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住宅と建設の両方に軸足を置き、売り上げ日本一を目指す大和ハウス

ゼネコンを次々とのみ込む大和ハウスが鹿島を超える日

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現2トップ(「大和ハウス工業」HPより)
 プレハブ住宅メーカーがゼネコンをのみ込む。大和ハウス工業(大阪市、大野直竹社長)は、準大手ゼネコンのフジタ(東京・渋谷、上田卓司社長)を買収する。フジタの全株式を米ゴールドマン・サックス系の投資会社、フジタ・ホールディングス(東京・港、アンクル・サフ代表取締役)から取得し、フジタを完全子会社にする。買収額は500億円で、大和ハウスが手がけてきた買収案件では過去最大だ。

 海外に強いフジタと連携し、施工まで一貫して手掛ける体制を整え、中国や東南アジアで住宅・マンション供給を拡大する。フジタが強力な基盤を持つベトナムでの連携を期待している。国内の住宅・建設市場は縮小しており、業界の枠を超えた再編の動きが広がってきた。

 ゼネコンは大小を問わず、住宅メーカー、特にプレハブメーカーを格下と見なしてきた。時代は変わり、プレハブメーカーがゼネコンを傘下に収めるわけだ。大和ハウスは2008年4月に小田急電鉄系の中堅ゼネコン・小田急建設(現・大和小田急建設)の筆頭株主になった。フジタで、ゼネコンの買収は2件目となる。

 フジタの売却は銀行主導で進められた。三井住友銀行にとってフジタは10年越しの問題案件だった。02年初頭に大手都市銀行が、それぞれお荷物と考えていたゼネコンは、三井住友銀行がフジタ、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)が佐藤工業、富士銀行(同)が飛島建設。三井住友はフジタを、建設事業の新フジタと有利子負債の多い不動産事業・ACリアルエステートに分割して、新フジタを三井建設+住友建設(当時、統合に向け交渉中。その後、三井住友建設となる)に合流させるシナリオを描いたがうまくいかなかった。佐藤工業は会社更生法を申請。飛島建設は3度の金融支援を受けて不死鳥のように生き残った。

 三井住友は05年、フジタに荒療治を実施した。まずACリアルエステートを民事再生法を申請して法的に処理。新フジタは三井住友が債務免除を行い、90%を超える大幅な減資を実施した上で、再建スポンサーとなったゴールドマン・サックスに売却した。三井住友とゴールドマンはビジネスパートナーだ。いったんゴールドマンに引き取ってもらったフジタの最終的な受け皿として、三井住友がメインバンクの大和ハウスに白羽の矢が立った。

 大和ハウスは11年11月、14年3月期に売上高2兆円、営業利益1200億円の達成を目標とする3カ年中期経営計画を発表。戸建てや商業施設などのコア事業の強化を図る一方、「Globalな成長への布石として、海外拠点の整備、海外展開による業容の拡大」を基本方針として掲げ、M&A(合併・買収)の強化を打ち出していた。フジタの買収話はまさに“渡りに船”だった。

 11年(暦年)の住宅の新規着工戸数は83万4117戸。戦後最高だった73年の191万戸の4割程度だ。20年ごろまで80万戸台で推移すると予測されている。国内住宅市場の低迷を受けて大和ハウスはプレハブ住宅からの脱却を進める。戸建て住宅が本業の同社が、大規模な賃貸住宅を開発したのもその一環だ。