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「伝説のバンカー」がミダスキャピタルに…大櫃直人氏はいまスタートアップに何を思うのか

2025.11.27 2025.11.27 00:15 ベンチャーファイナンス
本当に伸びる会社はここが違う…伝説のバンカー大櫃直人氏が語る目利きの極意の画像1
大櫃直人氏

●この記事のポイント
・みずほ銀行で220社のスタートアップを支援し、30社超を上場に導いた”伝説のバンカー”大櫃直人氏が、ミダスキャピタル専務取締役パートナーとして新たな挑戦を始めた。
・スタートアップ成功の鍵は「3〜4人の強い経営チーム」。社長1人のカリスマ経営では、急成長期を乗り越えられないと強調する。
・AI時代の資金調達は「最初に大きく集めて、次は上場かM&A」へ。従来のシリーズ型調達から大きく変化している。

 メルカリ、マネーフォワード、BASE——。日本を代表するスタートアップの創業期を支え、「伝説のバンカー」と呼ばれた男がいる。

 大櫃直人氏。みずほ銀行で約220社のスタートアップを支援し、そのうち30社超を上場に導いた実績を持つ。その大櫃氏が新たなステージとして選んだのは、投資会社ミダスキャピタルの専務取締役パートナーという立場だった。

 銀行員として長きにわたってスタートアップ支援一筋で走り続けた男は、なぜ今、投資の世界に身を投じたのか。そして、AI時代のスタートアップに何を見ているのか。大櫃氏に話を聞いた。

●目次

50歳の転機…渋谷支店長が見出した「新しい銀行の役割」

「大きな転機になったのは、50歳で渋谷の支店長になった時です。そこでスタートアップの方々と出会うきっかけがありました」

 大櫃氏がスタートアップ支援を始めたのは、みずほ銀行渋谷中央支店の支店長時代。それまで本部で5〜6年にわたりM&Aサポートを担当し、大企業との太いネットワークを築いていた。そのキャリアを経て渋谷中央支店を任されたという事実は、メガバンク内でもトップ層の実力を評価されていた証左である。

「スタートアップは、実績もリソースも信用もない。でも、夢を持った優秀な人たちが起業している。金融機関として何かお手伝いできないかと思ったんです」

 大櫃氏が最初に着目したのは「信用補完」だった。銀行がスタートアップに代わって大企業を紹介する。M&A業務で培ったネットワークを活用し、大企業とスタートアップをダイレクトに結びつけた。

 渋谷支店長時代、大櫃氏は約200社以上のスタートアップと取引を開始。そのうち26社が上場した。1割を超える「打率」は、偶然ではない。

メルカリもマネーフォワードも「強い経営チーム」があった

 顧客紹介から始まったスタートアップ支援。次に大櫃氏が挑んだのは「融資」だった。

「当時、金融機関は効率化を徹底的に求める中で、売上基準で顧客を線引きしていました。スタートアップのような小規模企業に担当者をつけたり融資したりすることは、戦略上難しかったんです」

 本部を説得し、審査部門と闘い、少しずつ融資を実現していく。メルカリ、BASE、マネーフォワード……。赤字でも将来性のある企業に、大櫃氏は融資を実行した。結果、貸し倒れはほぼゼロ。融資残高は順調に伸びていった。

 では、大櫃氏は何を見て「この企業は伸びる」と判断したのか。

「融資をするかしないかの判断と、会社が成長するかどうかは、ほぼイコールです。それを『答え合わせ』しながら導き出したのは、スタートアップと中小企業の成り立ちの違いでした」

 従来の日本型経営では、優秀な社長1人がすべてを思い描き、社員がそれについていく。階段を上るように、踊り場で体力を蓄えながら時間をかけて成長する。

「でもスタートアップは違う。赤字でもマーケットを取らないと勝てない。Amazon、Uber、Netflixなどの成長が、それを示しています。現代、じっくり時間をかける戦い方では勝てないんです」

 そんな急成長を支えるために必要なのが「強い経営チーム」だと大櫃氏は信念を持って語る。

「スーパーマン1人では、急成長期の壁は乗り切れない。私は最低3人、できれば4人の強い経営陣が必要だと考えています。例えばマネーフォワードの創業者である辻庸介氏はよく知られていますが、彼とほぼイコールの立場で話せる経営陣、それを支えるエンジニアが揃っていました。急成長期に顧客から問い合わせがあっても、社長1人の会社では社長が忙しくて捕まらない。でも、強い経営陣がいる会社は、誰かがカバーする。結果、お客様の信頼を得ていくんです」

 大櫃氏は融資の判断でも、この原則を貫いた。

「スタートアップの融資では、社長だけでなく、CFO、CTO、CIOといった経営陣全員と会う。経営陣が強いメンバーで集まっていて、お互いをリスペクトしている会社は本当に強い。そういう会社に融資していると間違わないんです」

「大学教授の起業」が失敗する本質的理由

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 大櫃氏は、地方銀行がスタートアップ支援で失敗する”ある共通パターン”を指摘する。

「これまで、何度か地方銀行から『スタートアップ支援を過去に何回かやったけど失敗した』という話を聞いたことがあります。実はほぼ同じ要因で失敗しているんです」

 地方にも優れた人材は揃っている。例えば、世界的にも評価される知財を持つ教授がいたとしよう。その教授が、事業化を考え地銀はそこに融資する。

「でも、大学の先生はチームを作れない方が多いんです」

 結果、急成長期に対応できずにつまずく。融資した地銀は貸し倒れを経験する。そして、スタートアップへの融資はうまくいかないと僅かな経験で結論づけてしまうのだ。

「そもそもスタートアップには3〜4人の強いチームが必要だということを理解していないまま始めるから失敗する。そして、大学教授にはチームを作れない人が多いことを知らずに融資してしまう。この2つが失敗の要因です」

 では、技術力のある大学発ベンチャーに勝ち目はないのか。大櫃氏は「ディープテック」には時間軸を考慮した別の戦略が必要だと語る。

「ディープテックは時間がかかる。ITのように3〜5年で上場するようなスピードは望めない。10年、15年かけて量産化し、社会に実装していく世界です」

 そこで、大櫃氏が提唱するのは「ハイブリッド型」だ。

「最初は社長1人でもいい。日本型の階段を上る経営で、コツコツと時間をかけて成長する。ただし、プロダクトマーケットフィットして量産に近づいたタイミングで、資金を大きく集めてスタートアップ型に切り替える。このハイブリッド型がディープテック企業には必要です」

 つまり、大学発ベンチャーの失敗を避けるには、成長段階に応じた戦略の使い分けが鍵となる。地方銀行も、この時間軸を理解した上で支援することが求められているのだ。

AI時代、資金調達の常識が変わる

 大櫃氏は、AI時代のスタートアップを取り巻く環境変化を、鋭く見抜いている。

「今、アメリカでは資金調達の形が大きく変わっています。最初の会社設立時に100億円、あるいは50億円を一気に集めて、その後はファイナンスをしない。次に登場する時は、もう会社を売却するか上場するか、なんです」

 従来の日本のスタートアップは、シード、シリーズA、シリーズBと段階的にエクイティファイナンスを受けるのが一般的だった。しかし、AI時代はそのモデルが通用しなくなりつつある。

「例えばパランティア・テクノロジーズは、最初に集めたきりで、その後は国のお金で成長した。AI企業のM&Aも、最初にドカンとお金を集めて開発し、ある程度できたところで大手の傘下に入っていく。こういうやり方に変わってきています」

 この変化は、大企業との協業にも影響する。

「今までは、大企業はシリーズEくらいの成熟期に『この会社は安心だね』と出資して業務提携していた。でも、もうそういうチャンスは巡ってこない。一か八かで目利きを生かして、本当のスタート時に資本参画しない限り、資本業務提携は結びつけられない時代になっています」

 一方で、ディープテック領域では国の支援が重要だと大櫃氏は強調する。

「ディープテックは量産化に大きな資金が必要で、『死の谷』と呼ばれる難所がある。15年、20年のリスクを民間金融機関が単独で取るのは厳しい。国が一定の指針を示すことで、金融機関もリスクを取りやすくなります」

「生まれてこなかった30年」を終わらせるために

 大櫃氏がみずほ銀行からミダスキャピタルに移った理由、それは「上場後の成長企業支援」への強い思いだった。

「スタートアップが上場すると、証券会社はIPO支援チームを引き上げる。VC(ベンチャーキャピタル)もインサイダー情報を持つと売却できないので、経営陣から距離を置く。上場はスタートラインのはずなのに、周りを見渡すとサポーターが誰もいなくなる。これは良くないと思いました」

 大櫃氏はみずほ銀行時代、上場後の成長企業を専門に支援する新しい体制を構築した。300〜400社を1つの拠点に集め、スタートアップから時価総額5000億円規模になるまで、同じチームで一貫してサポートする。そんな前例のない仕組みを作り上げた。

 しかし、大櫃氏の視線はさらにその先を見据えていた。

「日本は『失われた30年』と言われますが、私は『生まれてこなかった30年』だと思っています。GAFAMのような企業が30年間、日本から生まれていない。これが最大の課題です」

 産業の新陳代謝を促す強い成長企業を生み出す。その思いが、大櫃氏をミダスキャピタルへと導いた。

「ミダスには、成長を圧倒的にスピードアップさせる仕組みがある。バイセルテクノロジーズやGENDAは、設立6〜7年で売上1000億円規模になった。この短期間で1000億円を作る秘密を知りたかったんです」

 その秘密とは何か。

「どんなスーパースター社長でも、24時間365日しかない。どこかで成長の限界が来る。急成長企業の共通項は、それが完全に『仕組み』に落とし込まれていること。再現性が担保されている。この仕組みづくりが本当に上手なんです」

 そしてもう1つ、大櫃氏が強調するのが「相互扶助」の文化だ。

「大企業だと出世争いで足を引っ張り合うこともありますが、急成長企業は成長の過程を楽しんでいる。お互いに協力し合う関係性が自発的にできている。ミダスではそれを『相互扶助』と呼んでいますが、これが企業成長に大きく繋がっています」

 最後に、大櫃氏はこれからスタートアップを始める、あるいは成長戦略で悩む経営者に3つのメッセージを送った。

「1つ目は、環境変化をしっかり捉えること。大企業との関係性、IPO一辺倒からM&Aへのシフト、AIの進展で大きく環境が変わっています。2つ目は、お金が流れている領域を見極めること。今なら宇宙、防衛、サイバーセキュリティ。『守る』ことにフォーカスすると、大きなお金が動いている。どこで戦うかという領域選択が重要です。そして3つ目は、優秀な人材をいかに集められるか。サラリーやストックオプションではなく、理念のもとに集まる仲間をどれだけ集められるか。これは昔も今も変わらず、これからの時代、より重要になってくると思います」

 伝説のバンカーは今、投資家として新たな挑戦を始めた。その眼差しは、日本から世界に通用する成長企業を生み出すことに向けられている。

(取材・文=昼間たかし/ルポライター、著作家)