
2000年代以降、環境問題への関心の高まりを背景に、世界的に再生可能エネルギーの導入が加速しました。日本でも、2009年に太陽光発電の余剰電力買取制度が始まり、国全体で再生可能エネルギーを推進する仕組みが整えられました。
その流れをさらに加速させたのが、2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)です。対象が太陽光に加えて、水力やバイオマスなどにも広がったことで、導入は一気に進みました。特に非住宅用の太陽光発電設備の認定件数は、2023年度12月時点で約70万件(容量にして約5,728万kW)に達しています。
一方で、第7次エネルギー基本計画で掲げる再生可能エネルギーの目標達成には、なお多くの課題が残されています。こうした中、政府が推進する新たな制度、FIP(Feed-in Premium)制度の活用が、今後の再生可能エネルギー拡大の鍵を握るテーマとして注目されています。
今回は、エネルギー業界で今、最も注目されるスタートアップの1つ、Tensor Energy株式会社の共同創業者兼代表である堀ナナ氏をお迎えしました。堀氏は、震災直後の計画停電で、環状7号線を境にその外側が真っ暗になる現象に衝撃を受け、日本のエネルギー課題を解決すべく、再生可能エネルギーの分野に転身したユニークな経歴の持ち主です。レジル株式会社 エネルギーマネジメント事業本部 事業開発グループ ジェネラルマネージャー 安藤圭祐氏と共に、FIP移行の現状と課題、そしてそれを支えるTensor Energyの取り組みを通じて、再生可能エネルギーの未来を語ります。
【図解】固定価格から市場連動へ。FIP制度の本質とは
FIT制度とは、「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」のこと。太陽光や風力などで発電した電力を、電力会社が一定期間・一定価格で買い取ることを国が保証する制度であり、これにより再生可能エネルギーの普及が強力に推進されてきました。
一方、FIP制度は2022年4月に導入された新たな制度です。卸電力市場の価格を基準に、プレミアム(供給促進交付金)を上乗せして売電を行う仕組みで、発電事業者が電力を系統に流すタイミングを市場の需給状況に合わせて調整することを促す目的があります。
日本ではFIT制度により大量の再生可能エネルギーが導入され、特に太陽光発電の普及が顕著でした。その結果、一部のエリアでは、太陽光発電所が出力抑制(※1)を受ける事態も生じています。
電力は「発電と消費が同時同量でなければいけない」という特性を持つため、エリアによっては出力の抑制が必要となるケースも出てきました。FIT制度ではいつ発電しても固定の単価で買い取られるため、発電事業者側に“地域の需給状況を見ながら調整する”動機が働きづらいという構造的課題がありました。
こうした課題を解決する手段として、FIP制度が導入されたのです。
卸電力市場は、電気が余ると価格が下がり、不足すると価格が上がる性質があります。FIP制度では、インセンティブをプレミアムの形にし、こうした価格変動を事業者の収入に反映させることで、発電事業者の自律的な運用を促します。たとえば、蓄電池を併設することで、電気が余っている時間帯に充電し、需要が高まる時間帯には放電するなど、柔軟な対応が可能となります。
※1 出力抑制:需給バランスが取れていない場合や、送電容量の許容を超える供給がある場合、一般送配電事業者の指示で発電事業者が発電量を一時的に抑制すること。
Tensor Energy堀氏とレジル安藤氏が語る、FIP転換の現状と課題
安藤:2012年のFIT開始から13年が経ち、買取期間の満了が迫る事業者も出てきています。堀さんの肌感では、買取期間満了前にFIP制度への移行(以下、FIP転)について考えている事業者の割合は増えていると感じますか?
堀:正直なところ、FIT制度の恩恵を受けている現状では、FIP転をするという考えに至っていない事業者がほとんどだと感じています。しかし私の予想では、今後、FIP転の需要が急速に高まるのではないかと考えています。
安藤:FIP転の選択肢をとる事業者にはどのような特徴が見られますか?
堀:基本的には、FIT制度下での収益が頭打ちになっている地域かどうかが関係しています。現在、FIP転をしている、または検討している事業者は九州に多いですね。
安藤:まさに、太陽光発電の導入量が多く、出力抑制が発生しやすい地域ですね。優先給電ルールでは、まず火力発電などの出力抑制が行われますが、それでも出力抑制が足りない場合、太陽光発電の出力抑制が行われます。これにより、FIT等の固定買取制度を利用している発電事業者は、想定通りの発電が行われず、当初計画していた収益が上がらない状態に陥ってしまいます。
堀:最近では、北海道や東北でもFIT制度下での出力抑制が深刻な問題になりつつあります。これらの地域は、太陽光パネルを設置できる場所が多く、一方で電力需要が少ないという共通の課題を抱えています。
地域によっては、出力抑制によって収益が2〜3割減少することもあります。このような地域では、FIP転は非常に大きなメリットをもたらします。なぜなら、これまで出力抑制でカットされていた部分の収益化が図れるようになるためです。
安藤:そうですね。FIP制度のもとで運用される太陽光発電所は優先給電ルール上、FIT制度の太陽光発電所よりも出力抑制が後回しになることから、FIP転を行うだけでも、出力抑制による損失を軽減できるほか、今後ルールが変更され出力抑制が増えるリスクにも備えられる可能性がありますね。
市場と向き合う覚悟。FITからFIPへ乗り換える壁
堀:政府としては、再生可能エネルギーの更なる普及を目指してFIP転を推進したいというのが本音だと思われますが、しかし現状では、FIP転にもいくつか大きな課題があります。
安藤:FIP転に際して、事業者にとっての主な課題はどのようなものでしょうか?
堀:FIP転において事業者が抱える課題は、主に2つあります。
1つ目は、バランシング業務(※2)のノウハウが乏しいこと。FIT制度では、発電設備の普及に重きが置かれていたため、電気の売値は固定されており、バランシング業務も一般送配電事業者や小売事業者が担っていました。いわば、発電事業者はバランシング業務の責任を免除されていたと言えます。
FIP制度では、再生可能エネルギーを、電源自立した発電所として運用させることを目的としています。そのため、発電事業者自身が計画値同時同量のルールに則り、バランシング業務を担わなければなりません。
太陽光発電事業者の立場におけるバランシング業務とは、太陽光の発電量を予測して、予測した結果を基に発電販売計画を作成し、OCCTO(電力広域的運営推進機関)に計画提出を行うことです。太陽光発電のFIP転では、蓄電池を併設するケースもありますので、その場合には発電量予測に加えて、FIPプレミアムが最大となるような予測モデルも加えて、いつのタイミングで充放電させるかという部分も計画値に考慮する必要があり、これまでバランシング業務やエネルギーマネジメントの経験がない事業者にとってハードルは非常に高いです。
もう1つは、ファイナンス(資金調達)の見通しが不透明になることです。
FIT制度は電気の売値が固定されているため、事業計画の見通しが立てやすく、資金調達もしやすいというメリットがありました。しかし、FIP転することでその前提が大きく変わってしまいます。FIP制度では、プレミアムが変動することで、大きな収入増が見込める一方で、それを予見する難易度の高さから、蓄電池への追加投資のために、金融機関からの資金調達のハードルが高くなることが、大きな課題となっています。
※2 バランシング業務:再生可能エネルギー発電事業者が、発電計画を策定し、実際の発電量を計画値と一致させる「計画値同時同量(発電計画と実際の発電量を一致させること)」を履行する義務のこと。
需給予測から計画提出まで。Tensor Energyのソリューション
安藤:FIPの課題に対して、Tensor Energyではどのようなソリューションでアプローチしていますか?
堀:1つ目が、事業計画作成の支援です。先ほど、FIP転により事業収益の前提が大きく変化してしまうという話をしましたが、そこに対して、FIP制度のもとで太陽光発電所に併設した蓄電池を活用しながら事業を展開していくシナリオ、シミュレーションを作成していきます。これらのシミュレーションは資金調達を検討している発電事業者にご活用いただいており、今後そういった事業に貸し付けを行う金融機関等にご活用いただくことを想定して開発しております。
もう1つは、運用のサポートです。蓄電池を併設することで、充電と放電をプレミアムに合わせてコントロールできるようになります。Tensor Energyでは、発電量や電力価格をAIにより予測し、それに基づいた充放電計画の策定ならびに、発電販売計画の自動生成・提出を行います。発電事業者が自ら実施することが難しいと感じる、バランシング業務の複雑さの解消にアプローチしています。
安藤:Tensor Energyの運用ソリューションの大きなメリットは発電所の「クセ」をリアルタイムで反映できる点にあります。
とくに、レジルのように複数の発電所を保有している事業者の場合、発電所の特性を踏まえて発電実績値を基に予測モデルを最適化して予測結果を出してくれるため、バランシング業務に役立てることができます。
堀:おっしゃる通りです。発電所の立地や地形、さらには設置されている設備の「クセ」により、同じ天候条件でも発電量は異なります。Tensor Energyでは、そうした発電所ごとの固有の特性をAIに学習させ、過去データに基づいて高精度な発電量予測を行っています。
リアルタイム性という部分に寄与しているのは、予測の更新頻度です。Tensor Energyでは、最短30分おきに新しい気象データを取得して予測をアップデートしています。電気のスポット市場(※3)では、前日の午前10時に入札を行い、正午に発電計画を提出します。計画提出の直前まで予測を更新できるため、より正確な発電計画が立てられるのです。
これは、リアルタイムに近い時間前市場(※4)においてより大きな特長を発揮できるソリューションだと考えていますが、時間前市場の取引量自体はまだまだ少ないのが現状です。今後の制度変更などにより時間前市場の更なる活性化が実現すれば、私たちのソリューションはさらに大きな価値を提供できると確信しています。
安藤:2025年5月には、アセットマネジメント機能β版もリリースしていますね。これは、財務の観点から発電所の実績を管理できる機能だと理解しています。
堀:そうですね。複数の発電所を保有している事業者が、どの発電所のパフォーマンスがよいのか、逆にパフォーマンスが低くテコ入れが必要な発電所はどこか、などを収益の観点から瞬時に分析できる機能です。リアルタイム性はもちろんですが、これまで発電所ごとに明細をダウンロードして全体データを作成していたところを、全データを自動的に取得して可視化・分析できる仕様で、財務管理の煩雑さからも解放されます。
予測と実績のタイムラグが減ること、月次損益などの確認や分析がやりやすくなることで、資金調達もしやすくなります。
※3 スポット市場:電力取引を使用日の前日に行う市場のこと。前日の午前10時に入札、正午に発電計画の提出を行う。
※4 時間前市場:当日の需給バランスをもとに調整や売買を行う市場のこと。最短で1時間前まで調整が可能。
再エネを、無駄にしない未来へ。FIP転が拓くその可能性
安藤:最後に、Tensor Energyのソリューションによってエネルギーの世界がどう変化していくか、未来の展望を教えてください。
堀:Tensor Energyのソリューションを通じて蓄電池の活用を広げることで、よりクリーンで持続可能な電力を必要な場所や時間に届けていくことが可能なのではないかと考えています。これが結果的に再生可能エネルギーの拡大につながればよいですね。
FIT制度の開始とともに大量に作られた太陽光発電所ですが、必ずしも適切に管理されている発電所ばかりではありません。国民の費用負担により作られた発電所を、Tensor Energyのソリューションで効率的に活用できる形を作り、更なる再生可能エネルギーの普及促進に寄与できればと思っています。
安藤:レジルの小売事業とTensor Energyのソリューション、この双方を最大限に活用することで、より多くの場所へ再生可能エネルギーを届けられる、真に持続可能な仕組みを共に築き上げていければよいですね。
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FIP転は、単なる制度の切り替えではありません。これは、再生可能エネルギーが日本の主力電源として、いかにその役割を全うしていくか、その第一歩となる極めて重要な転換点なのです。
クリーンな電力を、より多くの人へ、より安定的に、より持続可能な形で届ける——。Tensor Energyやレジルの取り組みから目が離せません。
※本稿はPR記事です。