学習塾業界で不可解なM&A(合併・買収)が進行中だ。舞台は、首都圏を中心に約300校、約7万人の小・中学生が学ぶ学習塾「栄光ゼミナール」を展開する、東証2部上場の栄光ホールディングス(東京・千代田、近藤好紀社長)。栄光株式の57.04%を、ライバル同士である東証1部上場の進学会(札幌市、平井崇浩社長)と通信添削「Z会」の持ち株会社、増進会出版社(静岡県駿東郡、加藤文夫社長、非上場)が共同で保有することになった。
2社は4人を取締役として栄光に送り込む。6月の株主総会以降、栄光の取締役7人の過半数が同業他社からの派遣組となる。栄光は役員受け入れの理由を「経営体制の強化のため」と説明していた。
4月27日、栄光のもとに進学会と増進会から株主提案が届けられた。両社が取締役を2人ずつ、計4人を派遣するという内容だ。進学会グループが29.46%、増進会出版社が27.58%保有していた栄光株式を、同日、共同保有形式に変更、発行済み株式の過半の57.04%を握ったことになる。
栄光は、この4年間、トラブル続きだった。発端は創業者兼オーナーである前社長の北山雅史氏(68)と現社長の近藤氏との対立。2008年6月の株主総会で北山氏が事実上、解任された。
栄光は、北山氏が埼玉大学在学中に1つの教室だけの学習塾を開設したのがルーツ。80年に埼玉・南浦和に栄光ゼミナール(のち栄光)を設立。95年に株式を店頭登録、96年に東証2部に上場。株式市場から調達した資金で、日本最大の学習塾チェーンを築いた。だが、北山氏の個人会社が運営する高級リゾート施設「沼津倶楽部」への資金流用疑惑や、愛人と噂される女性に、その運営を任せていたことを追及され、08年の株主総会で北山氏は社長を辞任、最高顧問に退いた。
新しい社長になった近藤好紀氏(58)が仕掛けたオーナーの追放劇だった。近藤氏は獨協大学経済学部を卒業、80年に栄光ゼミナールに入社した草創期からのメンバー。これ以降、北山、近藤両陣営に、自称、株のプロが軍師につき、北山氏とその親族が保有している約51%の株式をめぐる虚々実々の駆け引きが繰り広げられた。
北山氏側の軍師は、大手商社系の投資ファンドが北山氏と一族の株式を買い取って、残りの株式もTOB(株式公開買い付け)を実施して引き受け、経営権を取り戻すというシナリオを描いた。だが、軍師がいわくつきの人物だったため、本来、応援するはずの証券、銀行、商社が、このプランから降りてしまった。
北山氏は、個人会社で運営する高級リゾート施設の数10億円と言われる巨額借入金の返済を、みずほ銀行に迫られていた。保有する栄光の株式を売却するしかない状況にあった。近藤氏側の軍師はこれに目をつけた。
09年8月から9月にかけて、北山氏の救済を名目にTOBを実施。みずほ銀行へ担保に差し出されていた栄光株を買い取り、近藤陣営は自社保有に変えた。このため、北山氏名義の株式は17.21%からゼロになった。近藤氏側はしたたかだ。「北山氏が保有していた株式は自己株式として(ずっと)保有する」としていたが、09年12月にこの株を処分した。
北山氏が保有していた株の売却先は増進会出版社。増進会が15.90%を保有する第2位の大株主に突然、浮上した。増進会の社長の加藤文夫氏(64)は元商社マン。東大農学部を卒業して、商社のトーメンに入社。ニューヨーク、シドニーに8年駐在して食料・食品の輸出入を担当。98年に増進会に入社、05年から社長である。
このままでは、近藤氏に栄光を乗っ取られると思った北山氏は、反撃に出る。盟友の佐藤イサク氏へ残りの持ち株を売却した。佐藤氏は愛知などで「佐鳴予備校」を展開する、さなる(東京・新宿)の社長。10年9月、さなるは栄光の発行済み株式の32.80%を取得して、電撃的に筆頭株主に躍り出た。さなるは、北山氏の個人資産管理会社で筆頭株主だった信和管財(持ち株比率26.44%)を会社丸ごと買収したほか、同じ資産管理会社で第4位株主のエム・アイ・シー(同6.36%)から栄光株式を手に入れた。
近藤氏側は10年9月、増進会出版社に買収防衛策として第三者割り当て増資を実施。またまた、増進会が27.52%を保有する筆頭株主に躍り出る。買収を仕掛けたのが、さなるで、増進会は買収を阻止するホワイトナイト(白馬の騎士)という役回り。業界初の敵対的M&Aの幕開けである。
11年3月、さなるが保有していた栄光株式は、上場学習塾の進学会に売却された。進学会は北海道を代表する学習塾チェーンで、平井崇浩社長(35)は2代目。東大経済学部を卒業して、日本興業銀行に入行。05年、父親が創業した進学会に転じ、09年社長になった。11年6月末時点で、進学会は栄光株の7.14%を直接保有、信和管財が商号変更した有限会社進学会ホールディングスが22.75%を保有。合計で29.90%を所有して、増進会出版社の28.03%を抜いて筆頭株主になった。筆頭株主が頻繁に入れ替わったわけだ。
11年10月、栄光は栄光ホールディングスを設立して持ち株会社体制に移行。12年3月末時点の持ち株比率は進学会側が29.46%、増進会出版社が27.58%。合わせて57.04%を共同保有して、取締役4人を派遣することになったわけだ。
しかし、株式総会前に早くも亀裂が生じた。栄光HDは6月6日、進学会との資本・業務提携を解消すると発表した。栄光HDの子会社、栄光の役員になっていた進学会の平井崇浩社長を解任。株主提案のうち進学会出身の取締役候補2人の選任についても反対する。「企業理念や経営方針などで埋めがたい相違点があったため」と説明している。
進学会の創業者、平井睦雄氏(63)ら2人の役員選任議案は栄光HDの会社提案ではなく株主提案として株主総会に付議し、併せて、株主提案による取締役2人の選任については反対することになったというのだ。
一方、進学会側が6月4日に提出した修正大量保有報告書によると、有限会社進学会ホールディングスが持ち株比率を29.9%(それまでは22.7%)に高め、単独で筆頭株主になっていた。進学会の株数に変更がなければ進学会側の持ち株は37%超になる計算だ。進学会は6月7日、栄光HDが発表した資本・業務提携の解消について、「法的措置を含めて対応を検討する」と激しく反発した。提携解消は「無効」と主張。これまで通り、栄光HD、増進会出版社との3社の協力が「最善の方法」とした。
「株主総会後、増進会と進学会の主導権争いが激化するのは必至」(証券アナリスト)とみられていたが、株主総会を目前に控え、風雲急を告げている。まだまだ、ハプニングが起こるかもしれない。
(文=編集部)