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宇宙ビッグデータで地球を最適化…JAXA発スタートアップが切り拓く、課題解決ビジネス

2025.07.24 2025.07.28 10:39 ディープテック・アカデミア

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●この記事のポイント
・JAXAから初めて出資を受けたスタートアップ「天地人」。衛星データを活用し、社会インフラや農業、脱炭素の課題に挑んでいる。
・同社の代表的なプロダクトは「天地人コンパス」。衛星データを活用し、水道の漏水リスクを予測したり、最適な田んぼを見つけて高品質米を育てたりすることができる。これまでに40自治体で導入され、厚労大臣賞も受賞している。さらに、風力発電の適地探しや、カーボンクレジットへの応用も進行中。

 日本のスタートアップシーンにおいて、宇宙という壮大なフロンティアを舞台に、社会課題の解決に挑む異色の企業が注目を集めている。株式会社天地人(以下、天地人)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から初の出資を受けたベンチャー企業として、衛星データを活用した事業で急成長を遂げてきた。

 今年7月には、日本最大級のスタートアップイベント「IVS 2025 LAUNCHPAD」で準優勝を果たし、存在感を一気に高めた。COOの樋口宣人氏は「いつも見学していた立場からファイナリストに選ばれたことは、資金調達においても非常に効果的」と語る。数百社に及ぶ応募から勝ち上がった経験は、天地人が挑戦する意義を社内外に示す大きな転機となるだろう。

目次

創業の原点──技術ドリブンではなく、課題ドリブンの発想

 天地人の原点は、2017年に内閣府宇宙開発戦略推進事務局が主催した「人工衛星データを使ったビジネスアイデア」のピッチコンテスト。そこで出会ったのが、JAXAの職員である百束泰俊氏と、衛星データの社会活用に関心を持っていた櫻庭康人氏だ。彼らの出会いが、天地人の始まりとなる。

 注目すべきは、天地人が会社設立(2019年)以前から、2018年度の宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster」でANAホールディングス賞、JAL賞、審査員特別賞の三冠を達成していた点だ。「まだ事業化前にしてこの成果。JAXAの『衛星データの民間利用を推進したい』という意図とも合致していた」と樋口氏は振り返る。

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COOの樋口宣人氏

 同社が掲げるビジョンは、単なる宇宙技術の活用ではない。社名の「天地人」が象徴するように、「天」=宇宙ビッグデータを、「地」=地上の課題に応用し、「人」=暮らしを豊かにするという、社会実装を見据えた設計思想がある。

 樋口氏は「多くの宇宙ベンチャーが技術主導で進む中、我々は“課題ドリブン”で進んでいる。衛星データは手段であり、解決したいのは気候変動やインフラ老朽化などの実社会の問題です」と強調する。

「天地人コンパス」で実現する課題解決型プロダクト群

 天地人の主力プロダクトは、衛星データを可視化・解析・提供するWebGISサービス「天地人コンパス」だ。これを基盤に、主に3つの事業領域でソリューションを展開している。いずれも、社会インフラ・農業・脱炭素といった極めて公共性の高い領域にフォーカスしている点が特徴だ。

1. 宇宙水道局──水道インフラを宇宙から可視化

 漏水事故が年間2万件以上発生する日本の水道インフラ。少子高齢化や気候変動の影響もあり、持続可能性が問われている。

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 天地人の「宇宙水道局」は、衛星データによって地表面温度・土壌・地盤変動などの情報を解析し、AIで漏水リスクの高い管路やエリアを特定。電子化された給水台帳と連携し、リスクを5段階評価で表示できる。

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 人口10万〜20万人規模の導入自治体では、漏水発見効率が6倍、調査費用が79%削減されたという。すでに40自治体が導入(2025年7月現在)。同サービスは厚生労働大臣賞や宇宙開発利用大賞も受賞しており、その有効性は社会的にも高く評価されている。

2. 宇宙ビッグデータ米──気候変動下の農業改革

 高温障害による米の品質低下が深刻化する中、天地人は米卸で国内大手の株式会社神明と、スマート水田サービスを提供する農業ITベンチャー株式会社笑農和と協業し、「宇宙と美水」というブランド米を栽培している。衛星データで最適な栽培地を特定し、IoT給水システムと連携して冷水管理を自動化する。

 2024年の猛暑でも、同ブランドは一等米品質を維持。農業×宇宙の先進モデルとして注目を集めている。農業事業者や自治体と連携し、今後は他の品種や地域にも展開を拡大する方針だ。

3. 脱炭素支援──風力・水田・カーボンクレジットへ

 再生可能エネルギー領域では、風力発電の適地検索支援に加え、水田からのメタン排出量を推定する特許技術も開発中。これにより、農業分野でのカーボンオフセット市場の創出を目指す。

 将来的には、森林・畜産・都市インフラにおける炭素量計測も計画中だ。

「宇宙を身近に」する人材と組織戦略

 出資を通じてJAXAからは多方面にわたる支援を受けており、特に衛星開発やデータ活用に関する高度な知見を活かせることが大きな強みとなっている。

「我々が目指しているのは、宇宙データの民主化。Googleマップのように、誰でも自由に衛星データに触れられる世界です」と樋口氏は語る。「天地人コンパス」はその理念の体現だ。さらに、広範かつ長期間にわたって取得された衛星データを活用し、インフラの50年スパンの変化を可視化することで、街や地域の未来の姿の予測も可能にしている。

IPO、自社衛星、そして垂直統合へ──未来の構想

 創業から6年で売上を18倍に拡大し、現在9カ国に進出中の天地人。2027年には自社衛星「Thermo Earth of Love」を打ち上げ、地表面温度の観測を強化する計画を進めている。これは、地球温暖化の進行やインフラ老朽化の兆候を早期に把握するために極めて有効な指標だ。

 また、インフラ領域では水道管だけでなく、道路や地下構造物などを含めた都市インフラのデータ統合を構想。「街や地域の暮らしを支えるインフラを横断的に捉え、老朽化診断や重要度優先度の評価ができるような“都市OS”の構築に挑戦したい」と樋口氏は語る。国土交通省の掲げるインフラマネジメント構想とも親和性が高く、多様なプレイヤーとの連携が今後の鍵を握る。

 天地人の挑戦は、「宇宙から地上の課題を見る」という視座を持ち、データと社会の接点を丁寧に設計することで、新たなビジネスモデルを創出してきた。スタートアップが社会実装に向かうために必要な”課題解決力”とは何か──天地人の軌跡は、その問いに対する力強いヒントを与えてくれる。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)