カーボンクレジットは「中身」で選ばれる時代へ。住友林業×Green Carbonが問い直す、自然由来クレジットの価値

2026年度から排出量取引制度が本格的に稼働するのを前に、日本の脱炭素市場は、これまでの「自主的なオフセット」を中心とした段階から、制度の中で排出削減とクレジット活用のあり方が整理されるフェーズへと移行しつつあります。削減の義務化やルール設計が進むなかで、企業には「どのクレジットを、なぜ使うのか」という説明責任がより強く求められるようになり、森林や農業といった自然由来クレジットの位置付けや価値が、改めて問われ始めています。

こうした状況を背景に、「森林価値創造プラットフォーム(森かち)」(以下、「森かち」)を運営する住友林業株式会社と、国内最大級の農業由来J-クレジット創出を手がけるGreen Carbon株式会社が、「自然資本を価値に変える」ための協業を発表しました。

今回は、住友林業株式会社の曽根佑太氏に、日本の脱炭素市場の現状や自然由来クレジットの価値をどのように捉えているのか、話を伺いました。

自然由来クレジットが抱える、認知の壁

自然由来クレジットが抱える、認知の壁

——2026年度、排出量取引制度が施行されますが、現在のJ-クレジット市場における自然由来クレジットが抱える課題はあるでしょうか

曽根:最も大きな課題は、自然由来クレジットが持つ公益性が、正しく理解されていない点だと思います。

自然由来クレジットは、その創出プロセスを通じて、生態系サービスの保全や地域への貢献といった公益的な価値を生んでいます。しかし、そもそも自然由来クレジット自体の認知が十分でないことや、価値の定量化が難しい部分があり、その公益性を踏まえた評価や購入には結びつきにくいのが実情です。

購入者側が、省エネクレジットや再エネクレジットなどとの違いを十分に理解できていないケースも多く、「自然由来クレジットをあえて選ぶ」という行動に至りづらい状況があります。

——自然由来クレジットの公益性が理解されると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

曽根:その価値を理解したうえで「選んで」購入してもらえるようになると、クレジットを創出した担い手にきちんと資金が還元される点が大きなメリットです。

私たちは長年林業の現場に関わってきましたが、担い手不足や資金不足により、伐採後の森林整備や継続的な管理に困難を抱える林業者を数多く見てきました。また、森林経営が成り立たなくなれば、日本の国土や生態系の維持にも影響が及びます。

森林由来クレジットは、森林整備や管理を続けるための経済的な理由を作ると同時に、日本の国土や生態系を守ることにつながる仕組みだと考えています。林業者への資金還元や国土保全のためにも、「森林価値創造プラットフォーム」のような仕組みをうまく活用してほしいですね。

効率化だけでは終わらせない。「森かち」が支える信頼性と品質

効率化だけでは終わらせない。「森かち」が支える信頼性と品質

——住友林業が「森かち」を立ち上げた背景には、こうした課題が存在していたのですね。

曽根:そうですね。大きな目的としては課題解決ですが、「森かち」は特に実務面のハードルに寄り添ったソリューションです。

森林由来クレジットの創出には時間や手間、コストがかかります。現在は大規模な林業者や自治体でなければクレジット創出プロジェクトを成立させるのが難しい状況です。本当に支援が必要な小規模林業者が、その恩恵を受けられていないという課題がありました。

「森かち」では、情報をデジタルで一括管理することで、申請に必要な書類作成を効率化し、地図情報と照合しながらオンラインで確認できる仕組みを整えています。創出者と審査機関の双方の負担を軽減できる点が特徴です。

——「森かち」が普及することで、森林由来クレジットの創出プロセスはどのように変わっていくのでしょうか。また、林業者や自治体にどのような価値を提供できると考えていますか。

曽根:まず、データの信頼性を担保したうえで、創出プロセスの効率化が進むと考えています。

森林由来クレジットは最長16年の認証対象期間中、規模によっては毎年認証・発行をする場合もあります。その間のデータをクラウド上で一元的に管理することで、創出者も審査機関も、履歴管理された信頼性の高い情報を使いながらスピーディーに確認作業を進められるようになります。結果として、手続きの迅速化だけでなく創出プロセス全体のコストダウンにもつながります。

もう一つ重要なのが、クレジットの品質担保です。

森林由来クレジットは、面積や樹種、本数などを実測し、過去に間伐などの整備が行われている森林が対象になります。森林を育てる過程では複数回の間伐が行われますが、その際、過去にクレジット申請を行った区画と一部重複してしまう可能性があります。

こうした重複が起きると、クレジットのダブルカウントが発生し、創出量と実際のCO2吸収量との間に齟齬が生じかねません。 「森かち」ではGISサービス(地理情報システム)を活用して、間伐履歴や区画の境界をGIS上で管理し、重複箇所がないかを効率的に確認することができます。そのため、審査機関の負担を減らしながら、品質が担保されたクレジットを創出することが可能になります。

住友林業×Green Carbonが、日本の自然由来クレジットを変える

住友林業×Green Carbonが、日本の自然由来クレジットを変える

——今回、住友林業とGreen Carbonが協業を発表しましたが、両社はそれぞれの強みをどのように捉えていますか。

曽根:現在、森林由来クレジットの創出には、ある程度規模の大きい企業や自治体が先行して取り組んでいます。ただ、そうした団体以外にも、「森かち」のようなソリューションを活用しながら、数百ヘクタール規模の林業者も次々と参入してくる状況を作りたいと考えています。

日本の森林の多くは個人所有です。森林由来クレジットの創出量を拡大し、安定的に供給していくためには、小規模な森林所有者を束ね、プロジェクトとして成立させる仕組みが欠かせません。

その点で、Green Carbon様は、東南アジアなどで水田所有者を束ね、農業由来クレジットを創出してきた実績と知見をお持ちです。そのノウハウを、林業分野でも活かせるのではないかと考えています。

この協業の意義について、Green Carbon株式会社の立石氏は次のように補足します。

立石(Green Carbon):私たちは現在、農業由来クレジットを中心に取り組みながら、自然由来クレジット全体を幅広く手掛けていきたいと考えています。木が森をつくり、森から川が生まれ、その水が農業を支える。自然はすべてつながっているという考え方が根底にあるためです。

住友林業様は、その一連の流れの起点にある森林や林業について、他社が簡単には追いつけない深い知見をお持ちです。ノウハウや視点を共有することで、新たなプロジェクトにつながる可能性があると感じています。現在は、自然由来クレジットに関するセミナーを共同で開催するなどの取り組みも進めています。

曽根:もう一つ、Green Carbon様の強みとして期待しているのが、国際基準に合致したクレジット創出という点 です。日本のクレジット創出の方法論は、国内の状況を踏まえた独自の基準で進んできた側面もあると感じています。

グローバルで事業を展開しているGreen Carbon様と協業することで、国際的な動向を見据えたクレジット創出や、市場への働きかけが可能になるのではないでしょうか。

「束ねる力」と知見で自然由来クレジットを拡張する。住友林業×Green Carbonが目指すもの

「束ねる力」と知見で自然由来クレジットを拡張する。住友林業×Green Carbonが目指すもの

——自然由来クレジットを安定的に供給することには、どのような社会的意義があると考えていますか。

曽根:まず、自然由来クレジットが、クレジット購入時の選択肢として確かな存在感を持てるようになる点が重要だと考えています。現在は、創出量が十分ではないため、購入者側にとって安定的な選択肢となりきれていません。

今後は、企業はオフセットに使用したクレジットの「中身」、つまりポートフォリオ全体が評価される時代になっていくのではないでしょうか。

立石(Green Carbon):国際的には、再エネクレジットなどについてグリーンウォッシュの観点から厳しい目が向けられるケースもあります。そうした流れの中で、自然由来クレジットは、定量化が進めば高い信頼性を持つクレジットとして評価され始めています。

購入側が信頼性を基準にクレジットを選ぶようになった時に、十分な量の自然由来クレジットが供給されていることが理想だと考えています。

曽根:創出量が増え、その公益性が広く認知されることで、自然由来クレジットの創出に資金が集まる好循環が生まれます。脱炭素を進めながら、生物多様性に支えられているさまざまな生態系サービスの持続的な発揮にも貢献できる点は、大きな社会的意義だと思います。

——安定的供給が実現することで、クレジット創出側にも変化が生まれるでしょうか。
曽根:その時々の社会課題に応じて、自然由来クレジットの評価軸が多様化していくと考えています。例えば将来的には、森林の水源涵養機能や、土砂災害防止機能などもクレジットの付加価値を測る指標として追加される 可能性もあるでしょう。

公益的な価値を語るだけでなく、定量化し、評価軸として積み上げていくことで、企業にとっても意思決定がしやすくなります。

——最後に、両社の協業を含め、自然由来クレジットに対する将来の展望を教えてください。

曽根:これまでお話ししてきたように、自然由来クレジットの供給を安定させ、その価値を高めていくことに、「森かち」を通じて貢献していきたいと考えています。それに加えて、カーボンクレジットを取り巻く経済活動に関わる人たちの行動変容を起こしていくことも、同じくらい大切だと感じています。

カーボンクレジットをビジネスとして捉えると 、どうしても創出者の目線は購入者に向きがちです。しかし本来、自然由来クレジットが寄与する生態系サービスの持続的な発揮や国土の保全は、クレジットのエンドユーザーである購入者だけが意識するものではありません。購入した企業のステークホルダーである一般消費者や株主を含め、より広い層が意識を持って取り組むべきテーマだと思っています。
Green Carbon様との協業を通じて、そういった価値観そのものも発信していきたいですね。そうすることで、一般消費者の意識が高まり、カーボンクレジットを購入する企業に対するボトムアップの働きかけにもつながっていくのではないかと考えています。

立石(Green Carbon):海外展開に強みを持つ私たちと、日本の林業に深い知見を持つ住友林業様が協業することで、日本の林業者の方々を支えるだけでなく、将来的には世界の林業者の方々も救われるような取り組みにつながっていけばと思っています。

曽根:実は私自身、これまではまず多くの方に日本の国土保全に関心を持ってもらうことが重要だと考えており、海外展開についてはあまり想定していませんでした。

ただ、実際に海外の方々の前で「森かち」のプレゼンテーションを行うと、非常に高い関心を持って聞いていただけることが多いのです。そうした反応を目の当たりにすると、「森かち」はいずれグローバルでも活用され得るポテンシャルを持ったソリューションなのだと実感します。今回の協業をきっかけに、国外に目を向けた取り組みにも、少しずつ視野を広げていくべきだと感じています。

脱炭素は、単に排出量の数字を合わせるための取り組みではありません。森を守り、農業を支え、国土を次の世代につないでいく営みでもあります。 自然由来クレジットは、そうした営みを経済の仕組みの中に組み込むための一つの手段です。住友林業とGreen Carbonの協業は、自然と経済、そして人の意識や行動を結びなおすための、新たな一歩になりそうです。

住友林業さまも登壇、国内最大級のカーボンクレジット特化フォーラム「Carbon Credits Journal Forum」が、2026年2月3日(火)に開催

〇「Carbon Credits Journal Forum」特設サイトはこちら
 https://green-carbon.co.jp/carbon-credits-journal-forum

〇参加申し込みはこちら
 https://carboncreditsjournalforum.peatix.com/