
2026年7月、京都で開催される国内最大規模のスタートアップカンファレンス「IVS2026」のテーマは「Japan is Back」。13,000名超を集めた前回IVS2025から、IVSは次のフェーズへと進化を遂げようとしている。
その中核を担うのが、IVS全体の企画責任者を務める前川寛洋氏(IVS CHIEF DIRECTOR OF CONTENTS)だ。グローバルFintechスタートアップであるファンズの現役CFOでもあり、その子会社でベンチャーデットファンドを運営するFunds StartupsのCEOでもあり、そしてIVSの企画統括でもある。複数の立場を行き来する前川氏には、今日本のスタートアップ業界が直面している現実が、誰よりも立体的に見えている。
「起業家は尊い」──そう言い切る前川氏が、IVS2026に込めた問いとは何か。「2つの日本流」の中身、そしてDay1から3にかけて用意された注目セッションまで、IVS CHIEF DIRECTOR OF CONTENTS・前川寛洋氏に聞いた。
目次
- ファンズの現役CFOであり、Funds StartupsのCEOでもある──IVSとの歩み
- “オワコン”の空気を塗り替える
- 「日本流」は2つある──Japan to Japan、Japan to Global
- 「起業家は尊い」──ぶらさないコアバリュー
- 企画責任者が選ぶ、IVS2026の見どころセッション
ファンズの現役CFOであり、Funds StartupsのCEOでもある──IVSとの歩み

前川寛洋氏は、IVSにおいて長く企画の中核を担ってきた人物だ。
2023年、IVSが招待制を撤廃し、「NEXT CITY」のスローガンとともに1万人規模のオープンカンファレンスへと舵を切った大転換期。そのときの立ち上げの企画責任者を務めたのが、前川氏である。
「スタートアップという主語自体を一般化しよう、関係人口をもっと増やしていこうという取り組みの目的は、ある程度達成できたと考えています」
前川氏が見つめてきたのは、IVSの企画だけではない。自身もグローバルFintechスタートアップであるファンズの現役CFOであり、その子会社でベンチャーデットファンドを運営するFunds StartupsのCEOでもある。一つの立場からではなく、複数の草鞋を履きながら日本のスタートアップ業界を歩いてきた。だからこそ語れる現状認識と、IVSの次の役割がある。
“オワコン”の空気を塗り替える
「『スタートアップはオワコンだ』みたいな雰囲気にもなりつつある」
前川氏は、現在の日本のスタートアップ業界を取り巻く空気を、率直にこう語る。
2015年以降、約10年間で日本のスタートアップ産業は確かに形成されてきた。しかしマクロ環境の変化に晒され、「冬の時代」が続いている。兆円規模で日本経済を牽引する企業、米国のGAFAのように経済のリーダーシップ自体を塗り替えていくようなスタートアップは、まだ国内から生まれていない。
その状況を捉えて、外野からは「スタートアップは終わった」という空気が漂い始めている。だが、前川氏はそこに強い違和感を抱いている。
「国内でチャレンジしている起業家はすごく尊いし、彼らが進めようとしている事業は非常に意義深い。本当に実現すれば社会を良くしていくという種や大きな芽は、まだまだあるんです」
「オワコン感」のレッテルが貼られ切る前に、「日本のスタートアップマーケットはちゃんと生きているんだ」「まだ大きく成長していく余地があるんだ」というメッセージを届けたい──。IVS2026のテーマ「Japan is Back」は、その思いから設定された。
「過去のやり方を踏襲するのではなく、改めて『日本流のスタートアップとしてフィーチャーすべきものは何か』『日本流スタートアップのベストプラクティスは何か』を問い直す。何を継承し、何を変えていくべきなのか。日本流の理解、認知、形成、そして進化を遂げていくセッションにしていきたいんです」
「日本流」は2つある──Japan to Japan、Japan to Global

前川氏が掲げる「日本流」には、明確に2つの角度がある。
ひとつは、Japan to Japan──日本の環境を内側から良くしていくスタートアップ。
「人口減少、過疎化、高齢化社会など、日本の前提環境はマクロからミクロまで変わってきています。ただ市場規模の大きい挑戦という訳ではなく、地に足をつけて日本固有の社会課題の解決に挑戦しているスタートアップにも焦点を当てたい」
市場規模が1,000億円や100億円に満たなくても、テクノロジーや考え方を用いて地域課題を解決している企業がある。これまで「スケールが小さい」とされてきた領域も、日本流のスタートアップとして肯定し、フィーチャーすべきだというのが前川氏の主張だ。
もうひとつは、Japan to Global──日本だからこそ世界で勝てるスタートアップ。
「世界と戦うためには、言語の壁があるソフトウェアは、正直、勝ち筋が見えない。けれど日本には『ものづくり』としてのブランドや、アカデミアの技術など、世界から求められる、『下駄を履かせてもらえるインダストリー』が多くあるんです」
ディープテックなどがその代表例だ。日本であることが強みになり、現地の国でさえ解決できていない経済課題を解決していく。グローバルプレイヤーに、日本のスタートアップの価値を再認識してもらう。グローバルの物差しの中で勝てるスタートアップをどれだけ日本から創出できるか──それがJapan to Globalのテーマである。
なお、これまでの日本のスタートアップ業界は「ユニコーンを生む」というシリコンバレー流のVC投資モデルが事実上の唯一の物差しになっていた。前川氏はその構造にも一石を投じる。エクイティ一極集中の市場に、デットとエクイティの中間に位置する「ベンチャーデット」のようなファイナンスの厚みが加わることで、Japan to JapanもJapan to Globalも、それぞれにふさわしい資金調達と成長の選択肢を持てるようになる。日本流の多様性は、金融の多様性とセットで初めて成立するのだ。
「起業家は尊い」──ぶらさないコアバリュー
そして前川氏には、IVSというカンファレンス全体を貫く、絶対に譲れない一線がある。
「『最近のスタートアップはスケールが小さい』『経営力がない』──支援側や外野の人たちが、そうやって評論している場面が多くなってきた。スタートアップのチャレンジャーとしてやっているわけでもない人たちが、です。そこには強い違和感と憤りを覚えます」
行政や大企業など、お金を出す側の人たちが話してほしいテーマを優先するうちに、気づけば肝心の起業家から見て響かない場になっている──そんなカンファレンスの現状にも、前川氏は疑問を呈す。
「どこに行っても『スタートアップの起業家はこうだ』と言われて、肩身が狭くなっているけれど、みんなが何を言おうと、僕はやっぱりチャレンジする起業家が一番尊いと思うんです」
IVSは、その起業家がこれからも頑張っていこうと思える場所であり続ける。「起業家ファースト」のコアバリューは絶対に変えない。
「起業家は尊い」。これがIVSの過去であり、現在であり、これからも変わらない未来である。
企画責任者が選ぶ、IVS2026の見どころセッション
最後に、IVS全体の企画統括である前川氏自身が「ぜひ見てほしい」とピックアップしたセッションを紹介する。
■Japan is Back:ノーベル賞級の発見を、いかに産業に変えるか
ー北川進が拓いたフロンティアとディープテック投資の未来ー
ノーベル賞級の科学的発見は、人類の知の進展だけでなく、脱炭素や新エネルギーといった社会課題の解決に大きな可能性を持つ。しかし、その価値を社会に届けるには、研究とは異なる視点での産業化支援が不可欠である。本セッションでは、京都大学・北川進教授の「PCP/MOF」を起点に、先端研究がスタートアップを経て社会実装へと進むプロセスを描く。研究・起業・投資・行政が交差する中で、「ディープテックの死の谷」をいかに乗り越えるかを考察し、日本発イノベーションの可能性と「Japan is Back」の潮流を提示する。
モデレーター:村口 和孝(日本テクノロジーベンチャーパートナーズ 代表)
登壇者:西脇 隆俊(京都府知事)/北川 進(京都大学 高等研究院 理事(研究推進担当)・副学長・特別教授)/浅利 大介(株式会社Atomis代表取締役CEO)
■国産クラウド・国産AIを国家インフラへ——ソブリン・デジタル基盤とスタートアップ
AI時代の競争力は、モデルやアプリだけでなく、クラウド、計算資源、データ基盤、行政システムといったデジタルインフラに左右される。本セッションでは、国産クラウド、国産AI、GovTech、公共調達を軸に、日本発のデジタル基盤企業をどう育てるかを議論する。
モデレーター:沖山 翔(アイリス 代表取締役 / AIセーフティ推進機構 代表理事)
登壇者:今枝 宗一郎(自民党 衆議院(デジタル副大臣・内閣府副大臣))/高橋 亮祐(Acompany 代表取締役CEO / プライバシーテック協会 会長)/横田 真俊(さくらインターネット 執行役員(クラウド事業戦略本部 管掌))
■AI・オンチェーン金融が拓く、日本発スタートアップ国家戦略
AI、ステーブルコイン、トークン化預金、オンチェーン決済等は、金融のあり方を変えるだけでなく、産業競争力や資本市場の構造を再定義しつつある。本セッションでは、規制設計、金融機関の変革、スタートアップの挑戦、資本市場との接続を横断的に議論する。日本が既存金融の信頼性と新技術の革新性を両立させ、次世代金融エコシステムを構築するには何が必要か。官民連携による社会実装と、日本発スタートアップの勝ち筋を探る。
モデレーター:松倉 怜(株式会社AVILEN 取締役CEO)
登壇者:木原 誠二(自由民主党・衆議院議員(日本成長戦略本部 幹事長))/岡部 典孝(JPYC 代表取締役)/齊藤 達哉(Progmat 代表取締役)
■Government as a Catalyst:官需が生み出す次世代産業のエコシステム
宇宙・防衛・気候など、国家課題を起点に新産業を生む「官需ドリブン」のイノベーション。政府調達や政策はスタートアップ成長のエンジンとなり得るのか。世界の事例を踏まえ、日本が目指すべき産業創出モデルを議論する。
モデレーター:前川 寛洋(Funds Startups 代表取締役)
登壇者:石川 浩(経済産業省 イノベーション創出新事業推進課長)/中馬 和彦(株式会社みずほフィナンシャルグループ/株式会社みずほ銀行 執行役員CBDO)/富岡 仁(Telexistence 代表取締役CEO)
■AIエージェント時代、日本企業はどう戦うか
生成AIとAIエージェントが急速に普及する中、企業は今後どう進化し、戦っていくべきかに迫る。本セッションには、Open AI 取締役会長が創業した米国発のAIエージェント企業の日本統括、全社をあげてAIに賭ける日本インターネット業界の雄 DeNAと、社会実装で大企業の変革を担う国産AIベンチャーのAI責任者が登壇し、スタートアップ・大企業・政府がどうAIを活用していくべきかを語る。
モデレーター:田中 洸輝(インキュベイトファンド Associate)
登壇者:森川 馨太(Sierra Technologies Japan Co-Head of Agent Development)/住吉 政一郎(DeNA AIイノベーション事業本部 本部長)/羽間 康至(エクサウィザーズ グループ執行役員 AIプラットフォーム事業本部長)
■上場ゴールを超えて——”株主に選ばれる”スタートアップ市場をどう作るか
日本のスタートアップ市場では、IPOが成長の通過点ではなく「出口」として設計されてしまう問題が長く指摘されてきた。上場時の初値、調達額、話題性だけでなく、上場後に時価総額を伸ばし、株主との信頼関係を築き、機関投資家・個人投資家から継続的に選ばれる企業になるには何が必要か。「上場ゴール」「株主軽視」「IRの未熟さ」「資本コストを説明できない経営」といった指摘されてきた課題に真剣に向き合い、資本市場の専門家が、健全なスタートアップ市場の条件を議論する。
モデレーター:藤野 英人(レオス・キャピタルワークス ファウンダー / HEVN STAGE代表取締役会長)
登壇者:田端 信太郎(アクティビスト個人投資家 / YouTuber)/持田 昌幸(Tybourne Capital Management 日本株責任者)/朝倉 祐介(アニマルスピリッツ 代表パートナー)
「Japan is Backは、答えではなく、問いです。
3日間で参加者と一緒に、これからの日本流を作っていきたい」
そう語る前川氏が描くIVS2026は、起業家を真ん中に置き続けながら、日本流を更新していく場である。京都の地に集う3日間で、その問いはどのような答えに辿り着くのか──2026年7月、その現場で確かめてほしい。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)