スタートアップ投資で小売・流通を変革、新機軸の独立系VC

●この記事のポイント
・New Commerce Venturesは2022年設立の小売・流通特化型VCで、設立から3年弱で30社に投資してきた。従来の効率化では限界が見える業界に対し、スタートアップと事業会社を結び、サプライチェーン全体の課題解決を図る点が特徴。
・投資後は協業を形にする支援に強みを持ち、OpenFactoryとGMOメイクショップの連携事例などを生み出してきた。「入口の資金調達の歪み」や「出口の多様性不足」に課題を感じつつ、AIやロボティクスを先取りし業界を変えるスタートアップを育成する構想を描く。今年は2号ファンド組成も視野に、業界変革のハブを目指している。
人材不足、物流コストの上昇、低い利益率。小売・流通業は数多くの課題を抱え、従来の効率化だけでは限界が見え始めている。そこに挑むのが、New Commerce Ventures。2022年に設立されたこの独立系VC(ベンチャーキャピタル)は、スタートアップと事業会社を結ぶことで、新しい産業の仕組みを描こうとしている。
今回は同社代表パートナーの松山馨太氏と同・大久保洸平氏にインタビューし、そのチャレンジの経緯と活動の詳細、思い描く未来を聞いた。
●目次
- 小売・流通に特化した新機軸の独立系VC
- VCの同僚から共同創業者へ
- 「特化」に見いだしたVCとしての勝ち筋
- 協業を「形」にする投資後支援
- 「入口」と「出口」、それぞれの課題
- 小売業のビジネスモデルを変える存在に
小売・流通に特化した新機軸の独立系VC
2022年8月に設立されたNew Commerce Venturesは、小売・流通領域に特化した国内でも珍しいベンチャーキャピタルである。設立から3年弱で、すでに30社へ投資しており、そのスピードが際立つ。
投資するスタートアップは「コマース」という言葉が想起させるEコマースにとどまらない。スーパーやコンビニエンスストア、百貨店、さらには家電量販店や専門店に至るまで、小売業全般の課題解決に挑むリテールテック、物流、飲食やサービス業にまで投資対象を広げる。つまり、モノやサービスの生産から消費者に届くまでのサプライチェーン全体を射程に入れているのだ。
出資先の事例として、食品流通業界のマーチャンダイジング業務のDXソリューションを提供するスタートアップ、デリズマートを挙げよう。原材料高騰や消費者の節約志向に直面する小売業界に対し、同社はPBの商品企画から製造までを一気通貫して担い、すでに複数の店舗でヒット商品を生み出した。創業者の上村友一氏は高級レストランを運営するひらまつでシェフを務めていた人物だ。「どの食卓にも一級品が食べられる日常を届ける」という理念のもと、日本の食卓に新しい選択肢を根付かせようとしている。その挑戦を、New Commerce Venturesは高く評価し支援している。
創業者の一人である代表パートナーの松山馨太氏はこう話す。
「小売・流通を支援するスタートアップに投資するだけでなく、事業会社とつなげることで両者が成長できるエコシステムを生み出したい。そのエコシステムの役割を担いたいのです」
VCの同僚から共同創業者へ
松山氏ともう一人の創業者・大久保洸平氏は、New Commerce Venturesの共同代表である。二人はYJキャピタル(現Z Venture Capital)の出身で、4年間同じ職場で過ごした。日々の業務を通じて築いた信頼関係が、独立の土台となった。
「それまでも会社帰りに一緒に飲んで帰るような仲でした。2021年末、飲みながらキャリアの話をしているうちに、二人のキャリアの合致点が見えてきて、“独立”という選択肢が急に現実味を帯びたんです」と大久保氏は振り返る。その後わずか数か月で退職を決意し、資金調達へと動き出した。
松山氏には、さらにもう一つの背景がある。YJキャピタルに入る前、起業に挑戦した経験を持つのだ。しかし事業は思うように軌道に乗らず、悔しい結果に終わった。入社当初は「3年後には起業する」と心に決めており、同僚の中でも優秀だった大久保氏に、起業アイデアを持ち込み、議論を重ねることも少なくなかった。
「地域の課題を解決したいと考え起業したが、VCをやってみて思ったのは、優秀な起業家が世の中にたくさんいて、同じような課題を解決している。だったら自分が一つの事業を立ち上げるよりも、そうした起業家を支援して、事業会社とつなぎ、生活者に届けるほうが圧倒的に大きなインパクトを生み出せると思ったんです」
この経験が松山氏の視座を大きく変えた。起業家として「自分の事業を成功させる」ことから、投資家として「数多くの起業家を支援する」ことへ。その失敗こそが、いまのVCとしての姿勢を形づくったのだ。
「特化」に見いだしたVCとしての勝ち筋
2022年の春、二人は退社し独立。当初、最大の課題は資金集めだった。Exit実績のないなかで、LP(ファンドに資金を提供する投資家)からの信頼を得る必要があったからだ。
「我々は大きなIPO(株式新規上場)やM&A(合併・買収)のトラックレコード(実績)を持っていませんでした。その中で選ばれる理由をどうつくるか。そこで、これまで存在しなかった『小売・流通領域特化型』ファンドにするという差別化が勝ち筋だと考えました」と、大久保氏は語る。
設立からわずか4カ月で事業会社を中心にLP出資を取り付け、2022年8月のファーストクローズに至った。LPにはEC関連企業や決済企業、さらにはメディアやアパレルなど幅広いtoCビジネス企業が名を連ねる。スタートアップと接点を持ちたいという思惑は強く、「この領域のスタートアップに網羅的に会える」という強みを訴求している。
投資先の7割はシードステージで、出資額は3000万〜5000万円程度。残り3割はミドル・レイター案件に投資する。基準は「製造から消費者に届くまでのサプライチェーン上の課題解決をしている会社」であることだ。
松山氏は、経営者を見る際のポイントをこう説明する。
「シードステージの場合、やはり経営者を重視します。ポイントは3つ。誰よりもその分野に詳しいこと。PDCAをスピーディーに回せる行動力。そして逆算思考です。実現したいという想いが強いからどんどん詳しくなるし、詳しいからこそ選ばれる理由や勝ち筋を見つけられる。そしてそのアイデアを高速で検証する行動力があるか。さらに高いゴールを設定し、そこに至る逆算のステップを描けるか。この3つが揃っているかを見ています」
たとえば、ソーシャルコマースを展開するBoomeeは、代表の沼田佳莞氏の行動力と吸収力が際立つという。松山氏は「アパレルに対する知識ゼロから高速でヒアリングや検証を繰り返し、短期間で製造から販売まで解像度高く設計している。その姿勢は投資家として惹かれるポイントです」と話す。
一方、大久保氏は経営者に対して「10年間一緒にやりたいか」という基準を挙げる。
「失敗しても応援できる相手か、10年間ともに過ごしたいと思えるか。ファンドは10年続くので、その感覚は大事です」。
協業を「形」にする投資後支援
New Commerce Venturesの真骨頂は、投資後の支援にある。単なる資金提供ではなく、スタートアップと事業会社を結びつけ、協業を「形」にすることを重視してきた。
その代表例が、OpenFactoryの事例だ。LPの一つであるECサイトシステムを提供するGMOメイクショップと、一点モノの商品をオンデマンドで作るAPIを提供するスタートアップ・OpenFactoryを引き合わせた。結果として協業が始まり、GMOメイクショップを利用する小規模事業者でも、大手と同じようにオリジナル商品の製造販売を可能にした。その後、両社は資本業務提携にまで発展している。
こうしたエピソードは、New Commerce Venturesが「オープンイノベーション」という言葉を単なるスローガンに終わらせないことを示している。大久保氏は強調する。
「紹介して終わりではなく、協業にまで持っていくことを意識しています。それが我々の差別化の源泉なんです」
「入口」と「出口」、それぞれの課題
松山氏は、まず「入口」にあたる資金調達段階への危機感を語る。
「シードのバリュエーション(企業価値評価)が高止まりしていて、その後の成長で苦しむ企業が増えている。VC間の競争が要因になっている部分もあり、本当に良いことなのか疑問です」
有望なスタートアップを奪い合う結果、企業価値が実態以上に膨らむ。調達直後は華やかでも、次のラウンドで成長が追いつかず、資金繰りに苦しむ企業も少なくない。松山氏が懸念するのは、こうした「入口の歪み」が成長力をむしばむ点だ。
一方で、「出口(Exit)」にも課題があると大久保氏は指摘する。
「VCビジネス自体の持続可能性を高めるにはExitの多様化が不可欠。M&Aや大企業のケイパビリティ強化が進まなければなりません」
資金の循環が滞れば、エコシステムは育たない。いずれ投資先はExitを迎える。その際、IPOだけでなくM&Aのアレンジを担うことも、New Commerce Venturesが果たすべき役割だという。
「海外の領域特化ファンドでは、事業会社とのネットワークが厚いほど、スタートアップが『相談したい』と集まってくるという循環ができています。つながりの中で統合し、大きくなっていく。僕らもそうした存在になりたいと考えています」(松山氏)
実際、同社はスタートアップと事業会社を結ぶオフラインイベントやカンファレンスを定期的に開催し、共同事業の創出を後押ししている。さらに大久保氏は業界団体へも積極的に関与し、ネットワークを広げている。そこから事業会社を巻き込んだExitが生まれる可能性も視野に入れている。
小売業のビジネスモデルを変える存在に
そんな同社が今後、積極化していきたいのは、AI領域とロボティクス領域だ。大久保氏は言う。
「AIの進展で、生活者の意思決定のプロセスそのものが変わっていきます。従来は人が検索したり比較したりしていた部分をAIが担うようになれば、小売・流通のビジネスモデルは根底から変わります。また、労働力不足が起きてくるなかで、省人化のためのロボティクスの導入も求められます。その変化を先取りして業界を支えるスタートアップを増やしたいと考えています」
その動きはすでに始まっている。コンピュータービジョンを活用した省人店舗システムを開発するスタートアップ・VisionAIや、AIによってEC運営を効率化するSync8への出資も、その文脈に沿ったものである。
二人はさらに先の未来も明確に思い描いている。小売・流通の現場にある課題を解決するスタートアップが次々と生まれ、事業会社との協業を通じて産業全体が活性化していく社会である。
小売業は従来から利益率の低い構造に縛られてきた。人材不足や物流コストの上昇といった課題も重なり、従来型の効率化だけでは限界がある。だからこそ、新しい技術や異業種との協業を取り込み、消費行動の変化をプラスに転じる必要がある。
New Commerce Venturesは、その変化を共につくるスタートアップを増やし、業界の構造変革を後押ししていこうとしている。今年は2号ファンドの組成にも挑戦する予定だ。同社は、小売領域のスタートアップ、事業会社、VCを結ぶハブとして、産業の変革を滑らかに支える存在になっていくのかもしれない。
(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)


