Dress Codeが描く「複合型SaaS」の未来…摩擦ゼロの経営とグローバル戦略

●この記事のポイント
・元ビットキーの江尻祐樹氏が創業したDress Codeは、ワークフォースマネジメントSaaS「DRESS CODE」を展開し、設立7カ月で14億円を調達。江尻氏のERP領域での豊富な経験を背景に、徹底して「無駄を省く」戦略で急成長を遂げている。
・製品の特徴は、SaaS間の“摩擦”をなくす「コンパウンド」型設計で、職種に応じたアカウント管理やデバイス調達の自動化を実現。経験豊富な「二周目人材」が率いる少数精鋭体制で、初期からアジア市場への展開も視野に入れる。
元ビットキーのシリアルアントレプレナー、江尻祐樹氏が創業したワークフォースマネジメントプラットフォーム「DRESS CODE」を提供するDress Code株式会社(ドレスコード)。設立からわずか7カ月で約14億円のシードラウンド資金調達を成功させ、日本およびアジアで130社を超える導入実績を誇る同社は、なぜこれほどの急成長を遂げることができたのか。江尻氏の言葉を交えながら、その「ゼロイチ」戦略と未来への展望に迫る。
目次
- 「ゼロイチ」の舞台裏:無駄を排除し、本質に集中する
- 顧客を惹きつける「体感的なペイン」と「組み合わせの価値」
- 14億円調達を可能にした「ドメインがシリアルな起業家」の説得力
- レッドオーシャンを切り拓く「コンパウンドプロダクト」戦略とグローバルへの挑戦
- 「二周目人材」と「強制成長」が生み出す少数精鋭組織
「ゼロイチ」の舞台裏:無駄を排除し、本質に集中する
「起業の背景としては、私個人の考えと、Dress Codeという会社自体に対しての考えと2軸のストーリーになると思っています」と江尻氏は語り始めた。Dress Codeの急成長を支える根幹には、徹底的に「無駄をなくす」という哲学がある。
「世の中のほとんどのスタートアップは、良い意味で”無駄”が楽しいと思っていることが多いと思っています。効率の観点としては無駄ですが、そこを試行錯誤すること自体が楽しいし、それがあることによって一つの結束性やモーメンタムが生まれます。これも重要だと思いますし、否定するわけではありません。しかし、我々が登る高い山を考えたときに、特に初期に関してはその無駄はあまり意味がないと考えています。知見や経験がある人が集まることでスキップできるところはスキップし、無駄を省いて、急激なグロースを目指していきたいです」
一般的なスタートアップが多大な時間を費やす市場調査や試行錯誤を、Dress Codeは大胆にスキップする。江尻氏自身の20年近く 以上にわたるERP(企業資源計画)領域での経験と、数百に及ぶプロジェクト導入の知見が、その判断を可能にしている。「私は営業をする際、ヒアリングはしません。創業前も、一社もやっていません」と江尻氏は述べている。
これは単なる勘ではなく、深いドメイン知識に裏打ちされた自信だ。
「BtoBはBtoCと違って、どうやっても業務理解やドメイン理解がものすごく効いてくる領域なので、一度目の起業でスーパーホームランを打っている起業家はいないと思っています」
江尻氏自身が「(人事、会計、SCM、EC等の)ERPの全てのプロダクトを見たことがある」と語るワークスアプリケーションズ勤務時代の経験は、Dress Codeが目指す「統合型SaaS」の設計思想の源流となっている。
顧客を惹きつける「体感的なペイン」と「組み合わせの価値」
Dress Codeは、初期の顧客獲得において、SaaSの分断に課題意識を持つ企業に狙いを定めている。課題意識を持っていない企業へのアプローチについては、「アプローチしません」と言い切る。
「それは今アタックするお客様ではありません。これは全ての事業において言えると思うのですが、最初にコミュニケーションコストが高かったり、課題感を持っていない顧客は捨てるべきだと考えています」
Dress Codeが展開するワークフォースマネジメントプラットフォーム「DRESS CODE」が提供するのは、単なる機能の便利さだけではない。例えば、企業が直面するこんな課題を解決できる。
多くの企業では、IT管理だけでなく、人事労務や総務といった様々な領域でSaaS(クラウドサービス)を活用しているが、これらのサービスがそれぞれ独立しているために、「摩擦」が生じることがある。
具体例を挙げてみよう。SalesforceやSlackのようなツールのアカウント管理は、通常、IT部門が行う。この際、「この従業員はマーケティング職なのでアカウントを持つべき」「営業職かマーケティング職であればアカウントを持っていてもよい」といった、役職や職種に応じたルールを設定し、それに違反している人がいないかリアルタイムで把握し、アラートを出したい。
しかし、このようなアラートを正確に鳴らすためには、従業員の職種や所属といった人事情報が必要不可欠だ。一般的なIT資産管理ツール単体では、HR(人事)関連のデータベースを持っていないため、この情報を参照することができない。
そのため、多くの企業ではHR SaaSに登録されている人事情報を参照しようとする。しかし、管理すべきメンバーは正社員や役員だけではない。業務委託契約者も多数存在するが、HR SaaSには業務委託契約者の情報が含まれていないケースも少なくない。
Dress Codeが提唱する「コンパウンド(混合物)」という考え方は、まさにこの課題を解決するものだ。
「”統合”ではなく”コンパウンド”が意味するのは、『カゴ』のようなものなのです。組み合わせると『今までこれをやりたかったんだよね』と言われるようなものがすごくたくさん詰まっているのでできるのです」
DRESS CODEであれば、HR関連の情報も含めて統合的に管理することで、職種に応じたアカウントルール設定や、ルールに違反するアカウントへのリアルタイムアラートが可能になる。これこそが、従来のシステムでは実現できなかった「組み合わせの価値」であり、顧客が抱える「体感的なペイン」の解消に繋がっている。
例えば、採用予定者の情報とデバイス在庫を自動で紐付け、不足数を把握するといった機能は、従来のシステムでは実現不可能だった。
「例えば、一般的に企業におけるデバイスの管理は、情報システム部で把握しているかもしれませんが、そこには当然HR(人的資源)のデータはありません。DRESS CODEを使用していれば、ATS(採用管理システム)で採用予定者の情報を持っています。
仮に、7月1日に5人入社するとします。デバイス台帳はExcel管理しているが、iPhoneが何台足りないかなどはアナログコミュニケーション(SlackやTeamsなど)でやり取りしないとわかりません。ミスも起きるかもしれません。しかし、DRESS CODEであれば、『採用予定者5人です。デバイス管理のiPhoneは現状2台利用可能です。つまり、3台足りません。』といった情報が自動で出てくるのです。普通のことに見えますが、これすら今はできません。経営者に説明すると、『すごい、これやりたかったやつだ』と大喜びされます」
さらに、「スマホが3台足りない」と分かれば、次は調達したいというニーズが生まれる。 「iPhoneを3台、6月25日までにeSIM入りで、アクティベーションしたらすぐ使える状態にして届けてほしい」という情報を踏まえて、DRESS CODE内のマーケットプレイス内でスマホ等の調達・手配が可能になるという。
こうした「体感的なペイン」の解消と「組み合わせの価値」の提供が、顧客の満足度を高め、導入実績へと繋がっている。「すごい。これがやりたかったやつだ」という顧客の声が、Dress Codeの価値を物語っている。
14億円調達を可能にした「ドメインがシリアルな起業家」の説得力
14億円のシードラウンド資金調達の成功は、Dress Codeが描くビジョンの蓋然性と江尻氏自身の説得力に他ならない。「ドメインがシリアルな(事業領域がつながっている)人たちが作ることが、私は必須条件だと思っていました」。 江尻氏は、複雑なBtoB SaaSの開発には、ドメイン知識に精通したシリアルアントレプレナーが不可欠だと強調する。
江尻氏の経歴は、その言葉を裏付けている。ワークスアプリケーションズでのERP開発・導入経験、ビットキーでの創業・急成長経験。「実務と経営の濃密な経験、50年分ぐらいを5年でこなしたような感覚なのです。だから、もう難しいとか動揺するといったことはありません。意思決定で悩むこともほぼありません」。 この圧倒的な経験値と意思決定の速さが、投資家にとって大きな魅力となった。
また、Dress Codeが目指すワークフォースマネジメント領域は、グローバルでWorkdayやRipplingといったデカコーン企業が多数出現している成長市場であることも、投資家への訴求ポイントとなった。
「ワークフォースマネジメント市場は、2024年に74億1000万ドル、2029年には103億5000万ドルに達する見通しで、年平均成長率は6.91%と堅調に推移しています。」
レッドオーシャンを切り拓く「コンパウンドプロダクト」戦略とグローバルへの挑戦
SaaS市場、特に人事労務管理の分野はレッドオーシャンと化していると江尻氏は指摘する。
「日本で言うと、例えば労務管理は非常に多くの製品があり、勤怠管理が100ほど、採用管理も40以上あって、非常に悪い言い方ですが、コモディティ化してレッドオーシャンになっていて、差別化不可能な状況になってきています」
Dress Codeがこのレッドオーシャンを切り拓く鍵は、「コンパウンドプロダクト」という独自の概念にある。
「データベース、ミドルウェア、UI/UXも含めて共通基盤化された製品の方が、結局、お客様は望んだことができます。しかし、誰もできていないので、それに挑む価値があるだろうというのが、我々のミッションの裏にあるのです」
江尻氏は、ディズニーランドを例にその難しさを説明する。
「ディズニーランドには地下の二層、三層にとても重要な秘密があります。たとえばゴミ箱は全部エアシューターで繋がっており、地上で捨てられたゴミは特定の場所に全部集まるのです。また、従業員はみんな地下から通勤します。“夢の国”のイメージを壊さないために、見えないところから出入りするんです。それを、既存の遊園地が真似しようとしても、一度全てを取り壊さない限り同じものは作れません」
つまり、初期段階でどれだけ強固な共通基盤(アーキテクチャ)を構築できるかが、その後の成長を決定づけるというわけだ。
さらに、Dress Codeは創業当初からグローバル展開を視野に入れている。
「最初から世界展開は視野に入れていましたが、具体的な国の選定など、細かく戦略的には考えていません。ただ、アジアという市場は非常に日本と共通点が多く、私の過去の経験則上も、同じプロダクトを最初から大きく作れば挑みやすい市場だと考えています。」
またアジア市場は、欧米の大型プレイヤーが進出しておらず、競合が弱いという特徴がある。
「彼ら(欧米企業)からすると、コミュニケーションコストが低く、商慣習が近いマーケットで相当なTAM(Total Addressable Market/獲得可能な市場)があるので、アジアの優先順位がまず落ちるのです。これは経済的な理由からも落ちていました」
Dress Codeは、このブルーオーシャンともいえる市場で、日本で培ったオペレーショナルエクセレンスを武器に勝負を挑む。
「珍しいのは、まず土台を英語で作って、そこに日本語、インドネシア語、ベトナム語、タイ語等の辞書を搭載し、設定変更で言語変更に対応していることです。これを初手から入れる会社は、おそらくほぼないでしょう。ロケーションと言語の分離をかけるというのは、私たち以外見たことないと思うのですが、実はワークスアプリケーションズで、似ているものがあるのです」
「二周目人材」と「強制成長」が生み出す少数精鋭組織
Dress Codeの急成長を支えるのは、江尻氏が「二周目人材」と呼ぶ経験豊富なメンバーたちだ。
「私たちは難しいことをやろうとしているので、一般的な基礎の『き』にあたる部分を確認する作業を省略することが重要です。試行錯誤せずに『この場合は、こうやるよね』と一段階スキップできる人たちが集まっているのが大きいです。そのうえで、みんながやったことがない部分に対して知恵を絞るような人材が集まっているかもしれないなと思っています」
「(市場)探索コストゼロ」で業務を遂行できる彼らは、プロダクト開発から顧客対応まで、あらゆる場面で効率性を追求する。また、江尻氏自身も「この会社もそうですが、ファイナンスも自分でやります。資本政策と資金調達の契約書を、私が全て書いてから弁護士に最終確認をお願いしています。全ての業務を実務的にこなします」と語るように、経営者自らが先頭に立って業務をリードする。
江尻氏は、意図的に「強制環境下における強制成長」の状況を作り出すという。グローバル展開を初期から設定することで、エンジニアは4カ国で通用するデータベースを構築せざるを得ず、CSメンバーも各国の商慣習を考慮したサポート体制を考えるよう促される。
「別に私がすごいという話ではないのです。強制的にその状況になったら、スタートアップに挑んでいる経営者たちは、“強制環境下における強制成長”で結構みんな強くなるのです。その状況に置かないから、みんな甘んじたところまでしか行けないと思うのです。」
江尻氏は、スタートアップが「いかに綺麗に成長していくかとか、小さく成功して終わりという状況で終わってほしくない」と語り、Dress Codeが目指すのは、富士山ではなくヒマラヤのような「一番でかい山」であることを強調する。
「やってみたら、結果的にできます。グローバル展開もできますよ」。 江尻氏のこの言葉は、Dress Codeが描く「統合型SaaS」の未来が、単なる理想ではなく、確かな経験と戦略に裏打ちされた現実であることを示唆している。Dress Codeの挑戦は、日本のSaaS市場、そして世界のWorkforce Management市場に、新たな「摩擦ゼロ」の波を起こすかもしれない。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)


