Figmaが“デザインツール”を超えた理由:製品開発のOSになるまでの全戦略

●この記事のポイント
・Figmaは、共同創業者ディラン・フィールド氏の「想像と現実のギャップをなくす」というビジョンのもと、ブラウザ上で共同編集可能なデザインツールとして誕生。孤立した作業環境を変革し、URL共有によるバイラル性で急速に普及した。
・現在はFigJamやDev Modeなどを揃え、アイデア創出からリリースまで製品開発全体をカバーする「OS」的存在へ進化。ユーザーの76%が複数製品を利用し、高いNRRとARR成長を実現。
・市場規模は330億ドルで、AI機能「Figma Make」などを通じて非エンジニア層にも拡大中。競争は激化する中、製品開発の民主化を牽引している。
「私たちの創業以来のビジョンは、『想像と現実のギャップをなくす』ことだ」
Figmaの共同創業者兼CEOであるディラン・フィールド氏が語った言葉だ。かつてAdobeによる200億ドル(当時のレートで約2.8兆円)という巨額買収が発表されながらも、規制当局の反対で破談となり世界の注目を集めた同社が2025年7月1日、ついにニューヨーク証券取引所への上場を申請した。
Figmaというサービスについては、少しでもデザイン制作のプロセスに関わったことがある方なら耳にしたことがあるだろう。オフライン環境で個々のデザイナーが巨大なファイルをメールでやり取りするという分断されたデザインの世界を、「ブラウザ上での共同編集」という概念を持ち込むことにより変革した企業だ。

S-1資料で明かされたFigmaの直近12カ月の売上高は8.2億ドル。日本円にして1000億規模をゆうに超える巨大さでありながら、前年同期比46%増という驚異的な成長率を誇る。粗利率は91%で、既存顧客からの売上高の拡大率は134%という極めて高い収益率も維持している。
本稿では、Figmaが単なるデザインツールに留まらず、なぜ製品開発に関わるユーザーとって不可欠な「OS」のような存在へと進化できたのか、その強さの秘密をコミュニティとプラットフォーム戦略から解き明かす。
目次
- 創業ストーリー: 孤独なデザイン作業からの解放
- 製品のライフサイクル全てをカバーする豊富なラインナップ
- 共同編集のためのURL共有が生むバイラルな「PLG」
- 市場規模と将来展望: AIが拓く「10億アプリ時代」の覇者となるか
創業ストーリー: 孤独なデザイン作業からの解放
Figmaの物語は2012年、ブラウン大学の学生だったディラン・フィールド氏とエヴァン・ウォレス氏の出会いから始まる。当時、デザインの世界は「分断」されていたと彼らはみる。
デザイナーはもともと複数の専門的なツールを駆使して作業するのが当たり前だった。共同作業をしようにも、リアルタイムで同時編集できるようなツールはなく、ファイルの共有は「Draft_Final_V2_FINAL_v13」といった名前の付いた巨大なファイルをメールで送り合う、極めて非効率なものだった。

Google Docsのようなブラウザ上での同時作業に慣れ親しんだ世代である二人は、この「孤独な作業」を根本から変えようと考えた。そこで彼らが着目したのが、ブラウザ上で高性能なグラフィックスを描画できる「WebGL」という技術だ。3年に及ぶ開発期間を経て、史上初のブラウザ上で共同編集が可能なデザインツール「Figma」を世に送り出した。
当初の反応は芳しいものではなかった。多くのデザイナーは「透明性の向上がマイクロマネジメントや創造性の喪失につながる」と、他のメンバーが容易に作業に介入できるようになることに抵抗を示した「もしFigmaがデザインの未来なら、自分はキャリアを変える」とまで言う人もいたという。
それでも、実際にFigmaを使い始めたデザイナーたちは、ブラウザ上で共同作業する楽しさと圧倒的な効率性に気づき始めた 。URL一つでデザインを共有できる手軽さは、チーム内のコラボレーションを促進し、Figmaは世界中の企業やコミュニティに急速に広がっていったのだ。
製品のライフサイクル全てをカバーする豊富なラインナップ
Figmaの優れた点は、単に優れたデザインツールを提供したことだけに留まらない。彼らは製品開発のワークフロー全体、すなわちアイデア創出から、デザイン、ビルド、そして製品のリリースまでを一気通貫でサポートするプラットフォームまで進化したことにある。
下記のように製品のライフサイクル全てを網羅するラインナップが揃っている。
Ideate & Align:「FigJam」と「Figma Slides」。製品開発の最も初期段階であるブレインストーミングやチーム内の合意形成を担う。Miroのような共同作業ツールと競合する領域だ。
Visualize:「Figma Design」と「Figma Draw」。Figmaの中核事業。具体的なデザインやプロトタイプ、アイコンなどを制作できる。
Build:「Dev Mode」。デザインをコードに変換することができ、デザイナーとエンジニアの垣根をなくし作業を効率化する。
Ship:「Figma Sites」と「Figma Buzz」。Figma Sitesはウェブサイト制作(WebflowやFramerと競合)、Figma Buzzはマーケティング用のデザイン素材(Canvaと競合)作成ができる。
プラットフォームの真の価値は、個々の製品の機能性だけでなく、それらがシームレスに連携することにある。例えば、FigJamで作成した付箋はFigma Slidesのプレゼンテーションに流動的に変換されるなど、制作したコンテンツは製品間を自由に行き来できる。複数のツールを使い分ける際の摩擦がなくなり、Figmaが唯一の「信頼できる情報源」としての地位を確立する。この統合こそが、Figmaのプラットフォームとしての堀(Moat)の基盤をなしている。

実際に顧客の76%は2つ以上の製品を使用しており、クロスセル戦略が成功していることがわかる。結果として、大口の既存顧客が生み出す売上高の拡大率を意味するNRR(Net Dollar Retention Rate)は132%と驚異的な水準にある。要するに、前年と比べてFigmaに支払う費用を3割も増やしているのだ。
共同編集のためのURL共有が生むバイラルな「PLG」
Figmaのもう一つの強みは、そのプロダクト主導の成長(Product-Led Growth、 PLG)モデルと、それを支える熱狂的なユーザーコミュニティにある。Figmaの月間アクティブユーザー(MAU)は1300万人を超えるが、そのうち3分の2はデザイナー以外の職種(プロダクトマネージャー、開発者、マーケターなど)だ。
デザイナーがFigmaを使い始めると、共同作業のために開発者やPMをファイルに招待し、自然と組織内で利用が広がっていく。このバイラルな性質こそが、Figmaの効率的な顧客獲得の原動力となっている。
個人のデザイナーが無料の「Starter」プランを使い始め、やがてチームが「Professional」プランにアップグレードし、最終的には組織全体が「Enterprise」プランで標準化する理想的な流れができているわけだ。実際、新規のエンタープライズ顧客の約70%は、元々は小規模チーム向けのプロフェッショナルプランのユーザーだった。

バイラル戦略の巧みさは、価格体系の変更にも表れている。2025年3月、従来の製品中心(Figma Designのシート、FigJamのシートを個別に購入)の料金設定から、ペルソナ中心(デザイナー向けの「Full」シート、エンジニア向けの「Dev」シート、PM向けの「Collab」シートなどを購入)へと移行した。
それまで開発者やPMがFigmaを利用するには、過剰なフル機能のデザイナー向けシートを購入する必要があり、これが組織内でのシート数拡大の障壁となっていた。役割に特化した手頃な価格のプランを設けることで、企業は数十人規模の開発者やPMに有料アクセスを提供することへの抵抗が格段に下がった。結果として、既存アカウント内の有料シート数の劇的な増加につながった。
このプラットフォーム戦略の強力さは、顧客単価の向上を示すARR(年間経常収益)のコホート分析を見れば一目瞭然である。一度Figmaを導入した顧客は、年々利用額を増やし続けている。
例えば、2020年に顧客となった層のARRは、最初の年の4.7倍にまで成長している。組織内で利用するチームや人数が増えるだけでなく、より多機能な上位プランへのアップグレードや、新しいプロダクトの追加購入が進んでいることを示している。顧客の成功と共にFigmaの収益も成長する、理想的な関係が構築されているのだ。
市場規模と将来展望: AIが拓く「10億アプリ時代」の覇者となるか
Figmaがターゲットとする市場は、ソフトウェアデザインに関わるグローバルな労働人口から算出して、現在330億ドルにのぼると見積もられている。市場調査会社のIDCは、生成AIの進化により、2028年までに世界で10億以上の新しいアプリケーションが生まれると予測しており、デジタル製品を構築するためのプラットフォームとしてのFigmaの重要性はますます高まりそうだ。
月間アクティブユーザーの85%が米国外であるのに対し、収益に占める割合は53%に留まっている。まだまだグローバル全体、特にヨーロッパやアジア太平洋地域においてはマネタイズの伸びしろがありそうだ。大口顧客の比率にも成長の余地がある。
今後の成長戦略の柱の一つがAIへの積極投資だ。プロンプトからプロトタイプを自動生成する「Figma Make」の投入はその第一歩であり、非エンジニアでも簡単にソフトウェアを生成できる世界を目指す。

もちろん、競争環境は熾烈だ。AdobeはFigmaの買収に失敗したものの、独自のAI機能を強化し猛追している。Canvaのようなより簡易なツールや、特定の機能に特化したスタートアップも次々と登場している。AIがデザインや製品制作そのものをコモディティ化させる可能性もある。
今やデザイン領域にとどまらず、製品開発プロセス全体の民主化を目指すFigmaが今後どのような成長を遂げるのか。引き続き注目したい。
(文=干場健太郎)


