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65歳で井戸を掘り水ビジネス創業、なぜ大成功?高くても客が買い続けるワケとは?

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富士山の銘水の粟井英朗社長
 富士山の水資源を活用したウォーターサーバー・ミネラルウォーター事業の富士山の銘水株式会社が、順調に業績を伸ばしている。65歳で同社を起業した粟井英朗社長は、長年の経験から「水ビジネスには、地域との共存が欠かせない」という強い信念を持っている。


 今回、「おいしい水を飲みたい」という消費者の声に応え続ける粟井氏に

・起業の経緯
・同社の経営哲学
・水ビジネスの展望

などについて聞いた。

--2010年11月に創業した富士山の銘水が、5年目を迎えています。

粟井英朗氏(以下、粟井) 私は、水ビジネスに関わって15年になります。当社を起業する前は、いわゆるサラリーマン社長を務めていましたが、それではしっかりとした企業理念をつくることができません。当社の水事業は、富士山で行っているという絶対的な優位性を持っている半面、地域との共存や地域への貢献がないと、必ずトラブルが起こります。富士山の水資源を活用する以上、世界一の価値を目指し、その水で社会貢献をすると共に、地域に100%納得してもらうというのが、自分の責務だと考えています。当社は、自分がオーナーとなって企業理念をゼロからつくり、同志や社員を募りました。グループ一丸となって筋を通し、地域の方々に理解を得ることで、初めて事業が継続できるのです。

--水ビジネスとの関わりは、前職の岩谷産業時代からでしょうか?

粟井 岩谷産業の水事業は、私が始めました。55歳の時に岩谷産業の関連会社の社長、会長を務めて水事業をゼロから立ち上げて成功し、後にその会社は岩谷産業の子会社になりました。その後、経験とノウハウを評価していただき、ミネラルウォーター宅配事業のウォーターダイレクト(東京証券取引所第二部上場)を立ち上げる際に、社長として招かれました。

 富士山の銘水は、今年の11月21日に創業5周年を迎えます。当社は、私財を投じて土地を買うところから始まり、富士山麓1000メートル地点に地下273メートルの井戸を掘ることに成功、当地で創業しました。今後は、地域創生の核になりたいと思っています。基本的には、水事業で環境を守り、水を宝として成長することを目指しており、富士山は世界文化遺産なので、将来的には芸術や文化への関わりも強めていく予定です。当社はグループ内に環境財団を持っており、創業時から活動しています。