出版社の営業幹部は言う。
「6月初めに日経新聞がすっぱ抜き、翌日に朝日新聞が後追いで報道した楽天による大阪屋(出版取次3位)買収の件だが、楽天だけではなく、講談社、小学館、集英社の大手3社と丸善、ジュンク堂書店の親会社・大日本印刷も大阪屋に出資する。これはアマゾン1強状態に歯止めをかけたいと考えている出版社や書店が、対抗策として楽天を担ぎ出したのだろう。楽天は、12年に出版業界団体が行った、客注流通を迅速化するための実証実験にも参加していた。楽天が取次業に参入するお膳立ては、すでに整っていたと思う」
楽天が大阪屋を傘下に加える–。これはアマゾンにとってもただごとではない。というのも、アマゾンの仕入れ先(帳合)の一つが大阪屋だからである。現在は、出版取次最大手の日販がメイン帳合ではあるが、アマゾンが00年に日本に上陸してから、大阪屋は長くアマゾンの出版流通を支えていた。先進的なネット販売を流通面で支えてきたことで、大阪屋の書籍データベースは出版業界随一ともいわれ、今でもアマゾンのシステムに迅速に対応できる出版取次は大阪屋だけと業界関係者は口を揃えるほど。長い間、アマゾンの売り上げの一翼を担ってきた大阪屋がライバル会社に買収される–この事態を重く見たアマゾンは、すぐさま手を打ってきた。
大阪屋との取引をすぐさま中止したアマゾン
ネット書店の営業責任者が明かす。
「アマゾンが大阪屋との取引を中止すると聞いた。これまでアマゾンは緊急時用と通常時用の2つの取引ルートを大阪屋に設けていたが、前者は正式に楽天の子会社になった時点で取引を止めて、後者も今年12月で中止する意向のようだ。その理由は、大阪屋には当然、楽天から役員が派遣されるので、大阪屋経由の売り上げやアマゾンのシステムなどを把握されてしまうためだろう。それに、アマゾンよりも楽天への出荷を優先するようになるだろうし、アマゾンにとってはメリットよりもデメリットのほうが多くなる」
巨人・アマゾンが楽天に対抗するために、楽天傘下となる大阪屋との取引を停止する–。これまでの「したたかなアマゾン」という同社のイメージとは異なるこの選択に、違和感を持つ人もいるだろう。筆者も、これまでアマゾンという企業が見せてきた、ある種の懐の深さを考えると、今回の件に関しては“狭小”という印象をぬぐえない。だが、アマゾンがそう選択するのには、別の理由があった。
「以前、アマゾンのある取引先が、楽天に買収され、その直後にアマゾンとの取引を停止したという事件があった。アマゾンは不意打ちを食らったため、顧客対応などで迷惑を被ったと聞いた。本の取引でもそうなる前に、先に仕掛けてきたのだろう」(別のネット書店関係者)
この「楽天が買収し、アマゾンとの取引を停止した」という取引先が、健康食品や医薬品の通販サイトを運営するケンコーコムのようだ。同社はアマゾンとドロップシップ(仲介業者を通さない直接売買)契約を締結し、アマゾンの顧客が注文したケンコーコムの取扱商品をアマゾンに卸していた。しかし、楽天が12年に同社の第三者割当増資を引き受け、51.41%の筆頭株主となった。その翌年1月にケンコーコムは、アマゾンとのドロップシップ契約を解除。ケンコーコムはアマゾンの取扱商品に競合するものが多くなったため契約を解除したというが、通販業界では楽天の意向を受けてのものという見方が広まっていたようだ。こうした楽天とアマゾンの浅からぬ因縁が、出版界にも少なからず影響を与えている。
だが、一つ疑問が残る。アマゾンは大阪屋との取引を中止することで、売り上げが減少しないのだろうか?
ある出版社の営業部長は「大阪屋に代わる商品の調達ルートとして、アマゾンは直取引サービス(e託販売サービス)を出版社に契約してもらうように交渉を進めている。ただ、なぜかはわからないが、その中には大手出版社は含まれていないようだ。また、出版取次大手のトーハンにも、取引を打診しているようだが、こちらはシステム面での対応が困難とも聞く。アマゾンの取引先に対する考えは、出版取次1社(日販)に頼る気はないというのが基本。新規取引相手が見つからない以上、これまで進めてきた直取引をさらに拡大していくのは自明の理」と話す。
アマゾンとの取引中止は大阪屋にとっても大打撃
出版社によって違いはあるが、アマゾンの在庫引当率の平均比率は日販6割に対して、大阪屋は4割だという。そのうち、大阪屋からどの程度調達しているかは、商品特性や出版社の体制(e託販売を実施しているか否か)によって異なるので一概にはいえない。だが、調達率が1~2割と想定すると、大阪屋を経由している売り上げは、少なくとも100億~200億円規模(アマゾンの売上高1600億円・大阪屋の卸し率70%と仮定)と推測できる。
そうすると、大阪屋は取引停止によって少なくとも100億円以上の売り上げを失うことになる。別の出版社の営業担当者は言う。
「大阪屋はブックファーストの帳合変更などで、1000億円以上あった売上高が13年3月期は942億5900万円と、前年比で2割以上落としている。そもそも、大阪屋の財務状況が悪化した発端は、明林堂書店(大分の宮脇書店がスポンサー企業となり、民事再生申請)が破たん直前に、取引先をトーハンから大阪屋に変更したことにある。そこに加えてブックファースト、そして今回のアマゾンとの相次ぐ取引停止が続き、薄利多売の手数料商売である取次業にとっては、代わりとなる取引先を見つけてこなくてはならない。その筆頭候補が楽天ブックス(現在は日販帳合)ではないかと業界ではいわれている」
これまで古本売買の「マーケットプレイス」、本の中身を表示する「なか見!検索」、学生向けの高ポイント付与サービス「アマゾン スチューデント」などの販売施策を実施して、日本出版業界との軋轢を招いてきたアマゾン。大手出版社ら業界の既得権者は、これまで小売業としての書店をコントロールしてきたが、ここまで強大になったアマゾンにはもはや既存の仕組み・プレイヤーでは抗しきれないと判断して、楽天を担ぎ出してきた。
だが、楽天ブックスの売り上げや販売システムなどは、いまだアマゾンに及ばない。電子書籍事業においても、利用調査やコンテンツ売上調査などでは楽天のkoboよりもアマゾンのKindleが優位に立つ。出版業界においては後塵を拝してきた楽天は、取次業に参入して何を実現しようと考えているのか。
楽天や大日本印刷といった他業種から出資を受けなければ成り立たない、衰退産業の出版業界。そこで楽天1社が救世主になれるはずもない。これまで通り、市場は縮小し、出版社と取次と書店は、さらに選別・淘汰され、大資本による系列化が進むだけだろう。この動きが元で、もし楽天に選別された業界プレイヤーが系列化してしまうなら、独立小資本の出版社や書店にとっては脅威が増すだろう。アマゾンという巨大勢力への対抗だけでなく、多様性が存立基盤となっている出版業界を陰から支える、これら小資本の出版社や書店を支援する業界改革を期待したい。
(文=佐伯雄大)