山での新しい働き方に大いなる可能性…「山の仕事」をまとめて受託、依頼は増加の一途

山にかかわる仕事――そう聞いて、どのような仕事内容をイメージするかは人それぞれだろう。林業、山岳ガイド、山小屋の運営などが代表的だが、ほかにも動植物の生態調査や気象観測など、実に多岐にわたる仕事がある。そんな山における多様な仕事を、まとめて引き受ける“山のプロ集団”がいる。
株式会社山屋の創業者で社長の松見真宏氏に話を聞いた。

松見氏は、18歳頃から山登りを始め、山に関する仕事に就きたいと考えていた。大学では山の調査作業や林業、動物の生態などを学び、卒業後は木材会社に就職したものの、漠然と、より直接的に山に関わる仕事がしたいと考えるようになったという。
「もっと現場に近いところで山に関わりたいと思うようになったんです。ただその時は、山で実際にどういった仕事があるのか、どんな人が携わっているのかという知識も経験も足りないと感じていました。そこで退職後は、実際に山に入りながら、現場で作業を見学したり、手伝わせてもらったりして、フィールドワークを続けていました」
その過程で、登山道整備や歩荷(ぼっか)など、さまざまな仕事の存在を知り、それらを引き受ける事業を立ち上げることになった。
「山小屋は、短期や中期で雇用されている方が多く、その中で活躍した方が社員になったり、支配人になったりする道もあります。歩荷はというと、専業でやっている人は尾瀬地域などにいますが、基本的には依頼ごとに働くスタイルが一般的で人数はあまり多くありません。私も最初は知らなかったのですが、歩荷を本業とする人は少なく、多くはスキー場のスタッフや登山ガイド、山間の宿を営んでいる人が兼業で担っています」

山に関する仕事を総じて引き受けている山屋だが、請け負っている仕事は大きく分けて、調査、作業、運搬、そしてクリエイティブの4つに分類できる。
調査:森林調査、動植物の調査、地質調査など
作業:登山道の整備、草刈り、獣害対策など
運搬:山小屋への物資運搬、調査機材の運搬など
クリエイティブ:映画監修、プロモーション映像撮影、ロケ企画など
「最初は調査・作業・運搬の三本の柱でした。その後、山の風景映像を撮りたい、といったクリエイティブな依頼が入るようになりました」
仕事が増えていくなかで、意外な依頼もあったという。
「火山の観測施設を点検したいという相談がありました。火口の状況や大気の変化、地震などを包括的に監視する拠点があって、そこに同行し、機材を運搬してほしいと頼まれました。一緒に作業する人手が少ないので、我々のような存在が必要とされる機会が増えていて、観測設備の避雷針が雷で壊れた際には、建て替えの作業にも関わりました。避雷針を運ぶだけでなく、調査会社や設備の専門家と合同チームを組んで現場に入りました。
弊社では、案件ごとに必要なスキルを持ったメンバーを編成してチームを組むようにしています。最近では、専門業者とも連携しながら協業する働き方が定着しつつあります」
依頼主は、企業、官公庁、大学など様々で、最近では、専門性の高い依頼も増えているという。仕事の範囲は全国に及び、北海道から九州まで、様々な場所で活動。離島での仕事も増えている。このように、依頼主の要望に応じて、山に関する様々な仕事に対応できる点が、山屋の強みだ。
事業の成長と今後の課題

現在、約85人のメンバーが登録しており、その多くが山岳ガイドや調査員、動植物の専門家といった山の仕事に携わる人たち。登山が趣味の人が副業的に関わるケースもある。近年は「一緒に働きたい」という声も増えているが、営業担当を置いておらず、以前は松見氏自身が山に入っていたため、新しい仕事を引き受けていく体制が取れなかったという。
しかし、依頼の増加を受けて松見氏は現場に出るのを控え、数名の協働者と共に経営企画や営業に専念。今後、社員として働きたいという人が出てくる可能性も考慮し、準備を進めている。
山屋は2021年に法人化し、登録メンバーとは業務委託の形で協働している。各メンバーは独立した自営業者として活動しており、年間のスケジュールもそれぞれ異なる。そのため、山屋では特定の人材を常時抱えるのではなく、案件ごとに契約を結び、保険に加入するという柔軟な仕組みを採用している。
依頼が増えていくなかではあるが、松見氏は以下のような課題があると語る。
●ドローンやAIの活用が進む中で、人間の役割を見極める必要がある
●山の仕事に関わる人の高齢化が進み、人手不足が深刻化している
●相続問題などで所有者が不明な山林が増加し、管理が行き届かない土地が多い
「山屋の認知度がまだ低いという課題もあります。仕事の依頼主は、以前は民間企業が多かったのですが、メンバーの働きかけもあり、近年は官公庁からの依頼も増えています。ただ、行政からの依頼は、予算や入札などの手続きが必要となるため、調整が必要です。地元企業との協業や、予算内でできる仕事を探すなど、柔軟な対応が求められます。大学からの依頼も増えていますが、予算の制約がある場合もあります。様々な事情を考慮し、課題解決に向かって無理のない業務計画を提案するようにしています。
山屋のような事業形態はまだ一般的ではないため、『何を任せていいのか分からない』という声もありますが、まずは丁寧にお伝えし、信頼を得ていくことが大切だと感じています」
今後の展望について、「新しい技術を柔軟に取り入れながら、時代が変わっても必要とされる仕事を続けていく方針」という。
「山で働きたいと思う若い人が増えるように、情報発信や交流活動にも力を入れていきたいですね。山屋の取り組みを通じて、様々な山仕事の認知度を高め、持続可能な働き方として確立していけたらと思っています」
松見氏は将来的には、山で働くことの面白さや価値を広く社会に伝え、山に関わる人を増やしていきたいと考えている。そして自身の体験を伝えることで、“山で働く”という選択肢を若い人に提案している。
山屋は、山に関する様々な仕事をまとめて引き受けるというユニークな事業を展開している。組織体制や仕事内容、課題などを通して、現代社会における山仕事のあり方や、新しい働き方の可能性が見えてくるはず。松見氏の熱意やメンバーの多様なスキルが山屋の強みとなっており、今後も同社の社会的ニーズは高まっていくのではないだろうか。
(構成=UNICORN JOURNAL編集部)


