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DNX・倉林氏の提言…日本発の大型IPOを実現するためVCに求められること

2025.04.09 2025.04.26 22:44 ベンチャーファイナンス
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インキュベーションオフィス「SPROUND」(DNX Ventures提供/以下同)

 ベンチャーキャピタル(以下、VC)は数あれど、どのような信念を持ち、起業家に対して具体的にどんな支援を行っているのかは、あまり知られていない。UNICORN JOURNALでは、スタートアップを支えるVCへの取材を行っていく。

 今回は、東京とシリコンバレーに拠点を構えるDNX Venturesを取り上げる。同社は、日本のスタートアップエコシステムにおいて、単なる資金提供者の枠を超え、経営に深く関与するVCとして独自のポジションを確立してきた。Managing Partner / Head of Japanの倉林陽氏が語るVCの「ホンモノの仕事」とは何か。そして日本発の大型IPOを実現するために必要な、起業家の資質と成長の道筋とは——。

積極的に経営に関与し、大型IPOを目指す

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Managing Partner / Head of Japanの倉林陽氏

「米国以上に、日本は起業家の能力が重要なんです」

 DNX Ventures(以下、DNX) Managing Partner / Head of Japanの倉林陽氏はそう言い切る。

 同社は、東京と米・シリコンバレーに拠点を構え、アーリーステージのB2Bスタートアップへ投資を行うベンチャーキャピタル(以下、VC)だ。2011年に創業し、約14年の間に1~4号ファンドを組成し、約980億円を運用してきた。日本のB2B領域では、確固たる実績を持つVCである。

 代表的な投資先には、アンドパッド、カケハシ、データX、テックタッチ、FLUXなどがある。投資先のうちExitしたものは、チームスピリット(東証グロース上場)、FLECT(同)、toBeマーケティング(富士通へのM&A)、エンペイ(GMOペイメントゲートウェイへのM&A)などの事例が出ている。

 DNXは主にシリーズAステージでリード投資を行い、全ての投資先の社外取締役指名権を保有し、投資先の取締役会設置後は社外取締役として参画している。投資先に対して資金面だけでなく経営の側面から社外取締役として積極的に関与する。

 たとえば、アーリーステージで大きな資金調達を狙いたいと考える経営者が売上高を伸ばそうとする時には、「売り上げを追うな」というアドバイスをする。「レーザーフォーカスという言葉がありますが、しっかりと絞り込んだ顧客のセグメント、顧客の課題を解決することに専念してプロダクトを磨き込むことがアーリーステージでは非常に重要だと考えています。顧客へしっかりと刺さっていない状態で目先の売上を伸ばしても、後で解約されたり、プロダクトの見直しを迫られるだけだからです」

 その代わり、IPOに対しては急がせず、大型IPOを目指すようにガイダンスしている。そんな倉林氏が、投資先を選定するときに見ているのは、とにかく起業家の能力だと言う。

投資基準は「創業者」

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投資先経営者向けカンファレンス「SaaShip 2025」

 倉林氏が起業家を重視することにはワケがある。

 倉林氏は、富士通、三井物産にて日米のITテクノロジー分野でのベンチャー投資に携わったのちMBA留学し、その後、米Globespan Capital PartnersやSalesforce Venturesで日本代表を歴任したという経歴を持つ。2015年にDNXに参画した。そうした経緯から、倉林氏は日米のスタートアップ投資の大きな違いを痛感している。

「日本のスタートアップへの投資基準として起業家の能力が重要なのは、投資後の『CEOの最適化』が難しく、米国以上に創業者に賭けるという意味合いが大きいからです」

 リードインベスターと呼ばれる資金調達ラウンドを主導するVCのキャピタリストは投資先の社外取締役になり、投資先の主要な意思決定に参画する。株式の所有と経営、そして取締役会の監督と執行が分離し、社外取締役が取締役の過半数を占めることが多い米国では、たとえ創業者でもCEOに適していないと取締役会が判断すれば、創業者の株式の持分にかかわらずCEOとしては解任できる。

 しかし、日本では株主総会において主要な意思決定がなされるため、株式の所有と経営が紐付いており、取締役の過半数が社内の人間で占められているスタートアップが多い。そのため、社外取締役が企業価値最大化のためにCEOの最適化を実施しようと考えたとしても、実態として困難であるケースが多い。日本のスタートアップ経営者の大多数は初めて起業する「初回起業家」であり、起業の経験が豊富にあるわけでもないにもかかわらず、ガバナンスの効かない状態で投資せざるを得なかったのが実態である。

 そうした理由から、倉林氏はスタートアップが大きく成長するかどうかは、潜在的な部分も含めた起業家個人の能力、そしてその能力の成長度合いに依存するという見方をしている。「経営者の素養」として、“自分の能力の成長に対する好奇心”があり、そのための傾聴ができることを倉林氏は挙げる。

 また、素養があることに加え、その人が解決しようとしている社会課題の大きさも、DNXの投資基準の一つだ。これはTAM(ある事業が獲得できる可能性のある全体の市場規模)の大きさだけではなく、その社会課題が深刻であるかどうか、または助かる人が少なくても劇的に改善される可能性があるかどうかといった点を判断基準とする。「解決したら終わりではなく、より大きな社会課題を解決していく道筋がプロダクトロードマップになりますので、それをしっかりと描くことができ、顧客や社員にあるべき世界を示せる構想力、表現力も必要です」(倉林氏)

 投資先の一つであるカケハシを一例に挙げよう。主力サービスである「Musubi」は、薬局において閉店後の薬歴入力の煩雑さが薬剤師の残業を招いているという現場の悩みを解決するプロダクトとして生まれ、その後経営管理、在庫管理の提供だけでなく患者とのコミュニケーションプラットフォームとして進化している。これは、カケハシ創業者が薬局や薬剤師への徹底的なヒアリングを重ね、どのように業界全体の大きな課題を順番に解決するかを考え抜いて作り上げたプロダクトロードマップである。このように埋もれている社会課題を解決したいと考え、ブレることなく真摯に向き合う起業家に対して、DNXは投資家として賭けるというわけである。

 投資基準はずばり起業家そのものだというDNXだが、どうやって投資基準を満たす起業家を見つけているのか。実際のところ、基本的には投資先からの紹介が大半であるという。

 そのため、アウトバウンドのソーシング活動よりも、優れた投資先経営者たちの信頼を大切にしている。たとえば、法人カード事業を行うUPSIDERの代表取締役である宮城徹氏を倉林氏に紹介してくれたのは、先述のカケハシの創業者・中川貴史氏だった。宮城氏は、中川氏のマッキンゼー・アンド・カンパニー時代の後輩であった。倉林氏が信頼する経営者である中川氏の”推し”のおかげで、素晴らしい起業家に出会うことができた。「投資先の経営者が、他の起業家をVCに紹介する際に、最初に想起されるVCでありたい。そのためにまず、投資先の経営者を徹底的に支援して信頼して頂くことをDNX Venturesでは徹底しています」(倉林氏)

「ガイダンス」は大きな提供価値

 ここまでの話で、DNXのスタートアップ起業家へのこだわりは見えてきたことだろう。では、スタートアップに対して具体的にどのような支援をしているのだろうか。

 まず倉林氏は、「我々は米国のリードインベスター基準で同等の提供価値を投資先に届けることを心掛けて仕事をしている、その意味ではVCとして当然の仕事をしているまでです」と断りを入れた。そして、こう続けた。「ただ、歴史的に日本のVCの提供価値は米国とはまったく違います。私が日本でそれなりに活躍できているとしたならば、それが日本のVC業界の課題を浮き彫りにしているということであると私は思っています」と、謙遜とも悲嘆とも取れる言葉を漏らす。

 DNXのバリューの一番初めには、「その仕事は、ホンモノか。」と書いてある。

 米国では、多くの投資家が殺到するような魅力的な案件のリードインベスターとなり、社外取締役に選任されるというのは、大きな誉れである。なおかつ、取締役会で会社の主要な意思決定に関与することを通じて投資先の成功に貢献して初めて、VCのトラックレコードとなる。

 米国のスタートアップの世界では、リードインベスターとしての「本物の仕事」は①モニタリング、②ガバナンス、③ガイダンスの3つを実行することだと定義している。海外での投資経験が長かった倉林氏が国内でVCの仕事を始めようとした際、日本のVCは上記に示したとおり②ガバナンスの観点での役割が発揮できていないだけでなく、③ガイダンス、つまり知見を提供する機能も不十分であると感じた。

「歴史的に日本のVCの人材は、新卒からVCの方だけでなく、金融機関や、コンサルティングファーム出身者が多い状態です。アーリーステージのスタートアップにおいては、経営チームとプロダクトのリスクの克服に関しての支援をVCに期待されることになりますが、スタートアップの経営やプロダクト開発についての知見がないと適切な支援は難しいと思います」

 投資先の支援のために、スタートアップの経営や、ソフトウェア領域の業界経験が豊富で知見が深い人がリードインベスターとして社外取締役になり、アドバイスをするというこの「ガイダンス」の部分も、DNXの大きな提供価値だと倉林氏は自負する。

「プロフェッショナルファームとして、必要であれば投資先経営者に厳しいことも言いますので、我々とのフィットのある起業家は多くないかもしれないですが、我々を選んでくれる起業家は“強い”と私は確信しています。自らの成長に必要な指摘についてはギフトとして捉えて頂けるような起業家に対して、しっかりと価値を出せるメンバーを揃えています。当社のメンバーは、『いつか役に立つホンモノの仕事』を提供するため、あらゆるトピックについて勉強しています。『DNXの人の自己研鑽意欲は凄まじいなと思ってくれている起業家も多いのではないかな(笑)。ネットワーキング目的で業界のパーティーや飲み会に行く時間があったら、ハーバードのケースを一本でも二本でも読む人が多いと思います」

 同社のメンバーは、倉林氏の知り合いか、MBAのインターン生がのちに入社したパターンばかりだという。2005年ごろ、Globespan Capital Partnersの日本拠点で、当時の日本ではほぼ見られなかったMBAの学生のインターンを採用しており、倉林氏は2008年ごろのインターン生の一人だった。そんな経緯もあって、DNXでは倉林氏参画当初からMBAインターンシッププログラムを採用している。インターンシップ後に同社に入社する人もいれば、起業家になる人もいるそうだ。

 社外取締役としてのの助言以外では、①投資先経営者同士のコミュニティ形成、②オフィス提供、③顧客紹介支援、④PRマーケティング支援、⑤採用支援、⑥M&A支援などが主な支援内容となっている。特に、年に複数回行われる経営者を招いた、合宿形式を含むカンファレンス・勉強会では、スタートアップ経営を学ぶだけでなく、横のつながりをつくることで「知の還流」による成長の後押しを目指しているという。

M&A含めた「大きなExit」を視野に

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「SaaShip 2025」でのSansan寺田親弘社長(右)と倉林氏の対談

 機関投資家をLPにもつDNX Venturesにとって、Exitによるリターンは非常に重要である。倉林氏は、「Sansanやマネーフォワードのような時価総額で2000億円を超える規模の企業がなるべく多く生まれるよう、支援し続けるしかない。それに到達できない会社にとっては、適宜M&Aによる売却も視野に入ってくるだろう」と話す。

「日本においては、スタートアップを売却することが負けや逃げであるというイメージが未だに残っているのですが、それは誤った認識です。米国ではスタートアップの9割がM&AでExitしますし、大企業から見ても事業・技術・人材を社内に引き込み企業価値を伸ばすという意味で、M&Aがもっとも有効なR&Dの手段だと考えられています。ですから、IPOであろうが、M&Aであろうが、株主共同の価値を生むという判断を経営者にはしっかりと行ってもらいたいと考えています」

 海外の一流機関投資家がようやくLPとして日本のVCに出資してくれるようになった今、DNXは金融商品としてリターンを出すことが日本の投資資金全体に影響すると責任感を感じているようだ。

 同社のプレイブックは「Sansanとマネーフォワードのような会社を作ること」のみ。

「私は幸運なことに、米国の起業家だけでなく、Sansanの寺田親弘さん(同社代表取締役社長)、マネーフォワードの辻庸介さん(同社代表取締役社長)を友人として間近で見てきました。彼らにはパーパス、インテグリティ、テナシティ(粘り強さ)、人望、ストーリーテリング力など、挙げたらキリがないですが、成功する企業家に必要なものがあったし、自身の成長と共に更にそれを強化してきた。同様の素養を持つ起業家が目の前に現れたら、プロダクトがまだなかったとしても投資したいと思ってしまうと思います」と倉林氏は断言する。

 リードインベスターとして、時価総額1000億円以上の会社を1つ作れば大きなリターンが生まれるので、DNXはこの規模の会社を何件作れるかを数字として追いかけている。倉林氏は起業家への投資を判断するときには「今現在寺田さんや辻さんのような能力を持っていなくても、起業家本人がそれを『持っていないこと』に気づいているか、持っていなければどうやって身につけるかまで尋ねます」と語る。

「これまでに優れた起業家の方々と接してきたので、自然と彼らが私にとっての『起業家』の教師データになっています。そうした人たちを知らないベンチャーキャピタリストは、目の前の起業家を誰と比較するんでしょうか?やはりこの仕事には、大きなExitを実現した起業家にしっかりと伴走した、一定の実績が必要だと思います。もしその実績が小さいExitだったら、小さいExitをする起業家を多く増やしてしまうことになりかねませんが、昨今問題になっている通り、小型上場を大量生産しても、日本のスタートアップエコシステムに大きなインパクトを与えることは難しいと思っています」

大きな会社を作るためにパーパスとオーセンティシティを

 スタートアップを取り巻く課題はさまざまあるが、倉林氏は投資家が力をつける必要性があると同時に、大企業のスタートアップ投資に対する姿勢について課題感を持っていることを示唆した。

 近年、CVC活動を行う大企業が増えており、ファンドを設立するケースも多い。これに伴い、大企業からスタートアップへの投資事例も増加している。しかし、倉林氏は安易な投資には反対だという姿勢だ。

「Salesforceのような素晴らしい企業の米国の経営陣と仕事をしてきた私からすると、日本の大企業が何のためにスタートアップに投資したり、ベンチャーキャピタルファンドにLP(リミテッド・パートナー、有限責任組合員)で出資しているのか、よくわからないケースが多いです。CVCは戦略的リターンとフィナンシャルリターンの双方を適切に追求すべきところ、フィナンシャルリターンに拘らなすぎるだけでなく、戦略的リターンについても定量的に説明できない事例が多い。

 特に、日本のCVCは二人組合(事業会社がLP、VCがGP/ゼネラル・パートナー、無限責任組合員となる形)が多いですがこの場合、戦略的リターンやフィナンシャルリターンをLPがしっかり追求しようとすると、利益相反が発生してしまうケースが想定されます。また、起業家がガバナンスやガイダンスに欠ける大企業の資金をうまく活用できれば良いですが、、経営のアドバイスが不十分な資金が業界に多く流入することで、果たして素晴らしい事業が多く育つでしょうか」

 Salesforce Venturesの投資の目的の一つは、スタートアップの100%買収による企業価値向上の成功確率の向上だ。日本の大企業が自社の企業価値向上にさらに向き合う中で、スタートアップのM&Aと適切なPMI(M&A後の統合プロセス)の実行を追求していけば、スタートアップと大企業の関わり方も変化していくだろうと倉林氏は観測している。

 そうしたスタートアップ投資に関する問題提起もしつつ、倉林氏は「日本のスタートアップエコシステムは着実に良くなってきている」と話す。これは、Sansanの寺田氏やマネーフォワードの辻氏のような起業家としての好事例が出てきたことで、そうした起業家を目指し、挑戦することが以前よりもやりやすくなったからだという。

 この追い風の中でも、「自分の成功のために起業する人に、本当に優秀な人はついてこない」とくぎを刺す。特に、どこに行っても活躍できる優秀なエンジニアの方ほど、自分の力を「善い」ことに使ってもらいたいと考えている。「今こそ、パーパスとオーセンティシティ(真正性)が大事。崇高な目的のために、一貫して信ぴょう性を持った行動ができる人が大きな会社を作ることができる。そこを目指してほしいですね」

(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)

相馬留美/ジャーナリスト

ジャーナリスト。2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者として活動。その後、フリーランスとして経済メディアで執筆・編集を行い、経済メディア企業やスタートアップ企業での勤務を経て、再度独立。企業のビジネスモデルや技術、サービスの取材を通じて、新しい価値を生み出す人々との出会いを大切にしている。