世界中のスキーヤーを魅了し、「パウダースノーの聖地」として君臨する北海道・ニセコエリア。バブル期を彷彿とさせる地価の上昇や外資系ホテルの進出ラッシュが続くなか、新たな局面を迎えている。2026年4月10日、北海道後志(しりべし)総合振興局と、ニセコエリアで最大級のスキー場を運営する東急不動産および東急リゾーツ&ステイが「包括連携協定」を締結した。

一見すると、自治体と有力企業によるありふれた協力体制に見える。しかし、その裏側には、ニセコという「点」の成功を、後志地域20市町村という「面」の持続可能な成長へと転換させようとする、極めて戦略的な意図が透けて見える。

「ニセコ独り勝ち」からの脱却と地域経済の再編

後志地域は、小樽市やニセコ、積丹半島など、北海道内でも屈指の観光資源を抱える。年間2300万人を超える観光客が訪れる一方で、課題も根深い。特定のエリアに集中するオーバーツーリズムの懸念、そして観光消費の恩恵が地域全体に波及しきっていないという構造的な問題だ。

今回、東急不動産がパートナーに選ばれた理由は明確だ。同社は「ニセコ東急 グラン・ヒラフ」を核として、2030年に向けた100億円規模の投資プロジェクト「Value up NISEKO road to 2030」を推進している。単なるスキー場のリニューアルにとどまらず、輸送力の強化や通年型リゾートへの脱皮を掲げる同社の動きは、地域のインフラそのものを規定する力を持つ。

今回の協定で注目すべきは、連携事項に「観光」だけでなく「食の振興」「人材確保・育成」「環境政策」が並んでいる点だ。これは、リゾート地を単なる「消費の場」から、地域の一次産業や雇用を支える「プラットフォーム」へと再定義しようとする試みといえる。

観光と一次産業の「マリアージュ」

後志地域は、ブランド力の高い野菜や果物、さらにはワインや地酒の産地としても知られる。しかし、これまでは「生産」と「観光消費」が分断されていた側面がある。

東急不動産グループが運営するホテルや施設で、地元の食材を優先的に活用し、そのストーリーを国内外の富裕層に発信する。これにより、リゾート地の高い客単価を直接的に地域の農業・水産業の収益向上へとつなげるパイプが構築される。

「食の振興」は、単なる地産地消ではない。世界基準の舌を持つ観光客に対し、後志ブランドを定着させることで、輸出やECを通じた外貨獲得のきっかけを作る「ショーケース」としての役割をリゾートが担うことになる。

労働力不足という「最大のボトルネック」にどう向き合うか

一方で、リゾートビジネスの最大のアキレス腱は「人材」だ。ニセコエリアの時給高騰は全国的にも有名だが、それでもなお、繁忙期のスタッフ確保は至難の業となっている。

今回の協定では「人材確保・育成」が重点項目に据えられた。これは、季節労働に頼る従来のリゾートモデルから、通年での雇用維持を目指す「オールシーズン型リゾート」への移行を、行政と民間が足並みを揃えてバックアップすることを意味する。

例えば、冬はスキー場、夏は農業やアクティビティといった、地域内での「マルチジョブ」の仕組み作りや、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用したオペレーションの効率化などが想定される。東急不動産が培ってきたマネジメント能力と、振興局による行政支援が合致すれば、地方が抱える深刻な労働力不足に対する一つの解が示されるかもしれない。

「環境経営」がリゾートの資産価値を決める

もう一つ、経済的観点から見逃せないのが「環境政策」だ。東急不動産は全社的に「環境経営」を掲げ、再生可能エネルギー事業にも注力している。

昨今、ESG投資の観点から、環境への配慮がなされていないリゾートは、国際的な評価や投資を失うリスクを孕んでいる。ニセコの豊かな自然を守ることは、景観保護という倫理的側面だけでなく、リゾートの「資産価値」を維持するための経済的必然である。

今回の包括連携により、脱炭素化に向けた取り組みや自然保護活動が加速すれば、後志地域全体が「サステナブル・ディスティネーション(持続可能な目的地)」として、世界の富裕層や機関投資家から選ばれ続けるための強力な武器となるだろう。

結びに:官民連携の「真価」が問われる

東急不動産という巨大デベロッパーの資金力・企画力と、振興局という行政の広域調整力。この「最強のタッグ」が目指すのは、単なる利益の追求ではない。

ニセコを起点とした熱狂を、いかにして後志地域全体の自立した経済循環へと昇華させられるか。今回の協定は、日本の地方創生における「リゾート活用モデル」の試金石となるだろう。2030年に向けて動き出したこの巨大な歯車が、北海道、ひいては日本の観光立国をどう変えていくのか。その推移を注視したい。