訴訟の原因となった事件の経緯を簡単に振り返ると、原告女性が三菱UFJの浜松町支店(現在は新橋支店に統合)を訪れたのが2010年。そのとき担当になったのが、被告の行員Y氏だ。女性は相続財産を元手に11年1月から同行で投資・運用を開始したものの、1年後に元本ベースで約8000万円の損失が出た。女性はY氏に安全な投資に切り替えるよう頼んだが、Y氏は「これまでの損を取り戻しましょう」と、後任のK氏とその友人でコンサルタントを名乗るS氏を紹介した。Y氏とK氏は大学の同窓生で、K氏とS氏は幼なじみという関係だ。
3人が女性に投資するように勧誘したのは、詐欺的商法で知られるマルチ会社・スピーシーだった。女性の投資は12年1月から4月までの間に合計6回、3億8000万円に上った。スピーシーはその年に経営破綻し、資金はほとんど戻らなかった(事件の詳細は、当サイト記事『三菱東京UFJ銀行員、顧客の高齢者女性をマルチ投資へ勧誘し、約4億円の被害与える』を参照)
スピーシーへの投資を主導したのはK氏とS氏だが、彼らとは示談が成立したため、訴訟の対象はY氏と銀行だけとなった。示談の内容について桃谷弁護士は「詳細は言えない」としながらも、「個人の賠償能力で精いっぱいの補填」であると認めた。また、原告の女性は「Y氏の誘いがなければ、こんなことにはならなかった。Y氏の責任が重い」と話しているとされ、原告の心情にも配慮した模様だ。
また、原告側としては、ある程度罪を認めているK氏とS氏を取り込んで、原告に有利な証言をしてもらったほうが得だという計算もあるかもしれない。3人と銀行が口裏合わせて全面的に否認されるよりも、原告としては戦いやすいに違いない。なお、当初原告側は刑事告訴を検討中だったが、最終的には女性が高齢であることを考慮し、損害賠償請求という民事訴訟を選んだようだ。ただ、会見に参加した記者の間からは「民事では銀行は謝らないだろう」という声が漏れていた。
訴状によれば、Y氏の勧誘行為の違法性は、詐欺、適合性違反(投資者保護に欠ける不適当な勧誘の禁止)、説明義務違反、浮貸し(銀行員等による金銭消費貸借の媒介等の禁止)の4つ。銀行は使用者責任を問われている。
●顧客情報の漏洩、高齢者の心の隙につけ込む行為も
本件が悪質なのは、まずY氏とK氏が銀行業務上知り得た顧客情報を社外のS氏に漏らしていること。次に、一人暮らしの高齢者に対し、頻繁に飲食を共にするなど心の隙間につけ込むような勧誘をしていること。そして、スピーシーから高額の紹介料を受け取っているとみられることだ。その金額について桃谷弁護士は「Y氏は約350万円、K氏とS氏は合わせて1200万円」と明かした。ただし、Y氏は受領の事実自体を認めていないという。
現在の3人の状況について桃谷弁護士は「Y氏は自宅謹慎中、K氏はすでに退職、S氏については不明」と話した。会見で記者からK氏の退職について質問された桃谷弁護士は、「推測してほしい」と懲戒解雇を匂わせ、言葉を濁した。Y氏とK氏に対する銀行の処分の仕方が違うのはなぜなのか、その点も不明だ。