AI時代の“データ連携”戦略…Boomi CEOが語る、日本企業が世界で戦う条件

●この記事のポイント
・生成AI時代の鍵は「データ統合」。Boomi CEOスティーブ・ルーカス氏は、AIの成功率を左右するのは質の高いデータとリアルタイム連携だと語る。
・日本のスタートアップには、国内完結ではなく「世界との統合」が不可欠と指摘。文化的アイデンティティを保ちながらグローバル展開を進める重要性を説く。
・ルーカス氏は「信頼できるAI=トラステッドAI」の構築を強調。AI時代の企業成長には、スピードよりも信頼と文化を重んじる経営が欠かせないとする。
ChatGPTをはじめとする生成AIの普及により、企業の業務プロセスはかつてない速度でデジタル化している。
だがその裏側で、「データの分断」という深刻な課題が浮き彫りになっている。AIが本来の力を発揮するためには、社内外に散在するシステムや情報をリアルタイムで連携し、連携させる仕組みが欠かせない。
こうした“見えないインフラ”を支える存在として、世界で注目を集めるのが米Boomi社だ。
クラウド上で複数システムを連携させるiPaaS(Integration Platform as a Service)市場のリーダーである同社は、SunBridge Partners, Inc.との合弁会社として2024年に日本法人を設立し、3年間で5000万ドル規模の投資を発表。AI時代の企業基盤を支える「データ連携」の重要性を訴える。
本稿では、Boomiのスティーブ・ルーカスCEOに、グローバル経営の意思決定、日本のスタートアップへの提言、そしてAIと人間の共存に向けた展望を聞いた。
●目次
- Dellから独立、グローバル展開で直面した“最も難しい決断”
- 「世界とつながる」ことが、スタートアップの成長を決める
- 「完全な情報を待つな」──CEOが語る意思決定の本質
- AI×統合が築く“信頼の経済圏”
Dellから独立、グローバル展開で直面した“最も難しい決断”
――BoomiがDellから独立し、グローバル展開を進める上で、もっとも難しかった意思決定は何だったか。
ヨーロッパも日本も重要な市場だと考えていた。しかし、大きな市場に挑戦する際に最初にすべきことは、その地域でどのようなデータ需要が存在するかを理解することだ。そして、組織を急速に拡大していくためには、優れたチームを築く必要がある。
日本ではそのチームがうまく機能している。代表の河野氏を中心に、極めて優秀なメンバーが集まった。しかし、最初の段階でこのような選択をするのは難しく、いわば一種の“賭け”のようなものだった。その賭けが日本では良い結果を生んだと思っている。
――企業の経営課題にとって、システム連携戦略は地味に見えがちだが、なぜ今これほど重要なのか。
システム連携を考えるとき、私は都市のインフラを思い浮かべる。もし東京に水道や電気、道路、地下鉄などがなければ、人々は生活できない。ビルだけあっても街は機能しない。企業も同様で、システム同士をしっかりつなげ、動きを可能にすることが不可欠だ。
私たちが生きる世界は、AIによって駆動される社会へと急速に進化している。しかし、その基盤となるのは質の高いデータであり、リアルタイムでそれを届ける仕組みだ。Boomiはまさにその「データのデリバリーシステム」を提供している。AIが機能するためには、データが流れ続けることが前提条件になる。
顧客企業の多くは、障害予測や復旧時間の短縮、財務帳簿の早期締めといったAI活用を進めているが、これらはすべてデータとインフラの統合があってこそ実現する。
MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究では、世界のAIパイロットプロジェクトの約95%が失敗しているという。その大きな理由は連携の欠如にある。AIの成否は、連携の質にかかっている。
「世界とつながる」ことが、スタートアップの成長を決める
――米国や欧州のスタートアップと比較して、日本のスタートアップに足りない点、または強みは何だと思うか。
日本にも非常にイノベーションに満ちたスタートアップが数多く存在している。しかし、真の成長は“世界との連携”によって初めて生まれる。国内だけで完結するのではなく、グローバルな市場の中で他国の企業と結びつくことで、技術も組織も大きく進化する。
特に多国籍ソフトウェア企業との連携を視野に入れるなら、インテグレーションの重要性はさらに増す。いまやビジネスもデータも国境を越えて流れる時代なのだ。
――グローバルに市場を広げる際、どのタイミングで「国内最適」から「世界基準」に切り替えるべきだと思うか。
私自身、多くの企業を成長させてきた。小規模の企業を数十億ドル規模にまで育てる過程で感じたのは、収益の20%が海外から生まれた時点が転換点になるということだ。その段階で、グローバルスタンダードへの移行を本格的に検討すべきだと考えている。
ただし、あまりにも早く自分たちのローカルなアイデンティティを手放してはならない。日本、ヨーロッパ、アメリカ、それぞれの文化的背景が企業をユニークな存在にしてきた。
文化的要素を軽視すれば、企業の強みは失われる。私はいつも、独自の文化を守りながら世界に挑戦すべきだとアドバイスしている。
「完全な情報を待つな」──CEOが語る意思決定の本質
――CEOとして、最も大きな失敗や後悔は何か。それは何を教えてくれたのか。
私の後悔は、慎重になりすぎて動きが遅れたことだ。私は“完全な情報”を待っていたが、実際にはそんなものは存在しない。
あるCEOがこう言ってくれた。「真北を探して立ち止まるより、北西に一歩進んでみなさい」と。完璧を待つよりも、行動しながら軌道修正するほうが早いという意味だ。
私は「失敗とは、あきらめた瞬間にだけ生まれるもの」だと考えている。挑戦をやめない限り、それはすべて学びである。成功とは、理想の結果に近づこうと何度も試行を重ねる過程そのものだ。
――生成AIやクラウドの急速な進化により、スタートアップ経営者が「今のうちに備えておくべきこと」は何か。
AIは今後さらに強力になり、人類にもたらす影響は火や電気以上になるだろう。なぜなら、それは“知性”そのものだからだ。
ただし私が注目しているのは、AIが自律的に意思決定を行うかどうかではない。私たちはAIを信頼できるかどうか、そこが本質である。AIはブラックボックスであり、望む結果を確実に導けるかを判断するのは容易ではない。
だからこそ必要なのが、「トラステッドAI」、すなわち信頼できるAIシステムだ。BoomiではAIガバナンスを支える「エージェントコントロールタワー」を展開し、AIを制御・監視する仕組みを提供している。企業が安心してAIを使える環境を整えることが、次の時代の成長基盤になる。
――Boomiの経営を通じて、「スピードと安定」を両立させるために最も大切にしている原則は何か。
信頼(トラスト)と文化(カルチャー)だ。どれほど優れた戦略や技術を持っていても、信頼関係と健全な文化がなければ持続的な成長は望めない。
CEOとして、私はチームの信頼を最優先に置いている。そして日々の小さな改善を重ねることが、最終的に大きな進化につながると信じている。
AI時代の企業は、「AIを作る」ことに注力しがちだが、「AIをどう信頼し、どう連携するか」という視点が欠けている。国や文化によってプライバシー規制が異なるなかで、AIを越境的に管理し、信頼できる形で運用する技術が求められている。
もし日本からそのようなイノベーションが生まれれば、世界にとって大きな前進となるだろう。
AI×統合が築く“信頼の経済圏”
スティーブ・ルーカスCEOの言葉から浮かび上がるのは、「AIの時代における連携の本質」である。
AIは魔法のツールではなく、信頼できるデータの上にしか成り立たない。連携こそが知能を動かす“血流”であり、企業の成長を支える見えないインフラだ。
95%のAIプロジェクトが失敗するという現実は、裏を返せば「連携できた企業が勝つ」ことを意味する。
その成功の鍵は、スピードよりも“信頼”と“文化”をどう守るかにある。AIが進化しても、最後に企業を支えるのは人のつながりと価値観である。
日本企業がAI時代を勝ち抜くためには、技術導入だけでなく「データ連携」と「トラステッドAI」の基盤づくりが欠かせない。Boomiが描くビジョンは単なるシステム戦略ではなく、信頼に基づく新たな経済圏の構築を示している。
(構成=横山渉/フリージャーナリスト)


