「IVSをPRに活用する動き」が加速してきた。開催直前に資金調達の発表をぶつけたり、新サービスをこの場で初披露したりする企業が目立つようになった。
「CESのプレスデーに合わせて大手が発表を持ってくるように、IVSも“小さなCES”になってきた感覚があります。これが文化になれば、スタートアップへの注目も自然と集まります」
広報とカメラマン、二つの視点で「熱気」を切り取る
広報と並行して、砂流氏は公式カメラマンとしても会場を駆け回っている。レンズ越しに彼が追っているのは、「熱気」だけではない。
「来年に残す写真、未来につながる写真を意識しています。あと、僕が広報だから“どの写真が使われるか”が分かるんですよね(笑)」
特にスタッフの写真にはこだわる。IVSを裏で支えるボランティアや実行委員たちが「いい思い出になるように」と、カメラを向けるのだ。
今年は6人のカメラマン体制で、約4万枚の写真を撮影。最も気合を入れるのは「集合写真」だという。
「あれが一番、SNSにも使われるんです。象徴になるんですよね」

自ら証明した「IVSの活用法」
今年のIVSでは、砂流氏自身が広報を務めるスタートアップ・天地人が、「IVS LAUNCHPAD」で2位を獲得するという注目の結果を残した。
「利益相反になることは絶対したくなかったので、IVS広報としての立場と天地人の立場は完全に分けました。むしろIVSをPRパーソンとしてどうハックするかを『自分が実践して見せる』という意味合いが強かったです」
天地人は、IVS LAUNCHPAD決勝登壇だけでなく、「Startup Market」への出展、プレスリリースの戦略的公開、地域メディアへの直接アプローチなど、IVSを広報施策の“軸”として徹底活用した。
さらに、「宇宙ミートアップ」というサイドイベントも独自に開催。JAXAにも登壇を依頼し、宇宙業界の価値をIVS参加者に届けた。
「来年は、もっとPRが主役になれるIVSに」
最後に、砂流氏にこれからのIVSについて聞いた。
「この3年で“IVSはスタートアップのPRに活用できる”っていう土台はある程度できたと思っています。来年はそれをよりどう見せて、どう仕掛けるか。広報が主役になれるような仕組みをもっと作っていきたいですね」と砂流氏は語る。
イベントを“仕切る側”でありながら、スタートアップとして“使う側”にも立つ。その両面を知る砂流氏の視点は、IVSの未来をより実用的で、より魅力的なものに変えていく原動力になるに違いない。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)


「ちょうど10年前に岡田隆太郎さん・櫻庭さんと京都でIVSが開催されている期間にIVSには参加せずAirbnbに泊まって京都中を自転車で走り回って遊んでいました。
その3人が10年後に、僕と岡田さんはIVSの運営側として、櫻庭さんはLAUNCHPAD決勝登壇者として再び京都に集まる、と。まったく予想もしていなかった展開が起こりました!」(砂流氏)