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トヨタ、米国拠点移転から透ける、大量リコールの教訓と、「数を追わない」経営の深層

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トヨタ自動車のプリウス(3代目前期型/「Wikipedia」より/Mytho88)
 トヨタ自動車は、これまでの「拡大成長路線」から「持続的成長路線」に転じようとしている。トヨタは2014年3月期で1兆8231億円もの純利益をあげたが、持続的に安定した収益をあげる企業を目指すという。独フォルクスワーゲンと世界一を競う激戦の渦中のトヨタがなぜ、保守的にも見える持続的成長路線をとるのか。

 自動車業界は、これまで10年に一度の頻度で業績を左右するほどの「予期せぬ」出来事に見舞われてきた。ITバブル崩壊(1990年代末)、米同時多発テロ(01年)、リーマンショック(09年)、そして東日本大震災(11年)、さらに繰り返される為替の乱高下。トヨタといえども、それらの異変に翻弄されてきた。豊田章男社長が台数を追う経営ではなく持続的成長を掲げるのには、リーマンショックで一転赤字になり、その後に米国でリコール騒動に巻き込まれるといった苦い経験がある。

 豊田社長自身も、「トヨタには二度と同じミスを犯さないDNAがある」と先の決算発表の席でも語っている。しかし実際は違う。トヨタは80年代後半のバブル最盛期に金モールをつけた自動車を発売するなど、バブルに踊った経緯がある。そして、リーマンショック時も年間販売台数1000万台といった目標に惑わされた。トヨタは販売台数が増えるほど、それだけ原価が低減する経営構造であり、どうしても数を追ってしまうという企業体質だ。よって、「数を追わない」と明言するのは、自社の弱点を知ってのことだろう。

●大量リコールの背景

 さらに、トヨタがリーマンショック以降の経営不振で最も反省したのは、拡大路線に人材育成が伴わなかった点だ。ソニーやパナソニックが経営危機に陥った最大の要因は、欧米流の構造改革の名のもとに「人員整理」を繰り返し、企業経営の原点を見失ったことにもあった。それとは対照的にトヨタと本田技研工業(ホンダ)は近年、国内雇用を完全に確保してきたが、グローバル化に沿った人材の育成は後手に回ったとトヨタは振り返っている。また、米国などの海外拠点の現地人スタッフの育成も、思うようにいかなかったとみられている。

 豊田社長は、年間販売1000万台の今は、同600万台の時と同じような経営はできないという。600万台時代は日本からの輸出がメインだったが、現在では国内生産よりも海外生産のほうが圧倒的に多い。それだけに、国内外の人材育成が後手に回ると、予期せぬ問題に遭遇する。

 それが露呈したのは、09~10年に起こった米国でのリコール問題だ。米国議会でも問題発生から対応処理までに時間がかかりすぎることが追及され、当然、米国人スタッフや経営陣の対応能力も問われてくる。

 そのような対応能力の低下を招いた要因とみられているのが、トヨタ米国法人の「蛸壺(たこつぼ)」化だった。開発、生産、営業といった組織が、自部門を優先し、横の連携がとれずにいた。トヨタといえば、横の連携がうまく一糸乱れぬ連携プレイで有名だが、トヨタ米国法人内ではそうした強みが育たなかった。