IPO企業を次々と輩出する「優等生CVC」…HIRAC FUNDの投資戦略

2025.05.01 2025.05.02 11:34 ベンチャーファイナンス
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HIRAC FUNDの投資先(公式サイトより)

 東証グロースへのIPO企業を次々と輩出する「優等生CVC」の正体。マネーフォワードグループが仕掛ける120億円超のHIRAC FUNDは、企業の壁を越え、地域の垣根を超えた独自のエコシステム構築に挑む。シナジーよりも純粋なキャピタルゲインを追求し、地域金融機関との強固なネットワークで「テック×リアル」のビジネスを全国に展開。HIRAC FUNDを運営するマネーフォワードベンチャーパートナーズへの取材を通じて、地方からユニコーンを生み出す革新的投資戦略の全貌に迫る。

投資先のIPOが多い優等生

 GENDA、トリドリ、TENTIAL――東証グロース市場にIPO(新規上場)し、勢いよく成長しているこれらの企業には共通点がある。それは、HIRAC FUNDが出資していたスタートアップという点だ。

 HIRAC FUNDはマネーフォワードのコーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)であるが、ファンド全体の90%超を外部LP(ファンドに出資する投資家)から資金を集めて運用しているというところが大きな特徴だ。マネーフォワードとのシナジーはほぼ考慮しておらず、純粋にファイナンシャルリターンを狙う投資をする動きは、CVCよりもむしろ独立系VCと近い。投資先に対しては、マネーフォワードグループのリソースを生かした支援も行っており、独特のスタイルのCVCといえる。

 HIRAC FUNDの1号ファンドは2020年に設立され、30.4億円を運用。2号ファンドは2023年に設立し、90.8億円、計120億円超を運用している。CVCではあるが、全てキャピタルゲインを目的とした投資である。うち、1号ファンドは「起業家の起業家による起業家のためのファンド」で、IPOやM&A(合併・買収)をした先輩起業家からの出資を多く得たファンドだ。冒頭の3社は、この1号ファンドの投資先である。2号ファンドは、地域金融機関との連携をコンセプトとしたファンドだ。HIRAC FUNDは投資先が順当にIPOしており、VCの中でも優等生といえるだろう。この成果を生み出している源泉はどこにあるのだろうか。

地域金融機関との連携が特色

 2号ファンドで地域金融機関との連携をうたっているとおり、現在のHIRAC FUNDの支援の特色の一つに、他の金融機関を巻き込んだスタートアップ支援がある。

「2号ファンドでは、全国の地域金融機関に出資いただいています。スタートアップも地方へサービスを広げたいし、地域金融機関は自身や取引先のDXや新しい技術の活用をしなくてはいけない。スタートアップと地域金融機関を結び付け、そこから生まれるアイデアで地域に新しいサービスを創出する――、私たちは、そんなハブになることを目指して運営しています」と、マネーフォワードベンチャーパートナーズ・ディレクターの岡田康司氏は話す。

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マネーフォワードベンチャーパートナーズ・ディレクター 岡田康司氏

 マネーフォワードグループが金融機関と提携したウェブサービスを提供している関係上、メガバンクから信用組合まで数多くの金融機関との取引関係がある。そうした地の利を生かして、HIRAC FUNDも明確に地域金融機関との連携支援をうたっている。

 これは、支援しているスタートアップだけでなく、地域金融機関側にもメリットがある。

「当社は地域金融機関からの出向者が多く、常に4人は出向いただいています」(マネーフォワードベンチャーパートナーズ・ディレクター 甚野広行氏)

 1号ファンドから静岡銀行はLP出資をしているため、同行は特に出向者(累計)が多い。

 なぜ地域金融機関がHIRAC FUNDに行員を派遣しているのかというと、スタートアップへの知見を蓄積するためだ。地方は地元にスタートアップが少なく、どうしてもノウハウが貯まりにくい。ベンチャーデットやエクイティファイナンスのように、売上もなく赤字のスタートアップ向けのサービスを提供するには、一般的な事業会社とは違うノウハウが必要である。地域金融機関は、HIRAC FUNDに行員を出向させ、そこで1年ほど教育を受けて、地元にスタートアップに関する知見やノウハウを持ち帰るというわけだ。

キャピタルゲインと「介在価値」を重視

 HIRAC FUNDの主要メンバーは、マネーフォワード創業者であるCEOの辻庸介氏、同CSOで、マネーフォワードベンチャーパートナーズ代表の金坂直哉氏、そして古橋智史氏の3名だ。古橋氏はマネーフォワードが2019年にM&Aをしたスタートアップ・スマートキャンプの創業者である。そうした経緯もあり、IPOはもちろん、投資先のM&Aにも知見があるのが特徴だ。

 投資のチケットサイズはガイドラインとして上限3億円としているが、踏み込む会社には上限を超えても柔軟に投資している。VCに投資基準を尋ねると、領域やテーマに対する回答が返ってくることが多いが、HIRAC FUNDはこれも独特だ。

「どういうシチュエーションなのかとか、HIRACがどれだけ介在価値があるのかということをかなり勘案して投資しています」(甚野氏)

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マネーフォワードベンチャーパートナーズ・ディレクター 甚野広行氏

 投資方針としては、①戦略ポテンシャルに加え、HIRAC FUNDの介在価値が高いこと、②リーズナブルなバリュエーションでエントリーし、大きくExitできること、という両軸を重視している。戦略ポテンシャルとしては、①については、投資先であるGENDA、まん福ホールディングス、Brave groupはM&Aを行って成長する「ロールアップ戦略」を取っているが、こういう戦略に対してポジティブなスタンスだ。

②については、セカンダリーで既存株主から株式を買い取ったり、大企業からのスピンアウト案件を積極的に狙いに行くようにしているという。たとえば、エイベックスの子会社がスピンアウトしたTHINKRへの出資は、②の側面が強い。

「最近だと、親子上場を避ける上場企業が、まだ赤字だが成長している子会社をいったん切り離す動きが活性化しています。ただ、PEファンドはフリー・キャッシュ・フローがポジティブじゃないと踏み込みにくい。VCは足元の赤字は許容できるので、ハイグロースなら私たちの対象であり、チャンスだと考えています」(甚野氏)

 いずれにせよ、Exit戦略には柔軟に対応している。「基本的にはIPOですが、M&A、あるいは私たちの持ち分だけセカンダリーで売却するということもあります。しっかりリターンが出るのであればよいという考え方です」と、甚野氏は言う。

 スモールIPOをした企業は、IRの観点からはIPO後に株式を売却したほうが投資家に高い比率で返せることを考慮しつつ、投資先のリターンがもう少し上を目指せるのであれば上場後も株式を保有しておくというケースもある。

リアルビジネスへの投資にこだわる理由

 実際の投資先を見ていこう。これらに共通するのは、「テック×リアル」のビジネスが多いことだ。

 典型的な投資先スタートアップは、シードから出資しているフリーランス美容師向けのシェアサロン「SALOWIN」運営のサロウィンだ。フリーランスの美容師に場所を提供し、施術料金の20%がサロウィンの売上になるというビジネスモデルである。テナントビジネスに近いと考えると分かりやすいだろう。ベースは美容院というリアルビジネスだが、ここにテックを組み合わせたという仕組みである。さらに、全国展開の際にはHIRAC FUNDの地銀ネットワークの活用が期待できる。基本的には不動産ビジネスになるため、借り入れによる資金調達が重要だ。今年2月には52億円を資金調達したが、うち27億円は地銀を中心としたデットファイナンスによるものである。

 また、サウナ付きトレーラーハウス型宿泊施設を運営するアースボートなどのように、地域の協力を得なければビジネスが進んでいかないスタートアップにも多く投資している。

「私たちが彼ら(投資先スタートアップ)が展開したい地域と彼らの間に入り、どんどん紹介してつないでいく『架け橋』の役割を果たしていきます」(甚野氏)

 HIRAC FUNDがリアルビジネスにこだわる理由は。甚野氏は、「土地の取得があるなどリアルと関わるビジネスはデットファイナンスをネットで引きやすく、私たちは支援しやすいですし、地域金融機関にも喜んでもらえるテーマ。他のVCが避けても、うちはこういうのをやりたいんです」と息巻く。

「リアル×テック」ではないケースでは、「グローバル」が投資基準となる。バーチャルIP事業を行うBrave groupや、高価格帯の日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」販売のClear、バーチャルアーティストなどのマネジメントを行うTHINKRは、海外マーケットを目指すスタートアップ銘柄としての位置づけとなっている。

「海外マーケットを狙える日本から発信できる産業として、エンタメにも張っています」(甚野氏)

地方スタートアップのIPOを増やす

 HIRAC FUNDは、投資先とキャピタリストの距離感が近いのも特徴のひとつかもしれない。「例えば、エンタメ領域の投資先ですと、私たちもイベントのスタッフとして手伝ってますよ」と甚野氏は話す。

「まずは体感していただくことが大事だと考えているため、ライブの際には枠をもらって投資家や金融機関等のステークホルダーをご招待しています」

 基本的に、あらゆるステークホルダーと地道に接点を持っているため、支援先は起業家やVC、スタートアップに関わるステークホルダーなど、さまざまな方面からの紹介によるものばかりだという。なかにはお世話になっているテレビ局の関係者からの紹介で投資が実現した事例もあるという。

 このフットワークの軽さは武器だ。起業家、銀行、証券会社、場合によっては東証まで、ニーズが合致していると思えば自前のネットワークでどんどんつないでいく。起業家が金融機関とのコミュニケーションに慣れておらず、やりとりに齟齬があると感じれば、文言レベルでアドバイスもする。投資先から起業、M&A、ファイナンスなどの相談があれば辻氏、金坂氏、古橋氏というそれぞれ強みがある現役スタートアップ経営陣が基本全部受けているという。

 こうした密なコミュニケーションを伴う支援体制は、都市部だけでなく地方のスタートアップエコシステム構築にも生かされている。HIRAC FUNDの地域金融機関とのネットワークは、地方でのスタートアップ支援においても大きな力を発揮している。

 岡田氏は、「長期戦にはなるが、地方でIPOする企業を出したい」と宣言する。地域でのスタートアップ支援の支援をしていくという事例も出ている。和歌山ではKey Siteというスタートアップ支援を行うコミュニティ施設を紀陽銀行とHIRAC FUNDなどが立ち上げた。紀陽銀行はこれを含めたスタートアップ支援の取り組みにより、10年で5社の上場企業を生むという高い目標を掲げている。地方企業はそもそも外部資本を入れて資金調達していることが少ないため、ここをテコ入れして一気に成長スピードを加速させることができれば、景色は大きく変わるだろう。

 HIRAC FUNDは紀陽銀行が構想していたコミュニティサービス事業への参画の打診を受け、コンセプト作りからスタート。3年かけて立ち上げた。

「初めは銀行内でも施設のイメージができなかったのが、建物のパースを見せたとたんに空気が変わったんです。イメージができるまでには時間がかかりましたが、今ではKey Siteを拠点に、オール和歌山で起業家を育成していこうとしています」(岡田氏)

 紀陽銀行のルートを利用して、県外の起業家と関西圏の企業を結び付けることで、スタートアップが想定していなかったニーズも生まれているようだ。

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「Key Site」外観 写真提供・マネーフォワードベンチャーパートナーズ
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オープニングセレモニーには和歌山の行政トップや大学学長も参列した(写真提供・マネーフォワードベンチャーパートナーズ)

 いま彼らが起業家に伝えたいのは、「起業するなら別に東京でなくてもいい」ということだという。

「現状、東京で起業してもワン・オブ・ゼムになりやすい。たとえば地方出身者が地元で起業したら、とにかくみんなが応援してくれます。金沢のスタートアップイベントに参加したときも、県知事や市長が地元起業のスタートアップを非常に可愛がっていた記憶があります。一緒にKey Siteを運営してくれているATOMicaは宮崎のスタートアップですが、宮崎も和歌山も同様の状況だと感じます。まだ数が少ないからということもありますが、地元から全国や世界で頑張ろうとしている会社を応援したくなるのは人の心理ですし、本社機能が地方にあっても業務上問題ない環境がテクノロジーによって整いつつあります。あとは、Key Siteのコンセプトのように、地方にいても、ヒト・モノ・カネ・情報が東京にいるのとさほど変わらない状況を、私たちが担保することができたらいいと思います」(岡田氏)

 どこにいてもスタートアップで起業に挑戦できるようになるためには、地方にヒト・モノ・カネと接続できる環境をまずは作らなければならない。金融機関や地元を動かすのは、地道なコミュニケーションであり、HIRAC FUNDの最大の支援はそこにあるのかもしれない。

(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)

相馬留美/ジャーナリスト

ジャーナリスト。2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者として活動。その後、フリーランスとして経済メディアで執筆・編集を行い、経済メディア企業やスタートアップ企業での勤務を経て、再度独立。企業のビジネスモデルや技術、サービスの取材を通じて、新しい価値を生み出す人々との出会いを大切にしている。