GX-ETS(排出量取引制度)が本格稼働し、カーボンクレジット市場は新たな局面を迎えています。ただ、企業の多くはまだ様子見の段階にあり、取引が一気に活性化しているわけではありません。

その一方で、クレジットの品質や信頼性がより重視されるなど、市場を取り巻く評価軸も変わりつつあります。制度やルールが変化する中、企業はカーボンクレジットとどう向き合っていくべきなのでしょうか。

11月17日開催の第2回「Carbon Credits Journal Forum」を前に、Green Carbonの井家良輔氏とCarbon EXの中野征治氏に、市場の現在地と課題、これからの可能性について聞きました。

GX-ETS本格稼働も、企業はまだ「様子見」

——2026年度からGX-ETSが本格稼働しています。排出権取引所としての機能を持つCarbon EXから見て、企業の動きに変化は感じますか?

中野:国の温室効果ガス削減目標である「2030年度までに2013年度比で46%削減」に合わせた目標設定自体は多くの企業で完了しています。ただ、目標年までにまだ4年ほど猶予があることや、今年度がGX-ETSの本格稼働ならびにCO₂排出量算定の初年度にあたることから、現時点では大きな変化というよりも様子見の企業が多いという印象ですね。

そもそもGX-ETSでは、企業にCO₂の排出可能量を示す「排出枠」が割り当てられ、不足する場合は、他社からの購入や認められたクレジットの活用で補う仕組みになっています。
今回、排出枠の上限・下限価格が当初の想定より低い水準に設定されたことで、企業は、「いつ、どのようにクレジットを調達すべきか」といった計画を再検討している段階なのだと思います。

また、実際の排出量の算定や検証を経て、各社の排出枠の過不足が判明するまでには一定の時間がかかります。さらに、余った枠は将来の不足に備えて繰り越せる『バンキング』が一定可能なため、過不足が見えたとしてもすぐに他社に売却されるとは限りません。こうした背景から、当面は慎重に状況を見極める企業が多く、2030年に向けて徐々に排出枠やクレジットの取引が活発化していくのではないかと見ています。


——カーボンクレジットを創出するデベロッパーの立場から見て、変化はありますか?

井家:大気中のCO₂を除去し、貯留する「CDR(二酸化炭素除去)」の取り組みによって生まれる、除去系クレジットへの注目が高まっています。背景には、一部の削減系クレジットをめぐって、実際の排出削減効果やグリーンウォッシュへの懸念が指摘され、クレジットの品質や信頼性がより重視されるようになったことがあります。

また、科学的根拠に基づく企業の排出削減目標を認定する「SBTi」では、ネットゼロ達成時に、十分な削減を進めても残る排出量を最終的に中和する手段として、除去系クレジットの活用も認められています。こうした国際的な動きも、除去系クレジットへの需要を支える背景の一つです。

※SBTiでは、排出削減目標そのものをカーボンクレジットで代替することはできません。一方、ネットゼロ達成時に残る排出量については、炭素除去による中和が求められています。

実際に、マイクロソフトをはじめとする大手テック企業も、除去系クレジットの調達を進めています。世界的に見ても、需要の高まりを感じています。

「目標を掲げる」から「どう実行するか」へ

——SBTiのネットゼロ基準の改訂など、カーボンニュートラルの領域では制度もルールも変化しています。この動きをどう捉えていますか?

井家:世界的な基準に準拠することはもちろんですが、Green Carbonでは「ルールメーカーであれ」という考え方のもと、国内外の政府などと連携し、積極的にルール作りに参画しています。

例えば、日本が海外のパートナー国と協力して温室効果ガスの排出削減・吸収に取り組む「JCM(二国間クレジット制度)」があります。

私たちはフィリピンで、水田の水管理を行うことでメタンガスの排出を減らす取り組みを進めてきました。その削減実績をJCMのクレジットとして認証できるよう、日本・フィリピンの両政府と協議しながら、削減量の算定や認証に必要なルールの整備に関わってきたのです。その成果もあり、この認証ルールがJCMに承認され、現在はクレジットの発行に向けて取り組みを進めています。

——Carbon EXの視点から、制度などの変化についてどう考えていますか?

中野:全体として、単に目標を掲げるだけでなく、取り組みの「質」や「実際の進捗状況」を重視する方向へ変化してきています。

これまでは、SBTiへのコミットメントを表明し、目標を設定することに重きが置かれていました。しかし今後は、その目標に沿って実際に行動しているか、進捗をどう確認・評価するかという仕組みが、より強化されていきます。また、自社の排出削減以外の貢献をどのように評価するかという点にも変化が見られます。

大前提として、SBTiでは、自社の事業活動やサプライチェーン(Scope1〜3)における排出削減目標の達成に、カーボンクレジットを活用することは認められていません。この原則は、今回のネットゼロ基準の改訂でも変わっていません。

一方で、先ほど井家さんがお話しがあったCDRによる取り組みや、その関連事業への投資などを、自社の排出削減目標とは「別枠」で評価する仕組みが設けられています。

市場拡大の鍵は「信頼性」と「需要の裾野」

——カーボンニュートラルやGX領域、カーボンクレジット市場において、現在見えてきている課題はありますか?

中野:取り組みの質や実際の進捗が評価される時代になり、排出量や削減量をより細かく、正確に追跡することが求められています。年間の集計値だけを見ると目標に届いていても、1日単位、あるいは1時間単位で見ると、実際の取り組みとデータが一致していないケースがあるからです。

年間集計の裏にある実態をどれだけ細かな粒度で可視化できるか。削減実績やクレジット自体の信頼性を担保するためにも、算定の解像度・精度を上げていくことが今後の大きなテーマですね。

井家:カーボンクレジットを創出するデベロッパーの立場から見ると、需要が一部の企業に偏っていることが課題だと感じています。

GX-ETSの本格稼働や海外の制度の動きによって、需要は高まっています。ただ、実際の購入に動いているのは、すでに必要性を認識している一部の顕在層に限られます。

その需要だけでも規模は大きいのですが、今後は、関心を持ちながらも検討段階にある企業にも活用を広げていきたいですね。さらに、中小企業など、まだ具体的な検討に至っていない企業にも活用が広まることを期待しています。

——現状、すでにクレジットの購入や検討を進めている顕在層とはどのような企業なのでしょうか? また、その目的も教えてください。

中野:Carbon EXの親会社であるアスエネで排出量算定を支援する中で、やはりクレジット購入のニーズが顕在化しているのは、GX-ETSの対象企業や排出量の大きい製造業ですね。

そうした企業も当然自社での削減を進めていますが、大幅な削減を目指すとなると、水素・バイオマスへの燃料転換や製造プロセスの見直しなど、時間がかかる取り組みが多くなります。だからこそ、長期的な削減を進める一方で、2030年に向けた現実的な手段としてクレジットが検討されるわけです。

また、もう一つの目的として増えているのが、取り組みの背景やストーリーを伝えるための活用です。特定商品のライフサイクル全体での排出や、イベント開催時の排出をクレジットで埋め合わせるといったケースですね。取引の規模としてはそれほど大きくないものの、「商品やイベントを通じてどんな環境価値を提供しているか」をメッセージとして発信することに重きを置かれています。

市場を育てるには、「知る機会」を広げることから

——カーボンクレジットを持続的な市場として成長させていくために、今後必要なことを教えてください。

中野:まずは、カーボンクレジットを取り巻く現状や今後の動向を、より多くの企業に知っていただく機会を増やすことが不可欠だと感じています。カーボンクレジット活用を含むGXは、地球温暖化という人類共通の大きな課題に向き合う取り組みであり、決して1社だけの力で推進できるものではありません。

だからこそ、それぞれの企業が自社の強みを生かしながら情報や課題を共有し、共通の目的に向かって協調していくことが求められます。そうしたプレイヤー(参加者)を増やし、脱炭素への取り組みを共に加速させていくエコシステムを作ることが、市場の持続的な成長につながると考えています。

井家:カーボンクレジットにフォーカスしていえば、品質を高め、信頼性を確保していくことが大切ですね。

Green Carbonでは、JAXAの衛星関連データなどの外部データやAIを活用し、クレジットの創出過程をモニタリングすることで、品質の向上に取り組んでいます。GX、カーボンニュートラルという広いテーマでは、関心を持ちながらも行動に移せていない方や、まだ具体的な検討に至っていない方に、課題を知り、取り組みを始めるきっかけを届ける必要があると考えています。

「興味はあるけれど、何から手を付ければいいか分からない」という方々に、最初の一歩を示したいですね。

中野:今回、Green CarbonとCarbon EXが「Carbon Credits Journal Forum」を共催するのも、そうしたきっかけを作るためです。是非とも多くの企業の方々に参加していただき、最新の情報に触れるとともに、互いの課題を共有できる場として活用していただければと思っています。

第2回「Carbon Credits Journal Forum」を、次の行動につなげる場に

——11月17日に、第2回「Carbon Credits Journal Forum」が開催されます。この取り組みが始まったきっかけを教えてください。

井家:第1回を開催した今年2月の時点で、大企業、スタートアップを問わず、カーボンニュートラルやカーボンクレジットに関する取り組みが進んでいることは感じていました。しかし、それが個社ごとの、点としての取り組みにとどまり、共通のストーリーとしてつながっていないことを、もったいなく思っていたのです。

また、国内には、カーボンクレジットに特化して情報を共有し、議論を深める場が十分にありませんでした。環境問題や脱炭素を広く扱うフォーラムはありますが、テーマが幅広い分、カーボンクレジットについて深掘りして議論をする機会は限られます。

中野:GXやカーボンニュートラル、カーボンクレジットは重要な経営課題でありながら、国内外で実際にどのような動きや先進事例があるのか、具体的なリアルな声を聞く機会は意外と少ないですよね。

井家:そこで、カーボンクレジットについてじっくり話し合い、提言につなげられる場を作りたいと考えました。大企業やスタートアップ、海外企業、自治体など、さまざまな立場の方々をつなぐハブとして、私たちGreen Carbonが役割を果たせるのではないか。そうした思いから始まったのが、「Carbon Credits Journal Forum」です。

第1回で好評をいただいたことを受け、第2回からはCarbon EXにも共催に加わっていただき、扱うテーマを広げるとともに、議論をさらに深めたいと考えています。政策提言や新たなイノベーション、協業につながる場にしたいという思いで、今回の開催に至りました。

——今回の第2回「Carbon Credits Journal Forum」を、どのように活用してほしいと考えていますか?

中野:単にセッションを聴いて終わりにするのではなく、そこで得た気づきや視点を自社のサステナビリティ経営にどう生かせるかを考え、具体策へつなげる機会として活用していただきたいですね。

また今回は交流の場も設けていますので、他社のサステナビリティ推進担当者や計画策定に携わる方々と、リアルな実践事例を共有し合うことも可能です。そうした学びやつながりを、ぜひ次のアクションに結びつけていただければと思っています。

井家:参加を迷っている方も、ぜひ一度足を運んでいただきたいですね。大企業からも高い関心が寄せられており、課題解決に向けた共創や協業のきっかけになればと考えています。

カーボンクレジットは今後、経営課題としての重要性がさらに高まるとともに、新たな事業を生み出す可能性もある分野です。企業のサステナビリティ担当者や自治体、海外企業の方々はもちろん、オープンイノベーション、新規事業、経営企画などに携わる方々にも、幅広く参加していただきたいと思っています。

2026年11月17日(火)開催
Carbon Credits Journal Forum2026の詳細はこちら
https://green-carbon.co.jp/carbon-credits-journal-forum-2026/