スタートアップが老舗企業をM&A…Shippioが挑む貿易DX、業界の常識破り

●この記事のポイント
・新規参入の難しい貿易・国際物流の分野に果敢に乗り込み、さらに老舗の通関企業をM&Aするという異例の取り組みで、業界に驚きを与えたShippio。
・DXが遅々として進まない業界にあって、どのように変革をもたらそうとしているのか。同社CEOの佐藤孝徳氏は、アナログな国際物流の状況をDXでなめらかに変革するとの壮大なビジョンを掲げる。
島国日本にとって、貿易は重要な社会インフラであり経済活動の要である。しかし今、この貿易の「あたりまえ」が揺らいでいる。トランプ関税の影響に加え、越境ECの発展による輸出入量の急増。その一方で、貿易の現場は数十年変わらず、電話・メール・紙・Excelによる属人化したアナログな業務が続いている。他業界と同様、人材不足も深刻化し、生産性向上は待ったなしの状況だ。
「ものが届く日常があたりまえではなくなるかもしれない」ーー。このような、ある種の危機感を抱き、貿易DXを推進するのがShippioだ。
Shippioは、船で運ばれている貨物のリアルタイムトラッキングや遅延状況の把握、貿易業務の進捗管理、そして社内外の関係者との書類共有やチャットをクラウド上で完結できるサービスを展開している。これらはすべて、これまで人が手間と時間をかけ、メールや電話、個別のExcelなどあらゆる手段を横断しながら属人的に管理してきた業務である。
現在、Shippioはメーカー・商社などの荷主企業向けと国際物流事業者向けに3つのサービスを提供している。
貿易の業務管理をShippioのクラウドで実施することで自動的に蓄積される貿易データ。その活用によって、業務の仕組みを根本から変革(Transformation)し、企業の競争力強化に貢献したいと語る、Shippio CEOの佐藤孝徳氏。
貿易という重厚長大かつ複雑な領域で起業し、自らフォワーダー免許を取得しての業界参入、そして前例の少ないスタートアップによる老舗企業のM&Aまで。貿易の変革に挑むShippioは、どのような課題を捉え、どんな未来を描いているのかーー。佐藤氏に聞いた。
参入が難しそうな貿易・物流分野に乗り込んだワケ
ーーまず、Shippioを立ち上げた背景から教えてください。
佐藤氏:私は2006年に新卒で三井物産に入社し10年ほど勤務した後、2016年にShippioを設立しました。社会に本質的なインパクトを与える仕事がしたいという思いが、私の起業の原点です。
三井物産では直接的に物流の仕事に関わっていたわけではありませんが、物流は社会にとって不可欠なものであり非常に面白いテーマだと感じました。
ーーなぜ、難易度の高い国際物流という領域を選んだのですか?
佐藤氏:当時、国内物流のDXに取り組むスタートアップはいくつか存在しましたが、貿易や国際物流に特化したスタートアップはほとんどありませんでした。
日本は四方を海に囲まれており、貿易は不可欠です。それにもかかわらず、この領域に挑戦するスタートアップがいないのはなぜだろうと思って調べてみると、法律、規制、国際的な枠組み、古くからの業界慣習が複雑に絡み合っていて、参入障壁が非常に高いことがわかったのです。
しかし、そこにこそ挑戦する意義があると思いました。「この領域をスタートアップが変革するのは、並大抵の覚悟では無理だ。だからこそ、やるべきだ」と、貿易の領域で起業する決意を固めました。
―その後、どのように事業を進めていったのでしょうか。
佐藤氏:多くのスタートアップは、SaaSなどのITソリューション開発から入りますが、私たちはまず現場の実務を経験するところからスタートしました。ステークホルダーが多く、国を超えて複雑な業務と手続きが絡み合う国際物流。その現場を自ら知って初めてテクノロジーで解決すべき「眠れる課題」に気付けると考えたからです。
そこで、まずはスタートアップでは初めて「貨物利用運送事業」という免許を取得し、フォワーダー事業(輸出入に伴う運送手段の手配や通関などの手続き代行業)に参入しました。例えば、通関士が手作業で行う煩雑な書類チェックや、船の到着遅延を電話で確認するような属人性の高い業務を、実際に自ら経験しました。
業務の現場に身を置きながら、同時にテックの力で仕組みを変えるシステム開発を並行する。これまでのスタートアップではほとんど前例のない挑戦でした。
――大手や歴史ある企業も多そうですし、スタートアップが参入するのはなかなか難しそうですが。
佐藤氏:正直、最初は本当に苦しかったです。まだプロダクトも整っていない中、理想だけを語っても信用していただけない。「実績は? 前例は?」と聞かれ、うまく答えられない日々が続きました。しかし、自分たちの志を信じて1社ずつ泥臭く扉を叩き、会話を続けました。
そんなある日、ある企業の方が「佐藤さんが言っていることが全部実現したら、たしかに業界は変わるかもしれないね」と言ってくれたんです。その言葉が、今も私の支えになっています。
貿易DXの未来
――貿易DXの可能性を実感したのはいつ頃ですか?
佐藤氏:コロナ以前は、まだまだ貿易DXは現実味が薄いと捉えられていました。しかし、パンデミックが全てを変えました。
物流の現場ではそれまで、毎朝出社して顔を合わせ「あの書類はどうなってる?」「船は予定通り入港する?」と口頭で確認しながら業務を進めていましたが、それがいきなりできなくなってしまった。パンデミックの影響で業務のやり方の前提が崩壊し、情報共有の方法を変えなければならないという喫緊の事態に直面し、業界全体の意識が一変したのです。
それを契機に”デジタルフォワーディング”という概念や、クラウドで業務進捗、情報、コミュニケーションを一元管理できるShippioの仕組みに興味を示していただける方が増え、導入企業が拡大していきました。パンデミックは、ある意味で、貿易業界のデジタル化を大きく加速させる契機となったと言えるでしょう。
―― そして2022年には老舗通関会社のM&Aも実行しています。この狙いは?
佐藤氏:狙いは通関事業への参入です。当初フォワーダー事業参入と同様に自社で免許(通関業許可)を取得しての参入を考えていました。しかし非常に難易度が高く時間も要しそうでした。そこで通関業許可を持つ企業と一緒になる、”アクライセンス”を狙ったM&Aを考え始めました。
スタートアップが60年の歴史ある老舗企業をM&Aする。当時としてはあり得ない発想だったかもしれません。M&Aは相手がある話です。実際、M&A対象企業の経営陣や社員の方々は「よくわからないスタートアップに、自分の会社の社員や顧客を引き継いでいいものなのか」と、最初は困惑されたと思います。
私たちのような新しい企業が、歴史ある企業の意志や文化を尊重しながらも変革を推進できるか? それを問われる挑戦でもありました。
――M&Aを進めるにあたって、対象企業の経営陣やVCなどとの関係構築はどのように進めていきましたか。
佐藤氏:まずは対象企業に関してです。似たようなテック系企業をM&Aするのであれば、相手も慣れているので話は進めやすいと思いますが、老舗企業の場合「御社がうちを買う? なんで?」というところから話が始まるわけです。まず、ここで信頼を得る必要があります。交渉時には、先方に対して当社のビジョンや技術力、そして社員のキャリアプランまで具体的に提示し、丁寧に説明を重ねました。信頼関係を構築するために何度も足を運び、互いの共通点や未来への展望を語り合いました。
投資家に関しては、シリーズBで調達した資金をM&Aに使うわけですから、投資家に理解をしてもらえるよう話し合いを重ねる必要があります。ましてや、あまり前例のないスタートアップによる老舗のM&Aですから。当初は懐疑的な意見もありましたが、事業計画の緻密さと私たちの強い意志を伝え続けることで、最終的に理解を得ることができました。
商社での自分の経験や、ベンチャーでのM&A、PMI推進経験のある当社役員の存在、そしてこの異例とも言えるM&Aの可能性を信じてくれた方々のご支援もあり、実現にこぎつけました。
――貿易事業においては行政とのやり取りも含まれると思います。この辺りについてはいかがですか。
佐藤氏:行政とのやり取りもM&Aと同様に、こういったスタートアップの前例がなかったため、理解を得るのに最初は苦労しました。しかし粘り強くデジタル化によって得られる効率性や透明性、そして日本の貿易競争力向上への貢献といったメリットを、具体的なユースケースを交えながら説明しました。
2023年からは経済産業省が主導して推進している貿易手続きのデジタル化推進に向けた議論に参加し、連携を深めています。経産省から2024年6月に公表された貿易手続きデジタル化に向けたアクションプランでは「令和10年度までに貿易PFを通じてデジタル化された貿易取引の割合を10%とする」という明確な目標が示されています。貿易DXのプラットフォーマーとして、Shippioもこの目標達成に向けて貢献できればと考えています。
また、2022年にM&Aした老舗通関事業者の協和海運と共同で、DXコンテスト「日本DX大賞2025」(主催:日本DX大賞実行委員会)において、「事業変革部門」の大賞を受賞いたしました。

――それでは最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
佐藤氏:まずは貿易の総合プラットフォーム「Shippio platform」を構築し、私たちのビジョン「国際物流を、アドバンストに」を実現していくことです。
従来のアナログな国際物流の状況をDXでなめらかに変革することが当社の出発点です。しかし、国際物流は関係者も複雑なプロセスも多いため、一気にすべてをデジタル化することは困難です。そこで、まずは船の遅延状況をリアルタイムで把握できるトラッキングシステムや、関係者間のコミュニケーションを円滑にするツールなど、部分的なデジタル化から着手しました。次のステップとして、足元では貿易データの活用を推進しています。
こうしてデジタル化を順番に推進してきて、Excelや電話、メール、手書きといったアナログなツールから脱却するモデルケースとなる企業が徐々に増えてきています。
業界全体に貿易DXを啓蒙する目的で今年から当社が始めた「Shippio Advanced Award」では、貿易DXのモデルケースとなる企業6社を表彰しました。

将来的には、物流・商流・金流そして情報の流れを「Shippio Platform」に集約し、貿易に関わるあらゆる業界の人々が参画することで、その利便性を享受できる状態を目指します。その先に、アドバンストされた貿易を起点に「産業の転換点をつくる」という私たちのミッション実現を見据えています。
(構成=UNICORN JOURNAL編集部)


