この弁護士とは、元東京地検特捜部検事の佐々木善三氏である。検事時代は東京地検特捜部で政界汚職や大型経済事件を捜査した期間が長く、執拗な捜査と、狙った標的は逃がさない執念から「マムシの善三」の異名をとった。東京地検公安部長、京都地検検事正、最高検検事などを歴任し、2012年に退官。現在は晴海協和法律事務所に所属する弁護士である。
弁護士に転じてからは、プロ野球の統一球問題の第三者委員会で調査に当たった。ちなみに、統一球問題を引きずりプロ野球コミッショナーを引責辞任するかたちとなった元駐米大使、加藤良三氏の後任コミッショナーである熊崎勝彦・元東京地検特捜部長は、現役検事時代の佐々木氏を側近の1人としていた。
その佐々木氏は、ハンプ氏の事件摘発当初から「起訴される可能性は低い」とトヨタ側に断言していたとされる。
「今回の事件は麻薬密輸とはいえ、医師の処方箋があれば鎮痛剤として使用でき、事前に届け出があれば輸入が可能なもの。いわゆる悪辣さは感じられない事件だった。実際にハンプ元役員は腰痛を患っており、この薬物を服用していた」(関係者)
佐々木弁護士の見立てを受け、トヨタは豊田章男社長が「法を犯す意図がなかったと信じたい。従業員も役員も、私にとっては子供のようなもの」という擁護発言を堂々と展開することができた。
結果としてハンプ氏は起訴猶予処分となり、米国に帰国した。佐々木氏の見立て通りの展開となり、その見解に歩調を合わせたトヨタの広報対応の見事さを内外の企業に印象付けることとなった。
あるコンサルタントはこう指摘する。
「もし仮にトヨタが、元役員にかけられた嫌疑の内容や犯行態様を見極めず、批判するような企業姿勢を見せていたとしたら、トヨタの企業ブランドは毀損されていた恐れが強い。状況をよく分析し、トップが寄り添う姿を見せたことは、全世界の『トヨタファミリー』に強いメッセージとして伝わったはず」
一方で一部メディアでは、検挙された役員を社長が擁護したことを批判する論調もみられたが、トヨタの広報戦略を見抜けない短絡的な見方といえよう。トヨタの数百億円単位の莫大な広報予算と、100人以上の広報スタッフ体制の実力は発揮された今回の事件といえよう。
(文=編集部)