免疫×遺伝子×生活習慣を統合し“病気の未来”を予測…予防医療と創薬リアルワールドデータの「未踏市場」

●この記事のポイント
・免疫・遺伝子・生活習慣データをAIで統合し、がんや認知症など従来予測が困難だった疾患リスクを可視化する新しい“予測医療”モデルが注目を集めている。
・治験の高コストや開発長期化に悩む製薬企業に対し、希少性の高いデータを大規模に提供できる点が強み。国内10万、米国1500万規模の市場を狙えるユニコーン級モデルだ。
・高齢化と医療費増大に直面する中、予測医療は「病気を未然に防ぐ」社会基盤になり得る。データを社会資産化し、医療経済を再設計する可能性を秘めている。
「予防が大事だと言われますよね。でも、がんや自己免疫疾患、認知症は健診ではわからない。私はそこにずっと違和感を持っていたんです」
Edgewater代表・福澤雅彦氏は、独特の静かな語り口で核心を突く言葉を置いた。免疫、遺伝子、生活習慣という3つのデータを統合してAI解析し、将来の免疫状態から疾病リスクを予測する──。同社の取り組みは、ありそうでなかった医療データの統合モデルであり、医療費増大に直面する社会の構造問題に切り込む野心的な挑戦でもある。
本稿では、福澤氏のコメントを交えながら、Edgewaterの事業構造、ユニークさ、そして“ユニコーン級”と評される理由を紐解く。
●目次
- 健康診断ではわからない病気をどう予測するか
- “免疫は扱いが難しい”という常識をどう突破したか
- なぜ製薬会社はEdgewaterのデータに“期待する”のか
- 異例の収益構造、本丸はアメリカ市場
- “65歳以上のデータ”こそ社会を変える資産になる
- 経営者への提言:「未来を予測することは、健康を“買う”行為だ」
健康診断ではわからない病気をどう予測するか

福澤氏が繰り返し強調したのは、予防医療の前提条件としての“予測”の欠落だ。
「誰もが『予防は大事だ』と言うけれど、実際には予測できていない。血圧や血糖値が高ければ将来高血圧症や糖尿病の疾病リスクは読めます。でも、がんや認知症は健診では一切わからない。この“空白”を埋めるデータが、そもそも世の中に存在しなかったんです」
そこで同社が着目したのが、
①遺伝子(遺伝的要因)
②免疫(現在の生態応答)
③生活習慣(環境・行動要因)
という3種類のビッグデータだ。
「この3つを統合して初めて“未来の免疫状態”が予測できる。静的な遺伝子とは違い、動的な免疫は日々変動し、まさにリアルタイムの健康状態を把握できる。これら免疫、生活習慣が環境要因として重要で、これらをAIで組み合わせることで、ようやく予測の土台ができるんです」
Edgewaterは、この統合解析モデルに関する画期的な特許を取得。「今まで誰もできなかった予測医療の方法論」をつくり出した。

“免疫は扱いが難しい”という常識をどう突破したか
免疫データは変動が大きく、扱いが難しいとされる。この問いを投げかけると、福澤氏はこう答えた。
「この免疫の変動が病態の本質や治療効果の予測に重要な情報を含んでおり、従来の統計解析では、免疫の大きな変動は『ノイズ』として扱われ、分析を困難にしていました。しかし、AI解析はこの課題を克服し、個別化医療において不可欠な要素となります」
T細胞、B細胞、NK細胞など、複数の免疫細胞の“免疫プロファイル”を構築し、そこに遺伝子情報・生活習慣を統合することで、疾病リスクの兆候を推定できるという。
対象疾患は、自己免疫疾患、がん、生活習慣病、認知症など幅広い。
「免疫が関わらない病気は基本的に存在しない。だから将来的には、ほぼすべての疾患が対象になり得る」
Edgewaterは、国内最高峰の自然科学研究機関と言われる理化学研究所の自己免疫疾患チームと共同研究契約を締結しており、山本一彦先生の知見を基盤として研究を推進している。
なぜ製薬会社はEdgewaterのデータに“期待する”のか
Edgewaterのビジネスモデルの肝は、BtoCの健康サービスではなく、製薬会社の創薬開発向けデータの提供にある。
福澤氏は、製薬業界の現状をこう分析する。
「国内の製薬会社の研究開発費は欧米の4分の1。研究には9〜16年かかり、成功確率は2万5000分の1、新薬開発には平均3000億円かかるんです。国内の製薬会社がいま最も求めているのは、大きなお金を掛けずに詳細なゲノム・免疫・マルチオミクス等のリアルワールドデータを活用して新薬を開発する事なんです」
しかし、現在流通するリアルワールドデータ(Real World Data/日常生活から得られる健康や医療に関連したデータ )は、レセプトや電子カルテに限られ、創薬に必要な免疫・遺伝子情報を欠いた低解像度データ。一方、大学と連携した臨床試験では莫大なコストと時間がかかり、得られる症例数も数百例規模が限界であり、AIによるビッグデータ解析には不十分だ。
「臨床試験の場合、医療機関を通さずに免疫・遺伝子データを同時に取ることはできない。しかし我々の方法なら、個人が“ヘルスケア”として同意し、郵送検査で取得できる。だから1/10のコストで、数千〜数万例を短期間で集められるんです」
これこそが、既存リアルワールド(RWD)プレイヤー企業では絶対に提供できない差別化ポイントだ。
さらに、同社はこの仕組みそのものを国内で特許化している。「特許で守られているから、同じことは誰もできない」のだ。
異例の収益構造、本丸はアメリカ市場
福澤氏は、ユニコーン級の事業には「単価を上げるか、数を増やすか、もしくはその両方が必要だ」と語る。
「スタートアップの創業者は誰しもユニコーンを一度は夢見る。しかし、数千円の商品で1000億円の売上を作るのは非常に厳しい。製薬企業向けなら、1件のデータ価値は数十万円にもなる。これはもう“単価”が違うんです」
具体的には次の構造だ。
1.某遺伝子検査会社と提携
2.某社の遺伝子検査実施ユーザーに“免疫検査を無料”で案内
3.希少価値の高い統合データセットを構築
4.これらをAI解析する事で様々なインサイトを構築
5.これらのデータ&AIインサイトを製薬企業が購入(高単価×巨大量)
つまり、BtoCで集客せずとも、“すでに存在する遺伝子検査ユーザー”を活用できる。
福澤氏は「遺伝子検査を受ける人は健康意識が高く、自分の将来の病気のリスクを知りたくて遺伝子検査を実施したが、結果は『必ず病気になるとは限らない』。従って、追加で無料の免疫検査を受ける事で、精度高く自分の病気になる可能性を知れるのは歓迎であり、参加率は非常に高くなる」と断言する。
さらに、海外ではこのモデルの価値がすでに証明されている。2018年、米国のDTC遺伝子検査会社「23andMe」は500万人の遺伝子データをグラクソスミスクライン(GSK)に450億円で提供した。
「同じ構造を“免疫×遺伝子”で作れば、価値はさらに高まる」
福澤氏の視線は、はっきりと海外、とりわけ米国を向いている。
「23andMeには1500万人の遺伝子検査ユーザーがいる。日本の150倍です。幸いなことに、米国ではDTC免疫検査は全く普及していません。ここにアプローチできれば、市場規模もデータ量も桁違いになる」
そしてこれらのデータ購入者は、世界最大規模の米国メガファーマ群であり支払い能力は最大。
Edgewaterはすでに米国でこの技術を特許出願中。免疫検査キットをFDA承認の上、23andMeと交渉し、同社顧客向けに免疫検査を提供する構想を描く。
たとえば1500万人の1%が参加しただけで15万人。単価10万円なら、データ提供だけで150億円規模の売上になる。福澤氏は静かに語る。
「製薬企業は世界にたくさんあります。最初に行う日本での展開は実質的“PoC”となり、この結果を米国の製薬会社に示せば、本格的なスケールはアメリカで起こります」
“65歳以上のデータ”こそ社会を変える資産になる
福澤氏はMSD(メルク)に27年在籍し、1999年MSDの完全子会社だったPBM(Pharmacy Benefit Manager)企業にも出向した経験を持つ。
「米国のPBMでは、処方データを膨大に集め“標準治療”を決めていた。まさにリアルワールドデータが医療を変えるのを目の当たりにした」
さらに、免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」の研究に触れた経験も大きかった。
「免疫は魔法のようだった。ウイルスが来ればある細胞が働き、別の病気には別の免疫が動く。これをデータ化すれば、未来の病気が読めるのではないか」
そして2020年、コロナ禍により当時行っていた医療コンサル事業が止まり、逆に構想を一気に形にする時間が生まれた。長年温めてきた「免疫×遺伝子×生活習慣の統合」という思想が、特許として結実した。
Edgewaterはビジネスとしてのスケールだけでなく、医療費削減という社会課題にも深く切り込む。
「企業の健保データは“健康すぎる”。本当に価値があるのは、65歳以上の“病気の変化が激しい層”のデータなんです」
高齢者が毎年免疫検査を受け、生活習慣データと紐づければ、病気の予測精度は飛躍的に向上する。
さらに、データ提供者にはポイント還元や年金加算など、社会的インセンティブを返す仕組みも構想している。
「医療データは社会資産になる。個人の健康が社会全体の価値になる仕組みを作りたい」
経営者への提言:「未来を予測することは、健康を“買う”行為だ」
最後に、経営者・スタートアップ創業者が抱える健康課題について尋ねると、福澤氏はこう語った。
「経営者は自分が倒れれば会社が止まる。富裕層向けに、遺伝子×免疫の統合検査を郵送で受けられるサービスも開始したい。予測医療は“未来を買う”行為になる」
個人だけでなく、企業の健康経営にも応用できる可能性は広い。社員のリスク把握や、生活習慣改善プログラムとも連携し得る。
福澤氏の言葉は最後まで一貫していた。
「病気を予測できなければ、予防はできない。方法論がなかっただけで、データを集めれば予測は可能になる。あとは社会実装するだけです」
免疫・遺伝子・生活習慣データの統合──。これは、予防医療の“理想”とされながら、誰も実現できなかった領域だ。
Edgewaterのアプローチは、医療費増大、高齢化、製薬開発の非効率性という社会課題に対し、“データから医療を再デザインする”という新しい産業モデルを提示している。
そして日本で生まれたこのモデルは、1500万人が遺伝子検査を受けるアメリカ市場でさらに巨大化する可能性を秘めている。
「これは医療のGAFAMモデルになる」
病気の未来を読む技術が社会をどう変えるのか。Edgewaterの挑戦は、その第一歩にすぎない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)


