
「Unsplash」より
●この記事のポイント
・産業界でアンモニア燃料の事業化に向けた動きが活発化
・伊藤忠商事はアンモニア向けバンカリング船について、2028年の実用化を目指す
・年間3000万~5000万トンのアンモニアが2050年頃には流通するようになるという予測も
産業界でアンモニア燃料の事業化に向けた動きが活発化している。日本郵船などは2024年8~11月、アンモニアを燃料とするタグボートの実証航海を実施。世界で初めてアンモニアを燃料として商用船を航海させた。伊藤忠商事は6月、造船会社のアンモニア向けバンカリング船(船舶に燃料を供給する専用船)建造の契約を締結。2028年の実用化を目指す。伊藤忠はアンモニア燃料のばら積み船を共同で開発しており、保有・運航も検討中だ。なぜアンモニア燃料に関する事業が産業界で活発化しているのか。また、将来的にアンモニア燃料に関する事業・ビジネスは、大きく成長すると予想されるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
化石燃料の代替としてのアンモニア燃料
産業界でアンモニア燃料に関する事業の展開が活発化している理由は何か。広島大学大学院先進理工系科学研究科教授の市川貴之氏はいう。
「次世代の燃料として水素が注目されていますが、水素と同様にアンモニアも燃える際に二酸化炭素(CO2)が出ないので、石油をはじめとする化石燃料の代替としてアンモニアが使えるのではないか、将来的にも大きなシェアを取っていきそうだという予想のもとで、投資が活発化しています」
実用化に向けた動きはどのような状況なのか。
「例えば石炭火力発電所では、すでに混焼はいつでもできるという状況であり、3割から5割程度は石炭の代わりにアンモニアを混ぜて燃やすことができる状況にあります。ガスタービンも混焼であれば、ある程度できるとみられています。課題はアンモニアの確保です。日本ではアンモニアは年間約100万トン流通していますが、これはもちろん燃料としてではなくて化学品として流通しています。また、現在流通しているアンモニアは全て天然ガスなどの化石燃料から作られているので、今あるアンモニアを使ってもCO2削減には寄与しません。ですので、再生可能エネルギー由来のグリーン水素、もしくはブルー水素が製造され、これを用いて作られるグリーンアンモニア、もしくはブルーアンモニアが広く流通する必要があります」
グリーンアンモニアの普及への課題
グリーンアンモニアの普及には課題がある。
「製造コストが高いです。2027年の先物の入札では、グリーンアンモニアの価格は現在流通してるアンモニアの3~4倍くらいとなっています。企業のなかには価格が3倍でもCO2排出に対するペナルティを考慮すれば採算が取れると考えるところや、グリーンアンモニアを使うことによる宣伝効果を期待して多少高くても使うというところもあるかもしれません。ですので製造の動きが広がりつつあり、伊藤忠商事がインドネシアで製造するというニュースも出ていたり、別の企業が以前からサウジアラビアで太陽光パネルを敷き詰めて製造するというような話も出ています。土地が広くて日照がいいオーストラリアの西部地区でも水素を使ったアンモニアの製造の動きは続いています」
グリーンアンモニアの製造コストは将来的に下がってくるのか。
「結局は水素の製造コストがそのまま効いてきます。現在、水素の製造コストは1リューベあたり100円以上と考えられていますが、グリーン水素の製造コストが目標を大きく超えて10円くらいで安定するようになれば、通常の化石燃料由来の水素と大きな差はなくなるとみられています。こうしたコストを決定する要素として、電気代は大きな要素でして、日本では再生可能エネルギーの発電コストは高くなってしまいますが、一つのポイントとしては余剰電力や卒フィットなどの電気代が1キロワット時1~2円くらいになるかどうかです。また、ほかの要素として、水素を製造するための電解装置の価格とその利用率が挙げられます。現時点では、流通量も多くはなく、将来的に量産体制に入って量産効果が効いてくれば価格が下がってくるという見通しはあります。また、設備利用率をどう向上させるか、については様々な工夫が必要となりそうです」
アンモニア燃料が普及し始めるのは、いつ頃になりそうなのか。
「石油などの化石燃料の価格やカーボンプライシングがどう推移していくのかといった要因が複雑に絡み合うので、化石燃料の価格と比べて安くなるのがいつ頃なのかという予測は、非常に難しいです。ですが、2030年代の早い段階で、グリーンアンモニアと従来のアンモニアの価格の差はなくなってきて、将来的にはバランスしてくると予想しています」
グリーンアンモニアの価格が下がるまでの間は、事業者は燃料としては従来のアンモニアを使うことになるのか。
「化石燃料由来のアンモニアの利用を増やしても、環境負荷低減やCO2削減の面では意味がないので、そういう動きは基本的には生まれないと思います。グリーンアンモニアが大量に、かつ徐々に安く手に入るようになって、事業化の動きが本格化するという流れでしょう」
アンモニアの製造工場が増える
アンモニアが環境負荷低減につながるということに懐疑的な見方もある。例えば、アンモニアには窒素が入っているので、燃やすとNox(窒素酸化物)が増えるのではないかという見方だ。
「実際には石炭火力発電でアンモニアを30~50%ぐらい混ぜても、NOxは減る方向に行くという結果が出ています。一方、ガスタービンにはNOx除去する排煙脱硝設備がついておらず、アンモニアを混ぜた時にNOxが出ることが懸念されるため、ガスタービンの場合はNOxを除去する脱硝設備をつけなければならないという指摘があります。燃焼条件によってNOxが出るということになった時に、それをどう取り除くのか。アンモニアではなくて、その前段階で水素にクラッキングしておいて水素を入れるほうがいいのではないかという議論もあります。ですので、ガスタービンで使うには技術開発すべき要素が残っていますが、一方で石炭火力に関しては、すぐにでも入れられるというのが実際に石炭火力を運用している側の人たちの意見です」
気になるのは、アンモニア燃料に関する事業・ビジネスは将来的に大きく成長するのかという点だ。
「一般的に石炭火力発電所の発電量は60万kWほどですが、それに対して3分の1の20万kW分、もしくは2分の1の30万kW分をアンモニアに置き換える場合に、どのくらいアンモニアが必要なのかという議論になると思います。そうなると、火力発電所1カ所で、日本の現在流通している量に相当する100万トンほどのアンモニアが必要になります。10カ所だと10倍の1000万トンという規模のアンモニアが必要になってきます。ですので、大規模なアンモニアの製造工場が海岸線を持っている県などにいくつもつくられて、年間3000万~5000万トンのアンモニアが2050年頃には流通するようになるという予測が広まっています。
また、アンモニアと似た製造方法であるメタノールも、アンモニアと同じく年間100万トンほど流通しており、メタノールについても産業界はウォッチしています。アンモニアもメタノールも水素からつくるものであり、基本的には水素社会の実現という大きな枠組みで捉えるものです」
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=市川貴之/広島大学大学院教授)