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吉田潮「だからテレビはやめられない」(8月18日)

男性に不評?ドラマ『Woman』が描く、“女の地雷を踏む”男の自己中心主義

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『Woman』公式サイト(日本テレビHP)より
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。


Woman』(日本テレビ系)は、貧困と病気に翻弄されつつも、健気に生きていくシングルマザーを描いたドラマだ。私の周囲の女性たちやドラマ好きには大好評だし、シングルマザーでなくとも、「母と娘のこじれた関係性」の部分に敏感に反応しているようだ。が、男性の反応はイマイチ。実はこのドラマ、男性にこそ観てほしい内容なのだ。

 主役は満島ひかり。夫を事故で亡くし、ふたりの子供を抱え、かけもちパートで糊口をしのぐシングルマザーだ。自分を捨てて、男(小林薫)と逃げたと思っていた母親(田中裕子)は、実は亡くなった父からDV(家庭内暴力)を受けていたという真実を知る。田中と小林は再婚し、ちょっと精神的に不安定なひとり娘(二階堂ふみ)がいる。満島が生活保護を申請した福祉事務所職員が三浦貴大(山口百恵の息子ね)。彼は研修医である嫁(谷村美月)との仲がうまくいかず、うっかりシングルファザーになりつつある。細かいところはもう少しいろいろな伏線があって、複雑に繊細に織り込まれているのだが、ざっくり言えばこんな背景だ。

 で、男性に観てほしいポイントは、小林薫と三浦貴大の「振る舞い」である。このふたりは一見やさしくて、まともな人に見える。ところが、である。このふたりは典型的に、「女の地雷」を踏んでしまう人たちなのだ。

 満島と田中の母娘の間には、非常に深い溝がある。夫のDVから逃げ出した田中。父のダークサイドを知らずに、母を憎んで育った満島。埋めがたい溝があるだけではない。田中と小林の娘である二階堂の心の闇も、満島と田中の関係修復を阻む原因に。これだけ複雑な状態なのに、小林は満島と田中の母娘関係を修復しようと余計なやさしさを発揮したりする。どうして男はこういう地雷を踏むのか? 根っからいい人なのはわかるけど、それこそ余計なお世話である。状況を把握していない平和博愛主義者って、ホント厄介だ。

●利己主義な男

 一方、三浦である。嫁を気遣っているつもりが、実は自分のことしか考えていない利己主義な男の権化だ。嫁の谷村は医師になるために激忙の研修期間と子育てに尽力していたが、三浦は家事も子育ても非協力的。谷村が疲弊して寝込んだ時も「大丈夫だよ、(俺は)食べて帰るから」と言い放ったという。嫁が泥のように疲れてるのに、自分の食事のことしか考えてない、超自己中心主義的な発言。そのくせ、三浦は「俺、なんかした?」とまったく気づいていない様子。このくだりを劇中で谷村がぽつぽつと語るシーンは、はらわた煮えくり返った。谷村のセリフには、その怒りと諦めがとてもうまく表現されていた。

「あなたと暮らしてるのは、毎日毎日ちょっと汚れたコップで水を飲んでいるみたいだった」

 男性諸君、このセリフの意味がわかるだろうか? 嫁が日々ため込んでいる澱のような疲弊。相手が今何を必要としているのか、相手の立場になればわかるようなことが、ちっともわからないし、通じていない。それを口にするのも疲れる。やがて諦めに変わる。

 家事も子育ても、表面上だけ手伝って自己満足している男性に、このドラマはひそかに鉄槌を振り下ろしているのである。でも、そういう男だからこそ永遠に気づかないんだろうな。できる人は最初からできるもの。子供を風呂に入れたくらいで育メン気取り、ちょっと料理したりゴミ出したくらいで家事参加と威張る……それはやさしさじゃなくて自己満足。

 嫁の地雷がどこにあるのか学ぶためにも、男性は『Woman』を襟を正して観るべき。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。