
Scope3(スコープ3)削減や安定調達の確保は、食品関連企業にとって避けて通れない経営課題となっています。その具体策として注目されているのが、サプライチェーン全体で排出削減に取り組む「カーボンインセット」です。
環境対応にとどまらず、調達戦略や企業価値向上にもつながる可能性を持つこの取り組みは、食品業界にどのような変化をもたらすのでしょうか。食品分野でインセットの実装を進める兼松株式会社 GXビジネス推進課の橋岡靖氏に、その意義と実務のポイントを聞きました。
なぜ今、食品企業にカーボンインセットが必要なのか

——温室効果ガス削減やScope3対応が求められるなか、食品業界のサプライチェーンにおける川下企業がカーボンインセットに取り組むことはどのような意味を持つのでしょうか。
主に3つのリスク回避につながると考えています。
1つ目が、調達リスクの回避です。
食品業界は農業と密接な関係にあります。農業は地球温暖化の影響を最も受けやすい産業です。温室効果ガスの削減に取り組まなければ、食品の原材料の供給不足や価格高騰などにより、企業活動に大きな影響が及ぶ可能性があります。
2つ目が、市場対応リスクです。
今後、消費者や取引先企業の環境意識が高まった際、企業の対応が遅れていると、市場の需要に応えられなくなってしまいます。市場において選ばれなくなるリスク、ということですね。
3つ目が、企業価値低下リスクです。
こちらも、企業の対応が遅れることで企業活動自体の持続可能性・成長可能性が問われ、結果として企業価値の低下を招く恐れがあります。
今の段階からカーボンインセットによる本質的な温室効果ガス削減に取り組むことで、これらのリスクを低減することができます。
——すでにこれらのリスクを感じている川下企業は多いのでしょうか?
例えば米などは2025年の米不足などもあり、1つ目の調達リスクを感じている企業は多いですね。また、コーヒーやカカオなどは近年価格が高騰するなど、そういった原材料の調達リスクは実際に発生しています。
2つ目、3つ目のリスクについては、自動車業界などはすでにそのリスクを意識して動いていますが、食品業界においては大きな危機感を抱く企業はまだそれほど多くありません。
「まだ業界全体が動いているわけではない」という理由で様子見する企業が多い印象です。カーボンインセットやオフセットの動きは、欧州など海外のほうが早い傾向にあります。輸出や海外進出が多い自動車産業は、海外の動きにならうことで国内でも意識変化が比較的早かったのではないでしょうか。
ただし、食品の場合は逆に国内市場で活動している企業が多いですが、気をつけなければならないことは、食品の原材料は多くが輸入されているという事実です。日本市場を様子見して対応が遅れると、持続可能な生産者や原材料が、先進的に取り組む海外食品企業に囲い込まれてしまうリスクがあります。
食品サプライチェーンに横たわる構造課題

——食品業界において、カーボンインセット実現の課題はあるのでしょうか。
食品業界では、温室効果ガス排出の多くを農場での農作物の生産段階が占めています。一方で、生産者が単独で削減に取り組むには、コストや労力の面で大きな負担がともないます。そのため、Scope3削減を目指す川下企業が主導し、生産者の取り組みを後押しする形でないと取り組みはスケールしていきません。
ただし、その前提として、投資を行う川下企業と、実際に削減を担う生産者の双方が、Scope3削減の意義やメリットを理解している必要があります。その価値をどう共有し、合意形成を図るかが課題のひとつです。
もうひとつは、食品業界のサプライチェーンの多様さゆえ、排出量や削減量のトレースが難しいことです。米のような単一原料に近い商品は比較的管理しやすいのですが、加工食品などは原材料が多岐にわたるため、排出量の算定や削減効果の追跡が複雑になります。
——このような課題に対して、兼松が取り組む「食品インセット」はどのような仕組みでアプローチしていますか。
生産者側の取り組みでカーボンクレジットや製品排出量を含めた環境価値を創出し、それをトレースした上で川下企業に製品とセットで提供します。これにより、サプライチェーン上のScope3を削減します。川下企業と生産者双方に取り組みの内容や価値を共有し、つなげる仕組みを構築しています。
兼松はまず川下企業と取り組み内容をすり合わせし、生産者側への適したソリューションを選定します。GreenCarbon株式会社などソリューションを持った企業と連携してアプローチすることが多いですね。こうした体制により、川下企業は自社単独では構築が難しいインセットスキームを実装することが可能になります。以下はインセッティングプロジェクトの全体像です。

現状では、水田を中干しすることでメタン排出を抑制する水田中干しクレジット、炭素を地中に固定するバイオ炭クレジット、家畜由来のメタンガス削減クレジットなどを取り扱っています。

—— カーボンインセットによるScope3削減の価値はどう伝えているのでしょうか。
川下企業に対しては、先ほど触れたリスク低減の観点から説明しています。なかにはコスト面を懸念する企業もありますが、生産者にとっては大きな負担となる対策費用でも、川下企業側や最終製品の価格からすると、Scope3削減という戦略的価値と照らし合わせれば、必ずしも過大なコストとはならない場合が多いです。
また、付随効果として、川下企業と生産者とが顔の見える形で社会的意義の高い取り組みを協働することで、中長期的な関係強化に繋がるという価値もあります。こちらにより価値を感じていただく川下企業や生産者も多いです。
生産者に対しては、まずお伝えするのは、川下企業の需要に応える取り組みであるという点ですね。その上、クレジット創出による還元などの直接的なメリットがあることも説明しています。
最初は労力的な負担を懸念する生産者も少なくありませんが、水田クレジットなどは想像よりも負担がなかったと話す生産者の声もあります。
自分たちにどのような負担や価値があるかを正確に理解することで、カーボンインセットを社会的意義のある取り組みとして、前向きに考えてくれる川下企業や生産者の方々は多いですね。
川下企業主導で進める「食品インセット」の仕組み

——カーボンインセットを行う上での、兼松の強みを教えてください。
商社であるがゆえ、原料と環境価値を合わせて提供できる部分は大きな強みです。
他商社と比較した場合、GXに関する専門チームが存在するため、商材を横断して対応が可能なことも強みといえます。また、企業によってはカーボンインセットへの取り組みではなく、まずは製品排出量の算定を行いたいという企業もいます。要望によって柔軟に対応できる点も喜ばれています。特定の商材や特定のソリューションではなく、川下企業のご要望に沿った取り組み組成が可能です。生産者側では、海外の生産者の場合、環境分野に関する専門知識を持った人材が置かれていることが多いので、そうした方との議論もスムーズです。
——兼松はGreenCarbonと連携し、株式会社すかいらーくホールディングスに国産米と環境価値をセットで供給する取り組みを行っていますよね。
すかいらーくホールディングスは従来の取引先でもあり、Scope3削減に向けてどのような施策が実行可能か、継続的に議論を重ねてきました。その中で、サプライチェーンの構造が比較的シンプルな米を起点に、モデルを構築する方針を固めました。
川下企業であるすかいらーくホールディングスだけでなく、生産者にとっても、取り組みへの参画を対外的にアピールできる点は意義がありますね。
本件をモデルケースとして提示できるようになったことで、ほかの取引先への提案も行いやすくなりました。具体的なスキームを示せるようになったことで、理解や関心も高まっています。
ルール形成前夜に、企業が動く意味

——カーボンインセットの市場の形成が徐々に進む現状を踏まえ、兼松の今後の展望を教えてください。
現在重視しているのは、カーボンインセットに関する国際的なルールがまだ定まりきっていない中でも、トレース可能な部分を確実に仕組み化していくことです。将来どのような定義や基準が示されたとしても対応できる、柔軟で透明性の高いスキームを構築していきたいと考えています。
生産者側で導入するソリューションについては、さまざまな企業と連携しながら、対応できる領域を広げていく方針です。私たちは川下企業に伴走する立場として、Scope3削減という経営課題に対する具体的なソリューションを提供していきます。
——最後に、今後のカーボンインセット市場に対する期待を聞かせてください。
2030年目標の達成に向け、カーボンインセットの活用は広がっていくと見ています。企業が国際ルールへの対応を迫られるなかで、さまざまな選択肢を提供することが、私たちの役割です。
一方で、個人的な思いとしては、制度対応にとどまらず、「地球環境のために、将来世代の人たちのために、具体的な取り組みを進める必要があるんだ」という認識が広がってほしいと感じています。
企業の経営課題としてだけでなく、経営者や担当者の個人レベルでの危機意識や責任感による主体的な企業行動が広がっていくことを願っています。そして、川下企業は消費者に近い立場だからこそ、環境配慮の意義を社会に伝えていく役割も期待しています。消費者の行動変容にまで落とし込まれ、経済活動としてサステナビリティが実装されていくことを期待しています。そのために商社としてできる役割を今後も提供していきます。
カーボンインセットは、食品業界におけるScope3削減の有力な手段として、川下企業と生産者の双方に価値をもたらします。
兼松は、サプライチェーン全体をつなぐ仕組みを提供し、課題解決と持続可能な調達、企業価値の向上の両立を目指しています。
Scope3削減や安定調達の具体策を模索している食品関連企業にとって、カーボンインセットは検討に値する選択肢といえるでしょう。
・HPリンク: GXアクセラレーション | 兼松株式会社
・問い合わせ先: GXビジネス推進課 gx@kanematsu.co.jp