盛り上がるポーカー市場、静かに“チップ文化”が広がる…サービス業の働き方に一石

●この記事のポイント
・日本のポーカー市場が急拡大し、ディーラーの接客品質への評価が課題となる中、ぺこりの「ナイスディーラーカード」が可視化と報酬の新モデルとして注目されている。
・カードは渡しやすいUIで浸透し、大会での採用やSNS投稿を通じてディーラーのモチベーション向上やスカウト促進など、業界構造に影響を与え始めた。
・チップ文化の再解釈として生まれた同サービスは、インバウンド向け「おひねり」など他領域へ拡大を模索。サービス業全体の“接客評価の可視化”を変革する可能性を持つ。
アミューズメントとしてのポーカーが日本で急拡大している。全国のポーカールームの店舗数はここ数年で急増し、現在は約400店舗に達した。大会の規模も拡大しており、日本最大級のシリーズイベントでは1大会で数千人規模のエントリーを集めるほど、市場は活況を呈している。SNS上でもプレイヤー人口の増加が確認でき、大会参加経験のある層は累計で20万人規模とも推計される。
こうした市場拡大の背景には、ルールのわかりやすさやゲーム性の奥深さに加え、若年層の間で「実力と戦略性のある競技」として評価が高まったことがある。また円安を追い風に、東京・大阪など都市部のポーカールームには海外プレイヤーも増加。アミューズメント型として国内で合法的に楽しめる環境が整ってきたことも、市場の裾野を広げている。
このような成長期の市場のなかで、静かに注目を集めているサービスがある。株式会社ぺこりが提供する「ナイスディーラーカード」だ。一見すると、ディーラーに感謝を伝えるための“お礼カード”に見える。しかしこのサービスは、単なるチップ文化の再現ではなく、日本のサービス業の課題に対して、新しい評価の仕組みを実装する試みである。
●目次
- チップ文化のない日本で「渡せる」仕組みをどう作るか
- ポーカー業界との“異常な相性の良さ”が市場拡大を後押し
- 市場の構造変化…ディーラーの価値が“評価される職業”へ
- ポーカー以外の“第二の市場”
- ぺこりの事業は“サービス業DX”に向かうのか
- 今後の展望…サービス業に“評価格差のない世界”を
チップ文化のない日本で「渡せる」仕組みをどう作るか
株式会社ぺこり代表取締役・三宅伸之氏は、同社のミッションをこう説明する。
「多彩な持ち合いに多様な機会を。良い接客をする人が正当に評価され、報われる世界を作りたい」
飲食店でも小売業でも、優れた接客をしても収入に反映されるケースは少ない。店全体の売上や人件費構造に左右されるため、個人のスキルが給与に反映されづらいのだ。
三宅氏自身、「良い接客受け、チップを渡したくなる時がある」というが、日本ではチップ文化が根付かない。店側がQRコードなどで“投げ銭”システムを設置しても、ほとんど使われないという。
そこで三宅氏が着目したのは、以下の3点。
・渡す側が気軽に渡せるデザイン性
・受け取る側がスムーズに換金・利用できるユーザー体験
・店舗導入の有無に依存しない仕組み
これらの条件を満たすため、同社はカード型の「Kimochiru(キモチる)」を開発した。渡す側はカードにチャージし、受け取った側はLINE連携でポイントを受け取れる。
金額も 390円/1090円/3900円 の3種類に絞り、“語呂合わせ”による心理的な納得感をつくっている。
この仕組みなら店舗側の導入は不要で、カードを手元に持つユーザーがどこでも気軽に渡せるため、チップ文化のない日本でも成立しやすい。
ポーカー業界との“異常な相性の良さ”が市場拡大を後押し
Kimochiruはもともと店舗接客を想定したサービスだが、ローンチ後まもなく大きな転機が訪れる。X(旧Twitter)でサービスを紹介した投稿を、ポーカー関連の人物が偶然見つけ、「これはポーカーに向いている」と指摘したのだ。
ポーカーでは、プレイヤーの体験価値がディーラーの技術と接客品質に大きく依存する。カードさばきの美しさ、判断の速さ、場の空気づくりなど、ディーラーの力量は競技の快適性に直結する。しかしプレイヤーからの評価が可視化される仕組みは、これまでほとんど無かった。
そこでぺこりは、Kimochiruをポーカー専用の「ナイスディーラーカード」へと発展させ、2024年6月にサービスを開始。その翌月には、国内最大級の大会シリーズが同カードを公式チップ(感謝カード)として採用することが決定した。
このスピード導入が市場の反応を一気に押し広げた。大会では、約9%のプレイヤーが初回から課金してカードを使用し、SNS上には「ナイスディーラーカードをもらえた」と投稿するディーラーが次々と現れた。


投稿には大量の“いいね”が付き、可視化されることでディーラー自身のモチベーション向上にもつながっている。
カードをもらうことで、ディーラーは次のような効果を得られる。
・自分の働きが評価されている実感
・SNSで成果を発信できる可視化効果
・他店舗・大会からのスカウト可能性の向上
実際、カード導入後は地方大会からの問い合わせも増え、20店舗以上から導入希望が届いているという。
市場の構造変化…ディーラーの価値が“評価される職業”へ
三宅氏いわく、ポーカー業界ではディーラー不足が深刻化している。フリーディーラーとして活動する人も増えているが、スキルに対する評価制度がないため、「実力が給与に反映されにくい」構造が課題だった。
ナイスディーラーカードは、そこに新しい報酬体系の芽を生んでいる。ある大会では、トップ層のディーラーが 一大会で2万ポイント以上を受け取った例もある。税務上の取り扱いが必要になる可能性はあるものの、可視化されることでプレイヤーからの信頼獲得にもつながり、ディーラーの市場価値を高めている。
ぺこりは、今後「ナイスディーラーだけを集めた特別大会」の開催も構想しているという。これは単に報酬を増やすだけでなく、ディーラーという職業自体の魅力を高め、業界全体のサービス品質を底上げする試みだ。
ポーカー以外の“第二の市場”
三宅氏は、ナイスディーラーカードの次の展開としてインバウンド市場を挙げる。
訪日外国人は2024年に4000万人規模まで回復し、2030年には政府目標で6000万人が想定される。円安と物価差から、日本のサービスは「安くて質が高い」という評価が定着し、チップ文化が根付くポーカープレイヤー以外でも「感謝の気持ちを渡したい」というニーズが高まる可能性がある。
インバウンド市場は、ポーカー以上に巨大で、成功すれば短期間で普及が進む可能性がある。
ぺこりの事業は“サービス業DX”に向かうのか
ポーカーを起点に始まったサービスは、次のような本質的な構造を持っている。
(1)これまで可視化されなかった“接客の質”を評価可能にする
日本のサービス業は4000万人の従事者がいる巨大産業だが、評価制度は曖昧で、給与構造も硬直的だ。カードによる評価は、これまで可視化されなかった個人の接客スキルの差を明らかにする。
(2)消費者側の“承認したい欲求”と整合するUI/UX
現金よりも渡しやすく、SNSで共有しやすいことから、消費者側の心理的負担を軽減する。
(3)分散型の普及方式がスケールしやすい
導入不要のカードであるため、ネットワーク効果が起きやすく、ニッチ市場からマスマーケットへ拡大する可能性がある。
こうした点から、ぺこりは「チップ文化を輸入する会社」ではなく、“感謝の流通”をアップデートする企業へと進化しようとしているといえる。
今後の展望…サービス業に“評価格差のない世界”を
三宅氏はインタビューの最後に、次のように語った。
「サービス業の人が報われる仕組みを作りたい。ポーカー業界で仕組みが広がれば、そこから他業界にも波及する。良い接客が可視化されれば、業界の質も上がり、希望を持てる人が増える」
日本のサービス業には、優秀なスタッフが多数いるにもかかわらず、評価が均一化される構造的問題がある。その課題に対して、ぺこりは「小さなチップカード」というアプローチで切り込んだ。
ナイスディーラーカードは、単なるポーカーブームの産物ではなく、日本社会における“評価の非対称性”を是正する試みでもある。市場拡大が続くポーカー業界を起点に、どこまで横展開できるか。インバウンド市場、接客業全般へ広がれば、サービス業の働き方は大きく変わるかもしれない。


(文=BUSINESS JOURNAL編集部)


