新概念「0次予防」…腸活で健康改革、腸内フローラ検査で医療費削減へ

●この記事のポイント
・腸内フローラ検査を提供するサイキンソーは新たな健康概念「0次予防」を提唱
・腸内細菌叢(腸内フローラ)のビッグデータと特許技術を強みに、個人・法人向けに独自サービスを展開
・腸活を軸とした生活習慣の改善で、誰もが自然と健康になれる社会の実現と医療費の削減を目指す
医療制度が逼迫し、病気を未然に防ぎ早期発見する「予防医療」が注目されている。そんななか「0次予防」という新たな概念を提唱しているのが、腸内フローラ検査を提供する株式会社サイキンソーの創業者で代表取締役の沢井悠氏だ。腸内細菌叢(腸内フローラ)データに基づいた、健康管理とその先にある医療費削減への貢献など、壮大な構想について話を聞いた。
特許技術と腸内細菌叢データを強みにビジネスを展開
2014年創業のサイキンソーは、消費者向けに腸内フローラ検査を提供するほか、法人向けの研究支援や商品開発支援のサービスなど、BtoC・BtoBの両輪で事業を展開している。
強みは2015年のサービス開始以来、蓄積してきた18万件以上の腸内細菌叢データだ。これは世界的に見ても稀な規模で、このビッグデータを基に独自開発した特許技術で腸内フローラの総合判定を行う。
「腸内細菌は体の内側に棲んでいる、こうした取得しづらいデータを沢山持っているのが強み。データ量がノウハウに繋がる」と、沢井氏は語る。
腸内フローラ検査で、これまで明らかにされていなかった体の内なる情報を可視化。この画期的な技術を商品開発に採り入れたのがカルビーだ。検査結果に基づきパーソナライズされたグラノーラを提供する。
「食べ物に幅広く関与できるのが腸内細菌の魅力。今後は、自治体の名産品や特産品とコラボした腸活商材の開発など裾野を広げていきたい」(沢井氏)
自治体とは既に連携を始めている。2024年度は、大阪府泉大津市と腸活を軸とした「女性の健康課題改善」に関する事業を展開した。
「市の予算で検査が普及すると、市民に経済的な負担をかけずに腸内環境を意識するきっかけが作れる」(沢井氏)
このような官民連携の取り組みなど、様々なシーンでユニークな切り口のビジネスを展開している。
健康は蓄える時代へ、男性にも広がる市場
「腸活は一般的に女性の関心が高いが、3分の1は男性なのが、かなり面白い。男性も健康や腸内環境を気にしており、こういった傾向からもマーケットの広がりがわかる」(沢井氏)
また、別の切り口からも検査の推進を進める。「人口減少が進み働き手が不足する中で、企業も従業員の活躍のために対策が求められている。人的資本の観点からも、健康経営のツールとして提案している」という。また、今後はスポーツやメンタルヘルスなど、様々な分野で利用者の拡大を視野に入れている。
腸を入口に全身の健康を維持し、病気になる前に自然と健康になれる社会実現を目指す。大きな病気になれば、保険で医療が受けられる。しかし「その手前で健康を蓄えていくという価値観が当たり前になってほしい」と沢井氏。
公的サービスに頼る前に主体的に健康維持
少子高齢化で医療制度は喫緊の課題に直面している。サイキンソーは公的保険の外でビジネスをしているが、「0次予防で皆が健康になった結果、医療費が削減されることを示したい」と沢井氏は力説する。健康増進や発症予防をする1次予防、早期発見や治療をする2次、治療や重症化予防をする3次予防のさらに手前で、人の体を守り、ひいては国家財政の大きな負担となっている医療システムの課題解決も視野に入れている。
生き生きと目を輝かせながら語る沢井氏の言葉には、サイキンソー創業に込めた想いがにじむ。
個人が自らの健康に当たり前に目を向け、健康を維持する時代へ。その起点となるのが腸であり、サイキンソーの「0次予防」なのである。沢井氏が抱く理想の社会は、サイキンソーの歩みとともに着々と進んでいる。
株式会社サイキンソー創業者・代表取締役、沢井悠氏のインタビュー
――経歴と会社設立の経緯は?
サイキンソーは3社目で、1社目が再生医療、2社目がゲノム解析の会社で経営企画の経験を積んできました。その中で、もっと個人が気軽に利用できるヘルスケアのサービスを作りたいと思い、何かアイデアがないかなと思っていました。サイキンソーを創業するのが2014年なんですけど、そのちょっと前あたりから「腸内細菌って凄い!」という話がごく一部のテクノロジーマニアの間だけですが噂になっており、世の中のヘルスケアを根本から変える可能性があるんじゃないかと思いチャレンジをしたのが創業のきっかけです。
前の会社で学んだゲノム解析の技術で、なんとなく勘所があって今のサービスに繋がるんですけど、そこで学んだ知見やノウハウを活かしながら、現在の腸内フローラ検査を作りました。
――御社の事業とサービス・プロダクトは?
個人向けの腸内フローラ検査を提供しています。自宅で気軽に利用でき、自分の腸内環境を調べることができます。今でこそ腸内フローラという概念は割と一般的になってきたと思うんですけど、当時は気軽に調べられるものがなかったんです。ちょうど10年前に出始めてきたDNA解析技術を応用することで、個人の腸内環境が、飲み会か高級寿司屋に1回行くぐらいの値段で、誰でも見られるようになりました。
――御社の強みや特徴は?
2015年からサービス提供を開始し、10年で腸内細菌叢データが沢山集まっているんです。去年の暮れで15万件、4月現在で18万件を突破しているのですが、これぐらい大量に人の腸内細菌叢データを集めている会社は他になく、世界的にも有数な規模だと思います。このデータ量が、まさに我々の強みです。データ量が解析の質や結果の分かりやすさに繋がっていきます。
具体的に言うと我々が独自開発した「腸内フローラ総合判定」ではA~Eの5段階で腸内環境の良し悪しを判定できます。この技術は、我々のオリジナルで、特許技術にもなっています。
――ビッグデータを蓄積?
データについて補足すると、世の中にはAIもそうですがビッグデータを活用したプロダクトはいっぱいあるじゃないですか。スマートフォンから取れるデータもあればスマートウォッチから取れるデータ、いろんなデバイスからいろんなデータが取れると思うんですけど、腸内細菌は体の内側に棲んでいるので、非常に取りにくいデータ。
それをたくさん持っているというのが強みです。判定に使用するスコアリング技術もデータの活用事例ですし、データ分譲により法人顧客の研究や商品開発支援につなげるビジネスも展開しています。
使い方は本当に色々できて、データがあるからこそそれを活用したビジネスができています。
――データ解析の手法は?
まずDNAを解析する機械を使い、腸内細菌のDNAを読みます。そのDNAを読み取っただけだと文字情報、4文字の羅列の組み合わせですから、そこからどんな菌がどれぐらいいるのかという情報に翻訳していきます。さらに健康状態の指数に置き換える一連のプロセスで情報処理とか我々が培ったビッグデータを使っています。
――創業にあたっての苦労は?
初期の頃はどういったサービスか伝えることに非常に苦労した時期がありました。腸内フローラ自体が新しい世界だったので、認知もそこまでなかったですし、検査を基に何をするのかという世の中の期待値が醸成されるまではサービスの意義を伝えるのが結構大変でした。
「腸活」という言葉が登場したり、腸内環境が人の健康を決めているとか、例えば免疫の状態に作用するとか、最近だとストレスに作用するとか耳にする機会も増えてきていると思うんですけど、そういう情報が人々の間に形成されてきつつあるので、以前より市場が広がってきた印象があります。
――人々にエビデンスが伝わらなかった?
初期は基となるデータの数も少なかったので、サービスに反映できることが少なかったのもあります。やりながら商品そのものを磨き上げて、溜まったデータを基に言えることや表現できることを増やして商品をブラッシュアップさせていきました。ぐるぐる回って改善に改善を重ね今に至ります。
――どんな課題認識がありますか?
疾病予防という概念があります。国の財政負担の話をすると、「社会保障費や医療費が膨大で何とか減らさないといけないから予防が大事」。ここまでは皆さん誰しも考えると思いますが、では予防はどのようにしていくんだと思った時に、やっぱり簡単にはできないんですよね。
0次予防の概念を社会実装していくためには、人々の日常にどうやって溶け込ませるか、自然に使えるようなものをしていくか、そういう習慣を身につけられるようなものにしていくかというのが大事だと思っています。
――課題解決のためには?
我々は0次予防と言っていて、例えば、日常の生活習慣行動に染み込ませられるような、暮らしに根付き、人々が自然と健康になる社会のことです。この「0次予防」を唱えて、事業を行っています。
腸と腸内細菌に着目しているのが、まさにこれが理由です。腸は食べ物が毎日、皆さんの体の中を通って栄養が吸収される入口ですし、全身のあらゆる疾患や不調とも関連しています。腸内細菌をはじめとする常在細菌叢と心身の健康・疾患リスクとの関連を解明していくことで、全ての人々の日常に個別最適な解を提供したいと考えています。
――公的機関との関わりは?
0次予防を普及させていくにあたって、やっぱり社会をどう作っていくか。個人が努力してやる部分もありますし、個人を取り巻く部分にどう介入していくか、エコシステムをどう作っていくか。そういう部分も非常に重要だと思っています。
今チャレンジしている、自治体と協力して行った腸活の取り組み事例が実際にあって、大阪府泉大津市と2024年度に実施させていただきました。
これは市の予算ですが、もっと普及すると一般市民の方が経済的負担をあまりかけずに腸内フローラ検査を受けられるきっかけになると思います。
あるいは、職場で働いていらっしゃる人の健康作りに雇用主が関心を持っていただく。人がどんどん足りなくなる時代ですから、人的資本経営の重要性はますます高まっています。職場だったり、その人を取り巻く環境が、自然と健康になれる環境づくりに必要であると思っています。そのエコシステムをうまく作っていきたいと思っています。
――福利厚生として企業が導入?
今、少しずつ導入いただいています。攻めの経営ツールとして、企業には人材強化や人的資本の観点から、職場でも関心を持っていただけるようにしたいと思っています。
――成功体験は?
グロースのきっかけが掴めたことですね。最初は、とにかくオンラインで販売するところからチャレンジして一瞬うまくいきそうになったんですが、すぐに成長が息切れしはじめて、次になにか新しい販路を見つけなきゃいけない状態になった時がありました。
その時に、健康診断や人間ドックなどでうまく採用していただきました。保険は効かないため、完全に自費診療ですが、年に一度健康診断で、検査を受けていただくサイクルが出来上がりました。それが最初の成功体験だったと思います。
利用例が増えてくると、今度は企業が自分たちもこういう検査をしたい、我々の技術を使って自分たちで検査を作ってプロモーションできないかという相談をされるようになりました。
2年前からカルビーさんと一緒にやっているんですが、グラノーラをレコメンデーションする時に、腸内環境を調べてパーソナライズするという事例を作って、世の中に広めてくださっています。
我々が蓄えたデータをうまく活用していただいた例でもあるのですが、開発当時、数万人のデータをすでに保有していたので、腸内フローラのタイプ分けをお手伝いすることができたのです。そのタイプごとに最適なグラノーラを提案するというコンセプトを作りました。多くの人が知る有名企業が、我々の技術を採用してくれたことで腸内フローラ検査の認知も上がったと思っています。
――いろいろな展開が期待できる?
そうなんです。やっぱり食べ物に幅広く関与できるのが、腸や腸内細菌の魅力だと思っていて。実際に取引先は食品会社が多いですし、自治体とのコラボレーションでも、その土地の名産品や特産品と、コラボした腸活商材の開発など裾野を広げていきたいと思っています。
――興味深いデータは?
男女比較だと女性がちょっと多いです。女性が2に対して男性が1くらいで腸内細菌を調べて腸活をしていただいています。30代、40代、50代の女性の方が非常に多いです。
腸活というと、女性の方のアテンションの方が一般的には多いんですけど、実は3分の1は男性も使われるところが、面白いと私は思っています。
男性もご自身の健康を気にするとか腸内環境を気にするということが、マーケットの広がりを示しているんじゃないかなと思っています。
――目標は?
現在、18万人の検査なんですけど、これをもっと広げて早く桁を1個増やしたいです。そういうステージに進んでいきたいですが、先ほど0次予防と言ったように、どのように人々の日常に浸透させるかというのも非常に大事。
「検査を使った結果何をする、自分自身の行動がどう変わった、さらに2回目の検査をして検査値が変わった、それを実感した」。そういう風に実際に健康になる行動を実践して、成功する方をもっと何十万人と作りたいと思います。
そうやってサービスを普及させ、0次予防という世界観を広げていきたいと思っています。
――今後の短期的な展望と、中長期的な展望は?
短期的には、とにかく利用者の方を増やして、沢山の方に使っていただきたいと思っています。今、特に関心を持っていただいている30代~50代の女性のみならず、もっといろんな用途があり得ると僕は思っています。
メンタルケアとか、筋トレやマラソンをしている人のコンディショニングとか、ターゲットをどんどん広げていきたいと思います。
その結果、腸を基点に自然と健康になっていく人が、何百万人・何千万人と広がるような世界観を長期的な展望として描いています。
――最後に伝えたいことは?
なぜ0次予防に着目しているかと言うと、皆さんに健康になっていただきたいからなのですが、その結果医療費が減り、社会全体に好循環ができる世界観が本当に示せたらいいなと思うんです。
我々は、公的保険ではないところでビジネスをしているので、その市場がもっと広がって、予防にお金を使うのが普通なんだという状態を作りたいです。自分の財産を守る感覚で、健康も蓄えていくような価値観が広がるといいなと思っています。
病気になったら病院で受診し、公的保険でまかなわれて薬はもらえますが、その手前で健康を蓄える文化が広がると、我々が目指す0次予防社会の実現も近づいて来るのではないかと思っています。
(文=Takuya Nagata/作家、社会開発家、テクノロジー・エキスパート)