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「株や商品の取引で一攫千金」相場師という職業とその業

野村證券も加担?「サギ師に騙され55億損」した相場師の末路

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『日本相場師列伝』(日本経済新聞社)
【訃報】寺町博氏(てらまち・ひろし=前THK社長、創業者)9月11日、大動脈弁狭窄症のため死去、88歳。岐阜県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。お別れの会を開く予定。喪主は長男、彰博(あきひろ)氏が務める。

 寺町博氏は伝説の相場師である。メディアに露出することがほとんどないので、世間的には無名だが、株と商品の世界で有名であった。しかも、実業家でもある。創業した会社を2社も上場させた。相場師が実業家としても名を挙げたのは、おそらく寺町氏ぐらいだろう。それほど稀有な存在だった。

 1924年4月、岐阜県の生まれ。42年、岐阜県第一工業学校(現・岐阜県立岐阜工業高校)卒。技術者の彼は、50年に大一工業(現・日本トムソン)を設立してベアリングの製造を始めた。ゼロから立ち上げた同社を63年、東証2部に上場させた。1回目の上場である。

 この頃から相場にはまり、商品相場で多額の損失を出し、会社を手放さざるを得なくなった。普通なら、打ちのめされて意気消沈するところだが、このくらいのことではへこたれない。そこが寺町氏の怪物たるゆえんだ。もう一度、一から出直すことを決意する。

 71年、東邦精工(現・THK)を設立。相場を封印し、技術者として全力投球した。困難といわれていた機械の直線運動部のころがり化を実現させ、「直線運動用案内ユニット=LMガイド」として世界で初めて製品化した。THKは現在、LMガイドで世界シェアの6割以上を占めるトップメーカーである。12年3月期の連結売り上げは1968億円。

 79年に無限摺動用ボールスプライン軸受の発明で日本発明振興協会の発明大賞を受賞。89年に直線運動用案内ユニットの開発で科学技術庁長官賞を受賞。技術者として実績と名誉の両方を手にした。89年にはTHKを店頭公開。創業した会社の2度目の上場を果たした。

 技術者、実業家として成功しても、相場はやめられない。寺町氏が繰り広げた数々の仕手戦の中で最も有名なのは、いすゞ自動車系の自動車部品メーカーTDF株だ。寺町氏がTDF株を買い支えてほしいと依頼したのが、有名な仕手筋であった宇都木普是という人物。彼はTDF株を131万株買い集めた。

 事件が起きたのは97年1月10日。野村證券新宿支店の寺町氏の口座から、TDF株式、170万株の買い注文が出された。空前の取引が成立。宇都木氏は野村證券本店営業部など8つの証券会社を通じ、持っていたTDF株式131万株を売り抜け、売却代金55億200万円を手にした。