注文から10分で配達…Amazonすら凌駕するZeptoの驚異的な物流網
クイックコマース(即時配送)という新たな生活インフラを、インドで文字通り「10分」で実現してしまった企業がある。スタンフォード大学を中退した二人の若者によって創業され、設立からわずか2年でユニコーン企業となったインド発のスタートアップ「Zepto」だ。
今、Zeptoが築こうとしているのは、AmazonやFlipkartといった既存ECの支配構造すら書き換えるほどの、圧倒的なユーザー体験と物流オペレーションである。本稿では、Zeptoの急成長の背景とインド市場の構造、競争優位性、そして将来戦略について、詳述する。
1. Zeptoとは──若き創業者が築いた「10分経済圏」
Zeptoは2021年、インド・ムンバイにて設立されたクイックコマース企業である。創業者はアーディット・パリチャ(Aadit Palicha)とカイヴァリヤ・ヴォーラ(Kaivalya Vohra)の2名。両者共にスタンフォード大学のコンピュータサイエンス専攻で、わずか19歳で大学を中退し、地元インドに帰国して起業の道を選んだ。
もともと両者が手掛けていたのは、地元のキラナ(インドの小規模雑貨店)をデジタル化する「KiranaKart」という事業であったが、スケーラビリティに欠けたため、早期に方向転換を決定。従来のオンライン食料品ショッピングは、長い待ち時間やサプライチェーンの遅延に悩まされることがよくあり、都市部の交通渋滞や物流上の問題によってさらに状況が悪化していたことから、平均配達時間がわずか10分から20分という、驚異的な速さで配達できるサービスを構想した。
自社で「ダークストア(非公開型小型倉庫)」を都市部に多数配置し、徹底したロジスティクス設計により「注文から10分で配達」を実現するZeptoモデルを構築するというものであった。
ハイパーローカルコミュニティにおける配送モデルを構築するという難度の極めて高い事業に苦労しながらも、COVID-19の追い風もあり、事業は急成長。特に、新鮮な食料品を記録的な速さで自宅まで届けてくれる利便性と柔軟性を求める、都市部に住むエンジニア、コンサル等のハイテクな消費者、共働き世代等にサービスは深く刺さった。
この大胆なピボットは見事に的中し、2022年にはシリーズDラウンドで約2億ドルを調達。2023年8月、シリーズEラウンドで3.3億ドルを新たに調達し、企業評価額は14億ドルに達した。創業からわずか2年でユニコーンの仲間入りを果たしている。
2. インドのクイックコマース市場──既存ECを侵食する新潮流
インドのクイックコマース市場は、2021年時点で約7億ドルとされていたが、2025年には71億ドルに達する見込みである(RedSeer調べ)。年間平均成長率(CAGR)は驚異の164%を記録しており、これは世界でも突出した成長速度である。
この背景には、以下のようなインド特有の市場構造がある。
●平均年齢28歳、6億人以上の都市部人口
●急激に浸透するスマートフォンとデジタル決済
●都市部を中心とする渋滞とインフラ未整備による「外出ストレス」
●信頼性に欠けるキラナの在庫・価格管理
これまで主流だったAmazonやFlipkartといった従来型ECは、2〜3日の配送を前提としており、即時性には弱い。特に生鮮食品・日用品といった「今すぐ必要」な商品群においては、Zeptoのようなクイックコマースの登場が市場を根底から変えつつある。
なお、競合他社としてはBlinkit、Swiggy Instamart、BigBasket Nowなどが存在するが、エリアによるサービス品質のばらつきはあるものの配送時間とUI/UXでのリードにより、Zeptoがインド全土で先行しているのが現状である。
3. Zeptoの競争優位性──高単価テック × 低単価オペレーションの分業構造
Zeptoの成長を支える構造的な強みは、エンジニアリングとオペレーションの高度な統合体制にある。
Zeptoのプロダクトチームは、アメリカのFAANG出身者やIIT(インド工科大学)卒のトップエンジニアで構成されており、ルート最適化、在庫アルゴリズム、商品レコメンドエンジン、リアルタイム位置追跡といったテクノロジーを自社開発している。一方で、配送を担うオペレーターの人件費は1時間あたり50〜100ルピー(約90〜180円)程度と極めて低く、人口構造と賃金ギャップを巧みに利用した分業構造が成立している。
この「高単価で緻密に設計されたプロダクト」が「低単価で大量に動くオペレーション」を高度に統合するモデルこそが、Zeptoのスケーラビリティの源泉である。
さらに、事業の肝となるダークストアのロケーション選定もAIを用いて最適化されており、都市ごとに500〜1000メートル圏内での即時配送が可能なネットワークが構築されている。
4. 圧倒的なユーザー体験──注文から10分、無料で届く「魔法の買い物体験」
Zeptoのアプリを開くと、位置情報に基づいて最寄りのダークストアの在庫商品が表示される。ユーザーは商品を選び、決済を完了すると、その時点から10分以内に配達員が玄関まで届けてくれる。
筆者は、いつも炭酸水8本程度まとめ買いと果物を注文するのだが、購入金額が200ルピー(約340円)を超えると送料が無料になる(通常配送料は約30ルピー(約50円))。
日本では、Uber Eats等で宅配を依頼する場合、商品代金、配送料が割高で、都市部においては、コンビニの店舗網が張り巡らされている面もあり、気軽なクイックコマースの利用は憚られる。
他方、インドでは商品代金は割安で配送料が無料のため、発注しない理由が排除される。約300円で「今すぐ欲しい飲料水とスナック、果物」が、自宅に無料で届くという驚異的なUXを実現している。
また、ZEPTOは売上構成の約7割が野菜、果物ではあるが、筆者は以前イヤホンも購入している。このように薄利多売の生鮮品から、高単価、高利な電化製品へシフトするべく、品揃えの拡充を進め、売上、利益率を向上させる動きを見せている。
実際にCEOのアディット・パリチャ氏はメディアの取材に対し、「食料品と非食料品の収益が50:50に分割される日もそう遠くない」と語っている。今後の製品拡充、配送、保管品質管理の動きに注目したい。
5. 今後の展望──IPOと全国展開、その先へ
Zeptoは2025年のIPO(新規株式公開)を視野に入れており、現在は収益性への転換を急いでいる。2024年初頭にはムンバイ、バンガロール、デリーといった大都市で黒字化を達成。今後はTier 2都市への展開と同時に、広告・データプラットフォーム事業への進出を計画している。
また、配送インフラとアプリユーザーを活用し、保険、医薬品、ファイナンスといった周辺領域への多角化も視野に入れている。インド政府も、DPI(デジタル公共インフラ)の整備を背景に、こうした即時性のある流通網の整備を後押ししており、政策的な後押しもZeptoに追い風となっている。
Zeptoが切り拓く「秒で届く経済圏」
Zeptoは、単なる「クイックコマース」企業ではない。インドという巨大な成長市場かつ待ち時間が大量発生する国の中で、「10分」という時間軸を商品に変え、その価値を徹底的に磨き込んだオペレーションで解決する新しいインフラ業者である。
アメリカ、日本では成立し得ないスピードと価格を、インドの都市構造と人口ダイナミクスを活かして構築した点で、その事業モデルは唯一無二である。
定量的に観ても、同社は、わずか3年半の期間で約15万件の雇用を創出し、インド全土で数千人の人々の生活を支えてきた。また、年間100億ルピー以上の税収を計上し、10億ドル以上の外国直接投資(FDI)の誘致も実現している。これを実現したのが、若干24歳の大学を中退した2人の若者なのだから、米国、欧州の金融資本家がインドのスタートアップエコシステムに熱心線を向けるのも頷ける。
Zeptoの成功は、インド消費社会への貢献、利便性向上だけではなく、インドスタートアップ界の未来そのものを映し出している。今後、Zeptoの「秒で届く経済圏」がどこまで広がるのか。ヘビーユーザーのひとりとして、その奇跡的な軌跡を近くで見守りたい。
(文=川本寛之/native. 株式会社Founder兼CEO)